母と僕たちとの3人の生活が始まりました。
お父さんと別々に暮らすことで寂しいという気持ちはありませんでした。
母は仕事が忙しく、朝から晩まで働きに出ていましたが
幸いにも母は親戚が多く、兄弟も仲が良かったそうで
皆で協力しながら僕たちの面倒を見てくれていました。
別居してからしばらく経った頃、一本の電話が。
母は真剣な表情でこう言いました。
『お父さんと会うことになったから、一緒に来てくれる?』と。
”なんでまたお父さんと会わなきゃいけないんだろう?このままでいいのにな…。”
出かける準備をしている母の横顔は
どことなく悲しそうでした。
父との待ち合わせ場所は、駅近くにある公園の噴水前で、
すでに父は待っていました。父は母の顔を見た瞬間に駆け寄って母を殴り倒しました。
倒れた母に馬乗りになって怒鳴る父。驚きと怖さで立ち尽くす僕たち兄弟。
なんとか父を振り払った母は逃げるように、その場を立ち去りました。
状況がよく分からない僕たち兄弟は手をギュッとつないで、そんな母の背中を目で追うことしかできませんでした。
こうして僕と隆は、父に引き取られ父との生活が始まりました。
父と暮らし始めてしばらく経ったある日、父は言いました。
「お母さんは、もうお母さんじゃなくなった。」
その時は言葉の意味が分かりませんでしたが後に父と母は、離婚をしたのだと分かりました。
あの時、逃げるように去って行った母が、僕達が見た母の最後の姿でした。
僕と隆は間もなく保育園に入園しました。
他の子達のお母さんを見ていつも思っていました。
”いいな。みんなお母さんがいるんだね。”
そう思うたびに、涙が出そうになりましたが
”お母さん…いつか迎えに来てね…”
そう信じて待ち続けました。
しかし待っても待っても、お母さんが僕たちの前に現れることはありませんでした。
ある日、布団に入った時、涙が止まらなくなりました。
絞り出すように言いました。
「お母さんに会いたい…会いたい…会いたい…」
でも、その時僕は悟りました。
もうお母さんには二度と会えないのだな…と。