まだ暑さの残る8月の終わりのこと、夢枕にオメガシーマスター・トロピカルダイヤルが立ち、兄が売りに出されるから買い取ってくれと頼んできました。
「ずっと一緒に暮らしたいのだ」、と、こちらを向いて、切実な気持ちを伝えてきます。
えっお兄さんって、いったい…、と、問いかける間もなく、オメガトロピカルダイヤルは暗闇に消えていきました。
私はベッドから跳ね起き、夢か…、と、つぶやきましたが、部屋の暗がりから、確かに頼んだよ…、という声がリフレインしながら寝室の暗がりにこだましていました。
翌日、私は村松時計店の四代目に電話をかけて心当たりがあるか聞いてみました。
すると四代目は、その時計なら店でお待ちかねですよ、と、教えてくれたので、私はその電話で取り置きをお願いし、一番に商談の席に着けるようにしておきました。
3日後、村松時計店に出向くと、「本当は私が引き取りたいくらいの上玉なんですが、ちょうど他のやつを買ったばかりでして」、と、傍らの時計を愛でながら四代目はおっしゃいました。
トロピカルダイヤルのときと同じ方から委託販売品として出されていた個体は、シーマスターブラックダイヤルでした。
まさにトロピカルの言っていた兄に違いなく、一緒に暮らせるようにしてあげたい気持ちになりました。
だって、ほら、片やすっかり経年変化を遂げているというのに、販売当時の文字盤の美しさを残した個体があったら、並べておきたくなりませんか?
二つそろっていることで、高まる価値ってありませんか?
それに、私はこのモデルのデザインが好きなのです。サイズや形、そしてライスブレスの美しさと着け心地の良さ。もう一本あってもいいなと思って、ヤフオクでシルバーダイヤルの購入ボタンを何度も押しそうになっていたくらいです。
今の家に引っ越してきて12年経ち、テレビと洗濯機がそろって天寿を全うして出費がかさんでいましたが、ここで引いたら相当後悔することは火を見るよりも明らかでした。というのも、ヴィンテージはすべて一点物で、縁を大切にしないと二度と手に入らないからです。
はし〇さんだったら、少しお値引きするって言ってましたよー、との四代目のとどめの一押しもあり、私は決断し、ブラックミラーダイヤルを迎えることにしました。それに、きっと、もとの持ち主さんも、この2つの時計は並べておきたいのだと想像しました。
「これでまた一緒に暮らせるよ…」、と、どこからか声が聞こえてきたのは気のせいだったか。
四代目の話では、ブラックミラーダイヤルでこれほど文字盤の状態が良いのは珍しく、貴重なものであるとか。
でも、そうでなくとも、このブラックミラーはトロピカルと並べていつまでも大切にしておきたいと思いました。