息子の野球部。

3年がメインで、2年の彼らは応援ですが。

3年にすごいピッチャーがいて。その人がランニングホームランまで打って。

数年前、都大会で、優勝したこともある学校。


来年の今頃に、そんな強いチームにするにはどうしたらいいのか。

自分はキャッチャーだがとしてはもちろん、

バッティングで貢献するためにどうしたらいいのか

考え中らしい。


がんばれ!

天才は毎日の努力から作られる、みたいなことを

たしか誰か有名な野球選手が言ってたな。

1%の才能と99%の努力だったか。


おめでとう。


都大会くらい見に行ってもいいよね~


「ぜったいくんな!二年の親誰もいねーし。恥ずかしい!」


こっそり行っちゃえ。

AD

今読み返しても、あまりに感情に任せた文章で…。


つまり何が言いたかったかというと、

人生の明らかに半分が終わったのだという事を

改めてつきつけられ、

今までであれば

「これから何をするか」

だったが

「残された時間で何をするか」

にどんどん軸が変わっていくんだな、と思ったということ。


特に股関節変形症になり、


「今後良くなることはない」


という事実をつきつけられた時に少しは自覚した加齢を、

改めて認識したというか。


そして、社会に対して自分の役割は何だろうかということが

これからの生き方には重要だと気付いた。


あと、10歳若かったら、と思う事も多い。

けれど、私はいつも一生懸命生きてきたから

どこにも無駄がない。


だから、いいんだけど。

・・・でも、あと10歳若かったら。

AD

とりとめのない文章です。それも長文です。

ずっと健康だったが、23歳の時にある日突然盲腸になって、すぐに手術になった。




術後も下腹の痛みがひかず、

「盲腸は治ってっますが、婦人科じゃないでしょうか」

と医者に言われて、婦人科に行って、子宮内膜症が発覚した。




長男を出産する34歳まで、いろいろな治療を継続していた。副作用があって太ったり、卵管がつまっていないかといったとーっても痛い検査をしたりした。


一方で、食事を玄米に変えたり、整体に行ったり、31歳の時にはその後の趣味となるクラシックバレエを始めたりと、体質改善にも努めた。




「子どもを産めば楽になる」「子宮内膜症は妊娠しずらい」と医者に言われながらも、仕事を中段する勇気がなく結婚した後もなかなか子どもを作らなかったが、幸い、後半の治療の漢方薬が効いたし、比較的苦労せずに長男を授かった。




それから、ほぼ四半世紀、子宮内膜症とつきあっているが、医者の言うとおり、7年に渡って子どもを3人産んだことでずいぶん体質が変わったようで、相変わらず月のものの時は苦しいし、貧血もひどいが、薬のお世話になるほどでもない。3人目妊娠の折りには「筋腫ぎみ」と言われたが、無事に出産し、毎年、三人目の時にお世話になった女医さんに子宮ガン健診の際には内診もしていただいて、「ま、たいしたことない」と、言われている。




23歳の時に、婦人科に行って初めて内診をした時は、やはりショックだった。

その一方で、子宮内膜症のおかげで、その後も婦人科の精神的な敷居が私にとって低い事は結果的によかったと思っている。仕事が大好きだった私が、結果的に会社を辞めて、子どもを3人産んだのも、

「自分の子宮には期限がある」

と思ったからこそ若い(ま、34歳は若くないっちゃー若くないが)うちに決断できたと思う。また、子どもを授かることの大変さがわかっているからこそ「3人」にこだわったようにも思う。



私は最初から、自分が子宮内膜症であることを隠さず話していたので、婦人科系の相談を受けることが多く、そのたびに、

「抵抗があるだろうが、心配なら女医さんのいる病院を探して絶対に内診を受けるべきだ」

と話してきた。自分のように、あまり恥ずかしいという気持がない人間がこうした病気になったのも、きっと何か意味があるんじゃないかと、若いなりに考えたのである。




8年前に、大学時代の友人が子宮ガンで亡くなった。それも、闘病している事を全く知らず、彼女のお父さんからのはがきで知った。その時に、子宮ガン健診を毎年受けることが、彼女を忘れないために私ができることだと思った。




乳ガン健診もちゃんと毎年受けている。たしかに検査は痛いが、乳腺炎になった時のつまりを取った時の痛みに比べれば痛くない。




内診も、マンモグラフィイも、恥ずかしいし、自分が物のように扱われるような気がするが、その時は自分を物だと思えばいい、と思っている。




さらに3年前に股関節変形症を発症した。


いつかは、歩けなくなるかもしれないし、人工股関節の手術しなければならないかもしれない。今は、ほとんど走れないし、長時間歩いたり立ったりすると後で大変なことになる。趣味のバレエで出来ることが限られ、習慣に週に一度の水泳と半年に一度の整形外科でレントゲン撮影が加わった。

でも、バレエと水泳のおかげで悪化はしていないらしい。(バレエはストレッチと筋トレなので、ジャンプやら激しい振付をしなければ、とても股関節変形症の悪化を防ぐにはいい)疲れている時を除いては、普通に歩けているし、見た目にはわからないらしい。


股関節変形症の診断をしてくれた整形外科医は、言う事がかっこよかった。




「股関節変形症だからといって、あなたにバレエをやめろというつもりはありません。まだ40代のあなたから、趣味を奪うという人生観は、私にはない。そのかわり、水泳を趣味に加えて、右足着地のジャンプはしないでください。付き合い方を考えましょう」


と。




股関節変形症で一番いけないのは、かばって、運動をしなくなって、太ってしまうこと。

実際に、水泳を始めて2年くらいになるが、股関節を支える筋力を無理なくつけられので本当にいいと思う。(ただ、もともと小学校時代に水泳の選手だった私は、完璧にバレエには不向きな逆3体型になった…)


「股関節変形症とクラシックバレエと私」というブログを始めて、同じように股関節変形症の人がたくさんいることを知ったし、ブログの友達もできた。

私が股関節変形症でありながら趣味のクラシックバレエをあきらめずに、むしろ利用して、水泳をしたりダイエットに取り組む姿を見て「そんなに動いちゃっていいんですね~」とメッセージをくれる人がいる限り、自分もがんばれる気がするから。



先日、近所の娘の友達のおばあちゃんが人工股関節の手術をしたが、

「術後いかがですか?」

と声をかけると

「りいちゃんのママが手術しなければならない時には、きっともっと医療技術は進んでいるからがんばって!」

と逆にはげまされ、泣けた。




今日、テレビであるガンと闘っている私と同じ年くらいのお母さんが

「女1人で子ども3人を育てているから、死ねないから検査を必ずしてきた」

と言っていた。



私もそう思う。




・・・と、キャンディーズのスーちゃんのテープを聞いて、改めて、自分ができることは何かと、考えさせられた。なんて深い人だったんだろう。




とりとめのない文章でごめんなさい。




こんな風に、全国のこの世代の人が、今日は自分の人生をいろいろと考えているのではないだろうか。



ご冥福を心よりお祈りいたします

AD

ようやく…

テーマ:

毎週月曜日の京都日帰りは一段落。

5月~は1か月に2回になります。


しかし、火曜、水曜、木曜は会社でプロジェクト進行、

あいた月曜日や、

昼間比較的抜けやすい水曜に

がんがんアポイントがはいっていきます。


合間に授業を考えるんだけど、

金曜日しかないやないかーい!


さらに、5月4日のバレエの発表会に向けて自分のスケジュール確認したら。


26日火曜日     夜レッスン&リハーサル

29日金曜日(祝日)10時~16時レッスン&リハーサル

30日土曜日     12時~リハーサル

1日日曜日     12時~リハーサル

2日月曜日     仕事

3日火曜日     12時~リハーサル

4日水曜日      本番


すげー。

がんばれ私!

新年度は事件だらけ

テーマ:
身体のでかいちびっこ(128センチ28キロ)は、友達とぶつかって相手が吹っ飛んで3針縫うけがをした。

歯を磨いていて、クチュクチュぺが下手くそで隣の女の子にかかって、ひっかかれた。

視力検査もひっかかった。前の日に、パソコンでスパイダーマンのビデオ見てたからかなあ~。母も本人も反省。

娘は、検尿紛失。なぜかどこにもない…。不思議すぎる。嫌だな、しばらくして見つかっても。

きのう全校の新入生歓迎会だったのだが、娘が

「てんくん(ちびっこ)が、1年1組代表でひまわりのたねもらってた!聞いてないよ~」

母も聞いてないよ~。

「2組と3組の子が小さくて、っていうか、てんが大きすぎて、会場がざわついた」

らしい。

ちびっこに
「緊張しなかった?」
と聞くと

「いやあ~楽しかったね~」
やはり末っ子は大物だ。

しかし、あいかわらずちゃんと字がかけないので、しばらく、毎日宿題のひらがなを一緒にじっくりやろう。

久しぶりだっていうのに

テーマ:

久々にサウスに行き、元同僚とランチをした。


行ったお店に、別の元同僚が偶然やってきて、目があうなりに私のパスタを指差して


「それ、普通盛りですか?」


って…それって何年かぶりに交わす第一声?

どうやら、私は「久しぶりな感じがしない」らしい。

そういえば中学の同級会で中学卒業以来に会った友達にも

「おお!はたや!変わらなすぎ!」

と言われたなあ…。

facebookその後。

テーマ:

2月の中旬に、どんなものかと登録したfacebook。

(大学生、それも外国人の指導などもしていると

どんなものか知っている必要もあるなあと思い)


まずはメールアドレスから、

次に共通の知り合いがいると勝手に友達を見つけ出してくれ、

さらには、友達を紹介してくれる友達までいて、

自分からそんなに積極的に

「ともだちになってください!」(←ねるとんか!)

って行ってないけど、

あっという間に友達134人。

(元上司とか、ちょっと懐かしい人は自分からいったけどね。)


まあ、ほとんどR関係者ですが。

そこまで親しい人ではない人も多いですが。


でも、ちょうど震災もあり、

いろんな人の考え方や行動を知り、

様々な情報提供があり

すごく勉強になった。

それも、やはり元Rには

情報感度が高く、発信力の多い人が多いことも関係している。


今のところ役に立っています。

ただ、そっちにどんな情報をアップすることを考えるのに結構パワーがいるので

アメブロがおろそかになっているかも…。





あっと言う間に半月です

テーマ:

同じ6時に帰るにしても、

お迎えに遅れないように必死で帰るのと、

ま、なんとなくゆるーく6時くらいに会社を出るのでは

全然違うと思うのであった。


3月の遅れが4月になだれこみ、

それでもなんとかプロジェクトは無事スタートしました!


月曜日に京都日帰り、

火曜~木曜日にプロジェクト、

金曜日に残りの業務を一気にこなすという

おそろしい前期のスタートです。



1年生になりました

テーマ:

ちびが1年生になりました。

春休み中は、姉が学童につれていき、学童に迎えに行き、

学校始まって、姉を含む近所の小学生10人くらいで学校へ行き、

姉が学童に迎えに行っています。

(姉の帰り時間に学校の体育館の学童から姉がピックアップします)


水曜と金曜は兄が、

木曜日は姉が一緒にプールに行き、

帰ってごはん食べて風呂入って疲れきって寝る…。

といった毎日で、

なんとなく新生活が始まりました。

木曜日は兄が部活がなかったので

3人そろってのプールで

私も観覧席から見ていました。


兄や姉が全部やってくれるので

鍵を持ったり、携帯を持ったりする必要もなく、

本人も母もなんの緊張感もありません。


いいんだろうか…。

ま、いっか。

こうして末っ子キャラは育てられていくんだろうな。


今日は、ちびと二人で代々木公園にサクラをみながらの散歩をしました。


少子化時代の子育てとキャリア教育-DVC00830.jpg