万葉集のつまみ食い180 | 日本の古代探索

日本の古代探索

古事記・日本書紀・万葉集の文や詩を通して我々の先祖の生きざまを探ってゆきたいと思います。

妻に与える歌一首

 

1782・雪己曾波 春日消良米 心佐閉 消失多列夜 言母不往来

 

   ゆきこそは はるのひくらめ こころさへ けうせたれつや こともかよわず

 

訳:雪が 春の日差しで消えるように 心までも 消え失せてしまったのではないか 

  言葉も通わさずに

 

**「くらめ」は「く:(消・く)の終止形+らめ:(らむ:推量の助動詞)の已然形」で「消

  えるであろう」。「けうせたれつや」は「けうせ:(消失せ:消えて無くなる)の連用形+

  たれ:(垂る:表し示す)の連用形+つ:完了の助動詞+や:問いかけの終助詞」で「(心

  さへ)消え失せて(本性が)現れてしまったのではないか」

 

 *この頃、昔のように、心を込めた会話がないけれど、私に対する愛情が失せたのかい?

  

 

妻が和した歌一首

 

1783・松反 四臂而有八羽 三栗 中上不来 麻呂等言八子

 

   かへりまつ しひてあるやは みつくりの なかのぼりこぬ まろなどいはね

 

訳:お帰りを待っていました いやいや待っているのではありません 三つ栗の真ん中の其の

  仲、二人の仲で 言い寄ってきてくれませんね 麻呂はどうして(なの) 

  想いを訴えて欲しいのです

 

**「しひてあるやは」は「しひて:むりやり・むりに+ある:いる(連体形)+やは:係り助

  詞(反語:~だろうか、いやそんなことはない)」で「無理をして(待って)いるのではあ

  りません」。「なか」は「仲:男女の交情」。

  「のぼりこず」は「のぼり:(ほれる)の連用形+こ:(来)の未然形+ぬ:否定の助動詞 

  (ず)の連体形」。「など」は「なぜ・どうして」。ここで意味はいったん切れる。

  「いはね」は「いは:(言ふ:言い寄る・想いを訴える)の未然形+ね:願望・希望の終助

  詞(~てほしい)。

 

 *いいえ。 一生懸命お帰りを待っていましたのに、昔のように、貴方こそ、優しい言葉を掛

  けてくれません。麻呂こそどうして? 思いを訴えて欲しい!

 

 *お互い様ですよね。昔も今も変わりませんね!

 

  右の二首は柿本朝臣人麻呂の歌集の中に出ています。

 

1799・玉津島 礒之裏未之 眞名仁文 爾保比去名 妹觸険

 

   たまつしま いそしうらみし まなごにも にほひいぬるな いものふりけむ

 

訳:玉津島の 礒の浦の周りの 真砂にも 良い匂いを残して亡くなってしまったお前

  愛しいお前が触ったのでしょうね

 

**「まな」は「可愛い子=まなご=細かい砂」。「にほひ」は「にほふ:良い香りがする」の

  連用形。「いぬる」は「いぬ:(亡くなる)の連体形」。「な」は「汝:お前」。

  (「ふりけむ」(古形)は「ふれけむ」に同じ。)

  右の五首は柿本朝臣人麻呂の歌集に出ています。

 

 *玉津島の礒のこのあたりを 君と良く一緒に歩いたね。

  君の移り香が残っているような気がするよ。懐かしいなあ。

 

ここから第10巻です

 

1816・玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏微

 

   たまかぎる ゆふさりくれば さつひとし ゆづきがたかに かすみたなびく

 

訳:はかない 夕暮れが過ぎて 猟師の 弓月の中を飛んでいる鷹に 

  霞が棚引いているよ

 

**「たまかぎる」は「靈が終わる・はかない」。「さつひと」は「猟師」。

  「ゆづきがたか」は「ゆづき:弓月(ゆみづき):半月の中を(飛ぶ)鷹」

 

*この「さつひと:狩人」は「鷹狩り」のようです。

 「鷹狩り」は我が国では貴族の遊びとされてきたようです。

*「さ、霞が掛かってきたから、今日はもうお終いにしよう。お疲れ!お前(鷹)も頑張った

 な」

 と、漁師が鷹に語りかけている声が聞こえるような一情景ではありませんか。