この世の儚さと同時に真剣に「生」を考えてみる | ご縁を頂いたすべての心やさしい人へ♪

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尾張の隠れ家的結婚相談所 愛知県一宮市 結婚相談 婚活サロン Harvestの婚活毒吐きブログです。しかし、婚活の話題少なし。

いつもありがとうございます。

毎回読者登録、イイね連打、コメに感謝致します。

随分ご無沙汰しました。

リタイアを宣言してから大幅な読者様減少を覚悟しておりましたが、思ったより減らず私は幸せ者です。

読者の皆様には感謝しかありません。

お陰様で本業の方は絶好調。

今月は新規入会者の数が創業以来の最高記録となりました。

より一層大変にはなりますが、フレッシュな婚活男女の応援が出来る嬉しさをバネに誠心誠意頑張ります。

 

さて、先日うちの大事な読者様の父上様が鬼籍に入られてしまった。

ブログ上で知ってはいたものの、ご丁寧にメッセまで下さった。

心からお悔やみ申し上げるしか出来ない現状なのをお詫びするしか無いのだが…。

自分の非力さを苦々しく同時に歯がゆく思う。

肉親の死や配偶者の死、どうしても中高年になれば嫌でも直面する現実ではあるが、この世の儚さを感じずにはいられない。

何かで読んだのだが、これらの死に直面した場合のストレス度はマックスらしい。

別の読者様Y様は奥様を亡くされた。

計り知れない哀しみであろう。

メッセは頂いていないが、更に別のY様も…。

時々心あるコメを下さる実に愛情深い女性である。

私事だが、4年前に母を見送った。

当時はカルチャーショックであった。

それから1年後に書いてみたのが下記である。

自分の記事をリブログするなど愚かなのは承知だが、わずかに冷静になれているのが分かる。

読者のA様の支えになれるかは疑問だが、私にはこのような方法しか思い浮かばない。

いつも明るいAサンであるが、両親の介護問題は深刻であったようである。

しかし、決して他人事では無いのである。

今は無理かも知れないが、わずかでも平穏な日々が来た暁にはコレを読んで頂きたいと願いながら…。


久々なので何を更新すれば良いだろう…。

リタイアする時点で考えてはいたものの、今回はAサンとYサンがヒントをくれた。

今日は死を考えながら生(せい)を考えてみよう。

生ですよ笑

ナマでも無いし性でもありません爆

性は又いつか…笑

 

人生で死を考えん人は皆無だろう。

大袈裟に云えば、人は死に向かって毎日を生きている。

それが早いか遅いかである。

ところがである。

昨日までピンピンしていた人が急逝する事もある。

私はこの現実に直面して言葉を失った事がある。

この現実に直面してから自分に言い聞かせている言葉がある。

「人の命には油断するな」

「今を大事にせよ」

「巡り逢った人は大事にせよ」

「迷った事はやってみよう」

「決断した事はすぐ実行」

…こんな具合である。

 

これを実行するようになってから気付いたのだが、不思議と運が好転し始めたのである。

おかしな神頼みとかより効果覿面なのでお試し下さい笑

「死」を考えながら「運」が好転しだしたのはおかしな話であるが、事実なのだ。

これはどういう事なのかと自問自答してみた。

出た結論…。

 

真剣に死を考える事は真剣に生を考える事である。

 

では生を真剣に考えるとは何だろう。

カッコ付けるわけではないが、愛について考えてみる事だと思う。

親子、夫婦、友人…これらの人間関係を育むのが愛であり、人間として生まれた以上愛が基本中枢で無くてはならんように思う。

動物だって愛を注げば尽くしてくれる。

しかも動物は裏切らん。

だから一層可愛いのかも知らん。

 

その愛の方向付けも大事である。

 

愛に対して自分の方向付けを「待つ」とか「与える」とか「求める」とかをしない事もオトナの品格であろう。

愛は作るモノだと自分に云い聞かせる事も知恵である。

 

せっかく人間として生を受けた以上、お互いの意見と行動を交叉させて、愛を築こうとしていけたらステキなのでは無かろうか。

 

愛、命、このような形の無い見えないモノを作り出すのが、コレも又形の無い心だが、この心を生み出すモノこそ自己啓発の源泉である「意欲」であろう。

 

いくら技術が発達しようが機械(コンピュータ)は意欲と云うヤル気を備える事は出来はしない。

このような考え方で「生」を手繰り寄せていけば「意欲」に到達する。

「働く意欲が無い」

「何もする気がおきない」

「誰かに頼れば良い」

…こんなのは甘えでしか無い事に気付かねばならない。

続けていれば次第に心が歪み、意欲の水は干上がってしまう。

当然愛を作る共同作業場はそこには存在しない。

 

だからこそ目標は大事なのだ。

同時にいつまでも命も無い。

ここが肝心だ。

時には開き直りだって必要だ。

どんな事でも良い。

まして他人の目を気にする必要も無い。

「私は何々をする為に生きている」

或いは、

「私にはこれしか出来ない」

…こんな人を私は尊敬する。

 

先日の台風19号の被害に遭われた人も大変な試練である。

心からお見舞い申し上げます。

うちだって被害は無かっただけだが決して他人事では無い。

運が良かっただけである。

明日は我が身なのだ。

天災は厄介だ。

怒りの持っていき場も無い。

けれど、怒りのエネルギーだって半端無い。

起きてしまった事実だけは変わらない。

平穏な日常が砕け散る…。

凄い事だがいつだって天災人災は隣りあわせだ。

厳しい事だがその先を考えねばならない。

 

身内や愛する人を喪った悲しみは計り知れない。

時間薬しか無い場合も多い。

けれど、人間として生まれたからには言葉を大事にしたい。

キレイ事抜きで果てしない悲しみに直面している人に掛ける言葉などは無いのかも知れない。

でも、こんな人には憧れる。

言葉はムズカシイ。

けれど同時に毒にも薬にもなる事は事実である。

世の中は儚い事に多く直面する。

多かれ少なかれ誰だって同じである。

だからこそ自分の心の中に愛だけは咲かせていたい。

人知れず胸に咲く愛…粋な花ではありませんか。

 

グダグダ書きましたが…今日の記事は読者様AサンとYサンに捧げたいです。

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

今日も訪問に感謝致します。

又時々帰ってきます。