あっという間に
倒れて9年。

支えてくださっている方
親身になって相談に乗ってくださる方
アドバイスをくださる方
そばにいてくださる方
みなさんに感謝の気持ちしかありません。

9年前は今よりも障害に対する理解がなく
車いすを利用していると
あからさまに嫌な顔をする人、
「邪魔」と言う人、
「バカ」と言う人、
色んな人がいた。

大変ねぇ、
頑張ってね、
かわいそう、
お気の毒に、は
何百回、何千回と言われた。

車いすだからかわいそうとか
お気の毒にとか言われたくもない。

だけど、
買い物している時に
人が前からどんどん来て
なかなか前に進めなくて
「すみません、すみません」
って家族が言いながら通っていたら

「すみません何て言わなくていい。
前に進んでおいで」と
言ってくださる人もいました。

すみません、すみませんって言われると
自分が悪いことしているみたいで
みんなに申し訳なかった。
今はそんなこと思わない。
むしろ、「すみません」という言葉には
色んな意味があることが分かった。
当時は車椅子生活になったこと
身体が不自由になったことを
受け止められなくて
生きているだけで迷惑をかけると思ってた。



倒れた時は自分のことしか見れなくて
周りを見ようともしなかったから
考え方が自分中心だったけど、
数ヶ月すると周りも見れるようになったねと
言われて嬉しかった。


そして、高校、大学と進学して
今年大学を卒業。
高校は、ロボット、プログラミング、
工作、バイオ工学とかを学べるところに
進みたかったけど、
当時はすべての学校を断られました。


身体が動かなければ(身体機能に制限がある)、

頭を動かす(勉強する)

この言葉はごもっとも。


だけど、

きつい時もあるよ。

嫌になる時もあるよ。



何の楽しみもなくひたすら机に向かう。

参考書をひたすら覚える。

寂しいよ。

みんなは社会に出ているのに。と


思う時もあるけど、

今はひたすら頑張るしかないんだよね。



この9年間、

健常者、障害者が(わけるのも嫌だけど…)

共に生きていくにはどうしたらいいんだろうって

考えているけど答えは出ない。

動いているものに考えだけ伝えても何も変わらない。

動いているものにはこっちも何かしら動かなきゃ

何の進歩もしないんだと分かった。



2024年で2本の足で生活していた時間より

車いす生活の方が長くなる。


でも、楽しい。

今の生活は楽しい。