フリーターの方のお話を聞く、という仕事を時々する。


継続的に、就労につなげるためのキャリアカウンセラーではなく、若年の雇用に関するイベント内の仮設ブースで、来場者の方がそこに来ていらっしゃる企業さんのブースに行って話しを聞く前に、ちょっと寄って20、30分話をする、といったものなので、少なくとも自分の役割は、

「まずは話を聞いてあげて、次になんらかのアクションを起こそうという気持になってくもらう」、というところにあるんじゃないかと思っている。


そうしたところに相談に来る人の共通点は、

「こういった話を聴いてもらったことがない」

ということだ。

別に雇用に詳しい人や、キャリアカウンセラーでなくても、友達とか、先輩とか、アルバイト先の誰かとか、昔の先生とか、近所の人とか、誰でもいいから聞いてもらったらいいのに、全くないのである。親はというと、早く就職しろとか、働くなら正社員じゃなきゃだめだとか、そうしたプレッシャーを与えているか、何も言わないかのどちらかのケースが多い。

30代未婚男性の調査でも、恋愛や結婚の相談相手がいないと答えた人37.2%もいたことを思い出す。

そして、なんだか自分で抱えこんで二の足を踏んでいる。


失敗が怖い、人の中でうまくやっていけるか不安だ、僕なんか、私なんか・・・と意味もなく自信を失ってしまっている人のなんと多いこと。その一方で、なんだかとても自分を過大評価しているためにミスマッチが起きている人もいる(僕はこんなにすごいのに、採用されなくて、社会が悪い・・・。)


誰かに話を聞いてもらっているかどうかという事は、フリーターだけの話ではない。

未婚男性もしかり、就活中の大学生しかり、すでに働いている人しかり、専業主婦もしかり(専業主婦の場合はママ仲間での情報共有はあるけれども、たとえば再就職のための相談相手とか、という意味で)。

特に40歳すぎると、雑談であったとしても、話相手がいるかどうかってすごくその人の人生を豊にするかどうかの分かれ道になっているような気がする。


そして、もう一つ。

「自分は誰かの話を聴いてあげているのかなあ」

という視点。

誰かの話を一日10分でもいいから何も言わずにただ聞いてあげようと、誰もがそう考えれば、みんな誰かに話を一日10分聞いてもらえるのだ。


子どももそう。

親や教師だけじゃなくて、「誰か」が毎日10分ちゃんと話しを聞いてあげることで、解決できることがあると思う。自分の子どもだけじゃなくて、子どもの友達に声をかけることもそう。


けさ、テレビで杉並の中学で校長やっている藤原さんが(元うちの会社の方で、昔お世話になりました。とても頭がよくて明るくてユニークな方です。「はたやさん、最近どーすか、あーすか、そーすか」ってな感じの。)

「うちの学校でそういったことが起きたら、学校と、スクールカウンセラーと、外部の専門家がすぐに対処する」とおっしゃっていた。

学校という閉鎖されがちな社会だからこそ、外部の力を利用して、

「心置きなく話せる相手に話しをする」

という体制を作ることも、今後の教育現場で求められていくんじゃないだろうか。

学校の側も、外部からスクールカウンセラーが来ることなどを嫌がらずに、手の回らないことは専門家を「利用する」ぐらいの気持になってもいいのではないかな、と思う。


「オレも、会社で、誰かになんか聞いてもらうとかいう相手、いないなぁ・・・」

とつぶやくだんな。

「あ・・・でも、今あなたに聞いてもらってるやん」

とすぐ気がついてくれたからホッとした。

まずは、夫婦や親子といった、家族でちゃんと話すこと。

これって基本ですよね。


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母親と私

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39歳~40歳くらいの時に、私のまわりで
「プチ更年期」っていうのが流行りました。
(勝手に私が命名したのですが)
つまり、
「よくわからないけど、うつっぽい」
という症状の人が女性の友人に続出。
私もそうだったのですが、
ちょうど上5歳下2歳でいっぱいいっぱいだったので
育児疲れかなーと思っていたのすが、
それが、子どもの有無に関わらず
私のまわりで勃発したので

これは個人ではなく現象だなーと感じていました。


「プチ更年期」
の女性の話を聞いていると
どうも、最後に行き着く先が
「母親との関係」
という女性が多かったんですね。
母親とのなんらかの確執を40歳までひっぱてきてしまった・・・。


結婚もそうですけど、育児なんてまさに
自分にとってのロールモデルは、
「母親」しかいない。
でも、そのまま母親を真似すればいいかというと、
私の世代はまさに母親=自分とするには、時代も立場も違いすぎる。

男女同じように育てられて、大学までいった自分と、
高校出てすぐに結婚して専業主婦になって…。

中には、世間知らずで専業主婦という立場に甘んじていると、
母の生き方に反発している女性、
馬鹿にしている女性、下に見ている女性なんかも多いのでは・・・。


見下すまでなくても
自分と母親は違うと思っていたのに
40歳になって結婚・育児という現実を目の前にしてみたら、
母のようにはなりたくないのに、
母のような振る舞い方しかしらない・・・。

もしくは、結婚生活や育児などにおけるスペシャリティにおいて

認めたくはないが、自分より母の方が勝っているという
母に対する敗北感…。


また、子どもを持ったときに、
結局自分が自分の子どもに対してしていることが
自分の母が自分に対してしていることと同じで愕然とする。
だからあえて違う道を選ぼうとすると、
現実と理想が乖離していく・・・。


これは昭和30年代生まれの女性の話。

もう少し若い人だとしたら・・・。


団塊世代の働いて金も稼ぐけど家にいない父親と、
専業主婦として家のことをきちんとこなすけど、子どもに依存気味の母親。
親への反発はないものの、
結婚や育児のイメージがm母親のある意味完璧な主婦像であることが多く、
いざ適齢期はきたものの、

自分はそのような生き方をしてきていないので、自分の結婚後の姿が想像できない。


「自分は母のようにはなれない・・・」

母のような妻を標準としたときに
「とても自分にはああはできない」

家事にしても育児にしても
誰かに何かをしてあげるという精神にしても・・・。


実は母は子どもの世話をしているようで
子どもの存在に依存しているだけだったりする場合もあるんですけどね。


そうした幻想を打ち破って、
こんな結婚生活もありだよね、っていう
自分の等身大の生活から異性と同居を始められると
いいのですけどね。


ま、一方の男性の側にも社会にも、
未だにこうした幻想にしばられちゃっている人は多いように思うのですが。


で、こんな本も読んでみました。

インナーマザー―あなたを責めつづけるこころの中の「お母さん」/斎藤 学
¥1,575
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子どもを持つという選択

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私は24歳のときに、営業途中の新橋駅かなにかで急におなかが痛くなり、ひどい貧血を起こしてしまった。その数ヶ月前に盲腸の手術をしていて、自分の体力を過信して、仕事にすぐに復帰したために、盲腸の治りが悪かったのだろうかと医者に行ったところ、

「盲腸の方は順調に治っています。むしろ婦人科に行かれた方がいいと思います」

といわれ、婦人科に言ってつげられたのは

「子宮内膜症ですね。おなかに、ピンポン玉くらいのチョコレートのような血のかたまりができています」

との結果だった。

原因はわからないが、営業で地方に行くことも多く、なかなかトイレにいけないために、生理中に長時間無理をしたりすることが影響していたのかもしれない。


その頃はもちろん独身だったし、自分が結婚するのか、子どもを産むのかもまだ全然ぴんときていなかったし、今から20年も昔のことなので、子宮内膜症についても、

「子宮筋腫とは違い、どうやら子宮の内膜と同じようなものが卵巣や卵管にできて充血していまい、生理のときにその血が身体の外に出ないので行き場がなくなり血の塊が残ってしまう」

程度の知識しかなく、

「生理を止めましょう」

という治療方法しかなく、ピルを飲み

「でも、薬の副作用で太ったり、更年期障害のような症状が現れますよ」

という言葉どおりに、副作用がやってきて太ったりのぼせたりしていた。


その後、スプレキュアという鼻から吸引する薬が出たり、漢方を試したりしながら、子宮内膜症とつきあって、いいときもあれば、悪い時もありながらも、仕事が忙しい毎日でそれが妊娠出産につながるとかあまりイメージできずに、医者からはなんとなく

「子どもはできにくいかもしれない」

という情報と

「内膜症は出産によって改善されるケースが多い」

という情報を与えられていた。

中でも、卵管が詰まっているかもしれない、という時の卵管造影の検査は、ものすごい痛みだった。


30歳手前で結婚してしばらくは、やはり仕事も充実していて、子どもはまだいいや、と先送りにしながらも、すでに長い付き合いになっていた婦人科医からは

「子どもが欲しいなら、結婚もしているんだし、早い方がいいですよ」

などといわれていた。

ぼんやりと、子どもができないとしたら私はどうするんだろう・・・なんてことも考えていた。


で、漢方薬などで身体の状態を整えて、チョコレートのような血の塊(私の場合は左の卵巣あたり)が小さくなるような治療を続け、子どもが欲しいと思ってしばらくしてすぐに、無事長男を授かった。産婦人科医は、もう少しできにくいことを心配していたので、すごく喜んでくださったのを今でも覚えている。今から10年も昔のことなので、不妊症だとか不妊治療といった言葉がまだそれほど世の中に出回っていない時代である。


で、その後2人目、3人目と子どもは続くわけなのだが、上と3番目が7歳もあいてしまったのは、なかなかできなかったからである。ああ、また今月も生理が来てしまった・・・という落胆を繰り返し、特に3人目は、もういっかあ、とあきらめて仕事の研修なども申し込んだ頃にできた。

(これは自分の感覚なのだが)二つある卵巣のうち、片方からの排卵の月は生理が重く、もう片方の月は軽かったので、2ヶ月に一度のチャンスしかなかったのかなあなんて、勝手に思っている。


幸い、不妊治療とまで行くようなことをせずに子どもを授かったのだが、自分が子どもを「3人」持ったのは、なかなかできにくいからこそ、「子どもが欲しい」という気持がより明確になったことも大きいように思う。

また、妊娠やお産の辛さも(特に私はつわりがひどかったのだが)、それでも「子どもができた」という喜びが勝っているし、育児をしてしんどい時でも、ふと、ああ、子どもを3人持ててよかったなあ、としみじみ思う瞬間がある。

まだ未婚のうちから、婦人科のあの「内診」という治療を受けていたことは、その後の精神的ダメージを軽くしていたかもしれない。(やはり婦人科の敷居は独身女性には高いですよね・・・だからどんなに生理痛がひどくても医者にいくのをためらう人も多いんじゃないかなあ…)


妊娠中+授乳で、それぞれ1年半生理がこないこと、お産でいっきに子宮の中の掃除ができること、などが理由なのか、長男出産後、現在まで10年近くは、子宮内膜症は治療が必要な状態にはなっていない。ただ、3人目は自分の加齢もあって(41歳になってましたからね)、内膜症はたいしたことはないが、「筋腫ぎみ」と言われながらのお産だった。


子宮内膜症という経験や&Rhマイナスなので、お産のたびに検査だの注射だのいざというときのための準備(血液の確保)などあったのですが、そうしたことは、私の「子どもを持つという選択」に大きな影響を与えたなあ、と最近しみじみと思うのでした。

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すんなまじりのおーーー

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茅ヶ崎に行きました。

茅ヶ崎

別に海に行ってないので、砂まじりじゃないですね・・・。


21世紀職業財団神奈川営業所からの要請で、専業主婦の再就職セミナーの講師をやってきました。

2時間半という長丁場で、そんなに長い時間私の話で場もちできるか心配でしたが、なんとかこなしてきました。


内容は

(1)現在の女性を取り巻く雇用環境(歴史的にどうか、海外との比較などを含めて)

(2)専業主婦への育児支援について(去年のインタビュー調査より)

(3)専業主婦が再就職する上での壁は何か

(4)社会に出てから必要な基礎力について


自分の経験も交えながら、こうした話を30人弱の方にお話してきました。


言いたかったことを簡単にまとめると

①いきなり正社員で、とか、長く続ける仕事で・・・と自分で壁をより高くするのではなく、今の自分の生活の延長線上で可能な事と広い範囲に広げて、その中で慣れてきたら状況にあわせてステップアップしていけばいい

②再就職の壁は、保育や配偶者、希望の職がないなどのいろいろあるし、その人それぞれで優先順位が違う。それで、就業希望者で、専業主婦という人は1割しかいないということは、本人が働く自分でありたいと思う気持が重要

③「キャリア」とは自分の人生の時間をどういう使い方をするのか、ということ。どんな時間の使い方をしたいのか、じっくりと考える機会にしてほしい。

④自分に自信を持って欲しい。自信を持つためにも、がんばってほしいと基礎力について再度整理。


ってなところでしょうか。


高校の講演とは違って、ちゃんと終ってから質問がでました。


自分のまわりの再就職した人の話や、私自身の経験はやはりとってもみなさん聞いていらっしゃいましたね。特にだんなにいかに手伝わせるか、みたいな所とか。


初めての講演内容だったので、結構緊張したのですが無事終ってなによりでした。

(というのも、きのうは、夜会食があって遅くなり、さらにけさは娘のバス遠足で5時起きして弁当作り・・・さらに、きのうと今日の大雨で保育園の送り迎えに時間がかかるなどが重なり、ばたばただった)

午前中には雨あがったけど、娘は雨なら博物館、晴れたら動物園…どっちに行ったのかな?

日曜日は保育園の父母の会で昭和記念公園に遊びにいきました。

父母の会からお弁当が現地で配られたので、ただ遊べばいいということで、すごく楽チン。


子ども達は、ほとんどを「雲の海」という巨大トランポリンで遊んでいました。

2歳次男には、どうかなーと思っていたのですが、一番すごいはしゃいでおりました。

怖いもの知らずは誰譲りか、飛んではねて駆け上って駆け下りて転んで落ちて大笑いしていました…。

雲てん 2歳5ヶ月っす


娘は、家に帰ってからも

「おかあさんが揺れているうーーー」といっているくらいはね続けていました。

しかし、すごく広いので、出口に行くのにも30分もかかるので、いっぱい歩いて、疲れきってしまいました。

でも、やっぱり時々こうした自然&遊具が充実したところに行くのはいいですねー。


今日は、保育参観で、2歳児15名と午前中過ごしました。

保育参観というより、見ていられない私は、保育参加で、踊りを一緒に踊ったり、本を読んであげたり(もちろんうちの子以外)、おままごとをしたり楽しかったです。

お友達とおもちゃをとりあう仲裁をしたりしたのですが、自分の息子が友達とおもちゃの取り合いになり、相手をばしっと叩いたときには、つい大きな声を出してしまいました・・・。

しかし、いつも家にいるときとほぼ同じ息子の姿に、一安心な楽しいひと時でした。

ちなみにうちの次男は、2歳5ヶ月にして、92センチ15キロ、足のサイズも16センチと超ビック。長女の3歳半の大きさで、うちの子が走ると、月齢の若いお友達が転ばないように(風圧で)ふんばっているのがおかしかったです(80センチ12キロぐらいか?)

上2人は普通かちょっと小柄ぐらいなのになあ・・・私も154センチなんですよね・・・。


いらっしゃいませ!

テーマ:

けさは、3年生60人が、地域の商店街に散らばってお店のお手伝い。

朝10時~11時ということで、長男には、仕事でいけないと言ったものの、やはり、気になって見に行きました。


よろしくお願いします よろしくお願いします!

いきなり鼻がたれていてお店のご主人に

「まず鼻をかもうか!」

といわれていて笑ってしまった・・・。

写真を見ると、うちの長男ちょっとちびっこいなあ。


あまりいてもおじゃまなので、くさもちと、長男が買ってね!とちらしに書いた最中を購入してすぐに帰ってきた。

今日の報告が楽しみー。


最中 おいしそうでしょ。


商店街を自転車で走りぬけるときに、いろんな店にエプロンした3年生がいて、窓を拭いたり、水をまいたり、お手伝いをしていて、時々知った顔が

「あ、くうのかーちゃん!」

などと挨拶してくれたよ。


なかなかいい町だ。うん。

国語力と算数脳

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3年生の長男は週に一回塾に行っている。目的は、国語力と算数脳の養成といったところであろうか。


私は昔から本が大好きなのだが、長男は(父に似て)こーんな小さい頃から本にぜんっぜん興味のない子だった。それがとっても心配で、なるべく本を読み聞かせようと思っても興味なしってな保育園児だった。かといって、仕事をしているのでばたばたとしている毎日で本をじっくり呼んであげることもままならず・・・そこで、物語を読んで、気持を読み取ることや、作文などを中心にした授業をしている塾に通わせている。

*ちなみに、6歳長女は私が本を読んでいると、本を持ってきて私の隣にちょこっと座って読んだり(それも今年長だが、1年生向けの本をすらすらと読んでいる)、兄が教科書を音読しているのじーっと聞いていて、暗記しているような子で心配はないのだが・・・兄妹でこれだけ違うかとびっくりだ。


また、算数の文章題でちょっと複雑になると、意味を理解できないのであるが、これも算数といいながら、国語力の欠如である。きのうも塾の計算トレーニングをためてしまい、やっていたのだが、わからない問題はとばしていいよと言ったら、見事に文章題の問題が飛んでいる。


「水槽に水がいっぱいはいっていて、水槽ごとに重さを量ったら3k500グラムでした。お水を半分捨てたら、全体の重さは2k300グラムでした。水槽の重さは何グラムですか」

「水槽に水がいっぱいはいっていて、水槽ごと重さを量ったら6k700グラムでした。お水を半分捨てたら、全体の重さは5キロ200グラムでした。お水は最初何グラム入っていましたか

みたいな問題が、もう頭ぐーるぐるなのである。さらに、同じような問題があると、全部水槽の重さを答えてしまったりするのである。

・・・ああ、国語力が足りないなあーと思う。

学校でも週に2回ぐらい日記の宿題を出してくれるが、これまたまあ、なかなか上達しない。塾も月に2回作文が出るが、

「何が一番いいたいのか、どんな気持についてを伝えたいのかを考えてから書き始めるんだよ」

と言っても、こんなことがありました。誰といきました。またいきたいですー、といった事実の羅列になってしまう。


また、学校の授業は、どちらかというと計算などのスキルで手一杯なのだが、たとえば、サイコロの目の問題だったり、じゃんけんの問題で「推理する」(これがこうなったら、こうなるよね、って考える力)ような問題があることも、この塾に通わせている理由である。中学受験に必要だからというよりは、「算数的なものの見方を習得する」という時間のように思う。

たいてい塾の問題は、塾の時間内で終らないので、週末は、親が一緒に残りの問題を解くのだが、最近は国語は私、算数は父と分業である。(3年生といえども、結構な内容で、誘導しないように教えるのってすごく疲れる)

答えや考え方をすぐに教えるのは簡単だが、自分で考え方に気がつくようにするのって、時間がかかるんだよね・・・。

小3までに育てたい算数脳
¥1,500
株式会社 ビーケーワン

で、きのうもようやくそれが終って、あとは宿題の音読だけね・・・と思ったら

「あ!アゲハ蝶作らなきゃ!」

と思い出したのが8時半・・・。

「ぬわにいーーー!今言うかそれをおーーーー」

と怒っている時間もない。


急いで風呂にはいり、2歳がこないようにしながら、切り取ったパーツをのりではっつけて蝶を作るという宿題を始める3年生。

しかし、またここで国語力が・・・作り方の紙を前にうーむとうなっている。兄のところに行きたくてたまらない2歳児をおさえてつけて

「読んでごらん!」

というと

「えーーっとおお、線のところで切り取って点線で山折にしてのりで貼ったら、形に切り取って」

じゃあそうして・・・

「ええっと・・・」

と言ってみていると点線を切ろうとしたりする

「そうじゃなくて、普通の線だろうがああーーーー」

「山折ってなに?」

「その線で半分に折って白い裏の部分をノリではるっていう意味じゃないの」


「貼れたけど・・・」

「貼ったらどうするって?」

「形に切り取る・・・形・・・に?」

ってな具合で、なんだかもう国語力も何もあったもんじゃない・・・。


でも、なんとかはっつけて切り取っていざ組み立てようとしたらもう9時半・・・。

それも、おそろしく細かいくっつける作業で、長男のまぶたももう半分閉じている・・・。


「明日の朝にしようか・・・」


そしてけさ、完成したのが、これ。

あげは蝶 おおすばらしい!


なんでも、かぶとやら鈴虫やらいろいろあって、鈴虫が一番大変とか・・・。で、そうしたいろんな虫たちを展示するらしい。

ちなみに、母は、この顔部分の組み立ては、少し夜こっそりと子どもが寝てからやっておいた。。できれば、手伝うにしても子どもが起きている時間にしたかったが、爪楊枝を使ってきれいに重ねないとうまくいかないような細かい作業だった上に、今日は高校に講演で、朝早く行かないとだったので、やむなく、手を貸さざるを得なかったのでした。


なかなか不器用な親にはきつい宿題でしたよ先生・・・。

蝶の顔 ここの差込が難しかった




出産の危険性

テーマ:

昔、お産は命がけだった。お産の歴史という本を見ると、なかなかリアルで怖い。


現在でも、妊娠中毒症などは危険なので、妊娠中の体重の増加や、塩分の取りすぎなどは指導される。

34歳、37歳、41歳と三度の出産を経験したが、もともと持病はないものの、加齢とともに、自分の体質として弱い部分が妊娠中の抵抗力や免疫力の低さによって増進されていたように思う。私は、低血圧&貧血なのだが(イメージと違うとみんなに言われますが…)、一人目より二人目、3人目の方が貧血の値は悪く、3人目の最後は特にふらふらだったので、後期は特に貧血で倒れると危ないので遠出はさけていた。また、もともと風邪を引きにくい私であるが、風邪薬を飲めないこともあって、本当に治らなかった。


出産にあたって、特に持病がなくて、血圧も高くなく、逆子でもなければ、普通の病院でいいかもしれないが、何か心配なことがあれば、やはり、お金がかかっても大きな病院でお産をした方がいいと思う。特に最近は、高齢出産が増えてきているので、リスクヘッジは必要だな、と思う。友人は40歳初産で聖路加を選んだが、後に

「贅沢かと思っていたんだけど、やっぱりいざお産の時には、いろいろあって、結果的に聖路加でよかった」

と言っていた。


私は、「Rhマイナス」という特別な血液型なため、「なにかあったとき」のために、上2人は、実家の長野県で、隣の市の大きな病院で出産した。3人目も、都内で家から徒歩5分とはいえ、小児科もある総合病院で産んだ。親戚の赤ちゃんが、生まれてすぐに大学病院に運ばれて緊急手術になったという出来事もあって、慎重になっていた。結果的に、三回とも幸い何もなかったが、出産は、普通なことでありながら、「日常生活よりは何かが起こりやすく、さらに何かあったときに、取り返しがつかない」ことだとしみじみ思う。


少子化で、産婦人科が減っているという。産婦人科のなり手が少ないことや、麻酔科医も少ないという話も聞く。

突然産気づいても近くにお産ができる設備がなかったり、お産の途中に何か起きたときに、受け入れてくれる病院が近くになかったりといった世の中だということを、いろいろな事件で知ると、背筋がすっと寒くなる。

また、私が3人目をお産した病院も、ついこの間から、小児科病棟がなくなってしまった…。近所の子ども3人で働いているママが、先日3人目(1歳)のお子さんが肺炎になり、その病院に入院させられないために、電車で隣の区の大学病院まで通っていた。


「少子化対策」を広義で考えると、本当にいろいろな懸案事項がある。


ちなみに私自身は、お産婆さんの手で取り上げられた3600グラムの玉のような赤ちゃんでした。(父は上が女の子だったので二人めは、男の子が欲しかったらしく、がっちりの赤ちゃんで男の子だ!と喜んだのに、よく見たら女の子だったとか・・・でも結局男の子のような性格に育ちましたが・・・)

お産の歴史

¥720
株式会社 ビーケーワン

自前キッザニア

テーマ:

キッザニアというKizania 子ども向けお仕事体験パビリオンがオープンした。

ご招待券を頂いたので問い合わせてみたのだが、すごい人気で、当日券は二部(午後4時からの分)でも、午前11時には売り切れとな・・・。一部は学校などが団体予約をしたりするんだろうなあ。

朝一で二部の当日券を購入して、四時に出直すっていうやり方でないと、招待券は利用できそうにない。お金を払って予約して行くかどうするか・・・。


これだけ人気なのは、お仕事体験たのしそう!っていうディズニーランド的感覚もさることながら、キャリア教育に対する興味が高まっていることもあるんだろうな。自前でキャリア体験させるプログラムを考えるのは大変だが、ここに行ってしまえば、一気に体験できてしまう。


さて、うちの長男の学年は今週金曜日に、まさにさながら自前キッザニアといった感じで、地元商店街にみんなが散らばって、お店のお手伝いをする。コンビニから薬局、クリーニング屋さんから八百屋さんに3,4人が配属される。先月は、これに先立って、クラスでスーパーの見学に行ったり、宿題で、スーパーに質問に行ったりしていた。


うちの子はお菓子屋さんらしい。

「エプロンと三角巾になるバンダナね!

そこのお店ではね、テレビにも紹介された○○よこ最中があるんだよ!」

と言って、はりきっている。

平日昼間なので買いにいけないのが残念です・・・。

「えー来れないのおーーー」

というので

「じゃあ、今度土日に、そこの最中を買いに行こうね!」

と約束した。

ちらしを作ったらしく、見せてくれた。

お店やさん ちらしたち


保育園の時のお団子作りのときに作ったエプロンをあわてて出してきた。

「ぷーさんなんだけど・・・いい?」

「別にいいよ!さあ、がんばるぞー」

と張り切る長男であった。


うちの子の小学校はなかなかがんばっていると思う。ちなみに、配属されるお友達は、クラスの別の子も混じっているが、前に同じ組だったりする。

地域も巻き込んでここまでのことをやってくれるととてもうれしい。

一方で、学年の人数が60人とかだからできることなんだろうなあ・・・。


育児休業中の賃金の補償

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けさ(10月17日)の日経新聞によると、

「厚生労働省は2007年度より、雇用保険の財源で、企業が育児休業をとる社員への経済的支援を手厚くした場合に助成。育休前賃金の4割となっている雇用保険助成額を最大7割まで引き上げ、企業による独自支援と合算して賃金の全額補助に道を開く」

とな。

例;月給30万円の社員が、現在は雇用保険で賃金の4割の12万円を補償されているとすると、そこに企業が6万円上乗せすると、雇用保険から大企業で三万円、中小企業で四万円さらに助成する。


*ちなみにスウェーデンは、

「 出産10日前から8歳の誕生日まで、両親合わせて労働日にして最大480日取得することが可能、そのうち390日は直前収入の80%が国から支払われる

ですからねー。


もともと、雇用保険の使い道としての助成金には、全然使われていないものなんかも多かったので、こうした取り組みは歓迎ですね。少子化対策の企業関連は、どんどん進んでいていいことです。

ただ、その一方で、

「その6万円の上乗せするくらいなら、今のままでいい。」

「そうはいっても育休中に別の人に仕事をしてもらわないとだから出費は痛手。そのくらいならできれば辞めてほしい」

という台所事情もあったりするので、そうしたところへの指導もあわせて必要なんですけどね。

「優秀な人材を引き止めやすくなったいい制度だ!ありがとう厚生労働省!」

といった制度になってほしいものです。