春夜(はるや)

 

 

 

はじめまして!

 

「自称」宇宙人の春夜(はるや)です👽

宇宙人として生きた前世の記憶を強く持っていて、

宇宙のエネルギーを使ったエネルギーワークや
オーラ情報を読み取ることを得意としています。

 

 

こちらのブログでは
ココロの世界のお話や
宇宙のお話、スピリチュアルなお話を、
できるだけわかりやすくお伝えしています。
 

ときどき、

歌手や作詞作曲家としてもお仕事させていただいてますルンルン

 

 

 

ちなみに春夜の読み方は

は↑る↓や↓ です。

は↓る↓や↑ ではありません。

 

「ネバダ」「栃木」

のイントネーションです。

 

人名だと

「たかし」「ひろし」

のイントネーションです。

 

たまに

「鼻毛」「砂漠」

のイントネーションで呼ばれることがありますが

違います。

そうではありません。

 

「ネバダ」

のイントネーションでお願いします。

 

 

わたしは幼いころより母親の影響で

宝塚や劇団四季等のミュージカルを見て育ちました。
 

学生時代は演劇部に入り

役者を目指しましたが、
だんだん演じることよりも歌うことが好きになり

やがては歌手を目指すようになりました。


18歳から事務所に所属し

プロデューサーに師事するも、
性的行為の強要モラハラを受け
心を病んでプロの道を断念…

しばらくインディーズで活動していたのですが

思うように成果が出せず、

夢を諦めることにしました。

 

 

ところが、

一般的な仕事をしようと思って

電話応対の仕事をしても、

接客の仕事をしても、

事務の仕事をしても、

肉体労働の仕事をしても、

 

ストレスからすぐに体を壊してしまい

続けることができませんでした滝汗

 

 

社会不適合者だと思い込み

生きている意味がないと思い詰め

死ぬしかないと思ったとき…


「やりたいことができないならば
私はどうして生まれてきたのだろう」

という疑問が

ふっと浮かんだんです。
 

 

「どうせ死ぬなら

やりたいこと全部やってからにしよう」

と、

半ば開き直り
「やりたくないことを絶対にやらず、
好きなことだけをして生きる。」

というルールのもと

自分と向き合いながら
2016年3月より自己開示ブログを始めました。


当時の目的は

ブログを書きながらファンを集めて

音楽活動をすること!

 

その頃はスピリチュアルなお仕事をするなんて

思ってもなかったです💦
右矢印音楽の常識(思い込み)を破っても夢は叶うのか実験します



それが
ブログで自己開示をしつつ
前から興味のあったココロの世界や
宇宙の法則を自分なりに発信しているうちに

 

自身のスピリチュアル性に気づいてしまい、

 

何度か抵抗するも(w)

不思議な力に押し戻されて

スピリチュアルなお仕事をお手伝いすることになりました笑3

右矢印使命をいかないものに容赦なし

 

 

今では、

 

ココロの世界や宇宙の法則、

スピリチュアルな話について

自身の体験や独自の見解を交えて解説していくうちに

 

読者のみなさんから

解説のわかりやすさに好評を得て

 

今ではライブ活動に加え

講習会や個人セッション、トークショーなども開催するようになりました。

 

 

 

春夜の音楽はこちら

 

 

春夜のメンタルを作ったもの

ここからは長いから読みたい人だけ読んでね〜!↓

 

両親のことを悪いように書いているところもあるけど、

あえて当時の世間知らずなわたしの目線で書いてあるだけで

今はとても素敵な両親だと思っています。

産んでくれて、育ててくれてありがとう。

 

誕生から幼少期の性格

 

1984年11月14日

東京で生まれる。

 

両親、姉と私の4人家族。

親父が酒乱でおかんも気が強かったので毎日怒鳴り声の響く家だった。

年の離れたねぇちゃんがよく私をかばって慰めてくれた。

 

性格はとにかく目立ちたがり屋で頑固。

自分よりスターになっている人を見ると

それより目立たないと気がすまなかった。

ちょーめんどくさいヤツ。

 

 

ついでに無意味なルールもすごく嫌いだった。

 

ジライヤの影響で忍者が大好きだった私は、

忍者村に連れて行ってもらったことがあった。

その時に着れる忍者服が

「男は黒、女は赤」

と決まっていることに散々文句を言い、ふてくされた。

 

まず、男と女で選べるものが決まっていることも許せなかった。

それから、

忍者が赤い服なんか来たら隠密行動出来ない。

そんなこともわからないのか、

とそこらの大人に内心ブチ切れたが

オカンが怖かったのでふてくされるだけにとどめた。

 

ランドセルも赤が嫌で散々文句を言ったが

「女の子が黒を使ったら学校でいじめられるよ」

というおかんの言葉を聞いてしぶしぶ諦めた。

 

当時、いじめが何かはわからなかったが嫌われるということだけわかった。

 

その他にもおかんは「しきたりの人」だったので

女は下座に座るとか、男を立てろとかよく言っていた。

そんなこともあり、

幼少期から自分が女であることが嫌になる。

 

 

 

いじめにあって、いじめをして

小学校では目立ちたがり屋な性格と、

納得のいかないルールをすぐに指摘する協調性のない性格がたたって

男には暴力と暴言のいじめ

女には集団無視のいじめを受ける。

 

その頃、

おかんも当時は

「悪いことをしたら無視をして態度で教える」

という方針をとっていたため、

学校にいっても家にいても話をする人がいなかった。

ねぇちゃんは受験で忙しくてあまり話ができなかった。

 

無視する人はみんな

「なにが悪いか」は教えてくれなかったので

「自分の存在が悪い」

ということにする。

 

存在を否定されるのは辛かったので、

女に無視をされたら言うことをなんでもきいて

暴力や暴言を振るってくる男にはとりあえずあやまることにした。

 

そうしているうちに転校生がやってきて、仲良くなる。

 

始めは仲良くしていたけど、

だんだん距離ができてきた頃にまた私への集団無視が始まって、

そこから逃れるためにその転校生の友達のせいにする。

 

最終的にはちゃんと謝って許してもらったけれど、

私が人生で唯一「いじめに参加した」という前科になる。

 

 

今考えたら、

どうせいじめられるならランドセルは黒にすればよかった(笑)

 

 

 

現実逃避

学校でも無視。

家でも無視。

自分の存在否定を繰り返していると

ある日、テレビで人格障害(多重人格)を取り上げた番組を見る。

 

バカガキだったので、

「辛いことは自分が別の人間になったと思うことで辛くなくなる」

という受け取り方をした。

(多分、そんなことは言っていないw)

 

その頃から嫌なことや自分の感情がわからなくなるようなことがあったら

これは違う人間だと思うように頑張った。

※よい子は真似しないでね!

 

始めはごっこ遊びだったけど、

だんだん上手くいって全然違う人になれるようになってきた。

 

 

 

 

中学時代

勉強さえしていれば文句言われないと思ったのでとにかく勉強していた。

中学3年のときは平均睡眠時間3時間だったと思う。

何かのために勉強していたのではなく

塾に入ってテストの点数を取るための勉強と入試に受かるための勉強をしていた。

高校は、塾の先生のすすめもあり

推薦入試で入れる中で一番偏差値の高い高校を選んだ。

 

男友達は出来たけど、女友達はあんまりいなかった。

体育の授業で「好きな人とグループを作って創作ダンスを踊る」ってのがあったけど、組んでくれる人がいなかったので一人で作って一人で踊った。

 

中学3年になってからの部活は

仲良しの後輩がいたから楽しかったな。

 

高校時代

ほとんど記憶がない。

学校じゃないところでバンドを何個かやったくらい。

一度、学校のカウンセラーにお世話になったけれど

話聞いてシートに回答するだけでクソの役にも立たなかった。

 

大学時代

1年のレポートを提出するとき、事務員(学生?)に意地悪をされるが

単位を取るためにヘコヘコ謝る。

いつまでも他人の機嫌を取りながら生きていく自分に嫌気がさし、

大学も社会も全部嫌になる。

 

大学2年で中退。

罪悪感でいっぱいだったが、

初めて自分で下した「人生の選択」だった。

 

20代

歌手になりたくて

70歳位の自称大物プロデューサーの事務所(?)に通う。

脅迫&洗脳されてラブホに連れ込まれるが、

もう一歩のところでうまいこと言って逃げる。

そして干される。

 

夢に破れ、

存在否定の嵐の末

男に逃げる。

 

同時に複数と付き合ったり

出会い系で出会ったり。

 

ギャンブラー男

浮気男

依存男

と付き合って

 

悲劇のヒロイン女

二番目の女

依存女

を経験する。

 

 

謎の事務所をやめて

違うプロデューサーに師事するが、

恐らく性格の不一致で衝突しまくって2年ほどでやめる。

その後の音楽活動はフリーで行う。

 

 

25歳くらいに

おかんの束縛と無視、両親の喧嘩に耐えられなくなり爆発。

無視はしないが絶対になにも従わないという姿勢で両親と衝突。

おかんに「話をしよう」と言われるが

「あなたは私の話を聞こうとしたのか」

といって完全に拒否。

ある日、もう二度と両親と会わない覚悟で突然家を出る。

 

散々恨みつらみがあったけれど、

距離をとってからやっと

おかんの気持ちと

親父の気持ちがわかるようになる

 

 

結石で入院したり

新しい仕事を始めたりするなかで

両親とも話をするようになり徐々に和解。

 

今までのことは

両親なりの愛情だったとわかり始め、

親父もおかんも心から好きになる。

ねぇちゃんは昔からずっと好き。

 

 

25歳の後半から30歳までは

仕事しながら自分の内面と戦いまくる日々。

 

当時恋人だったzamboを

騙そうとしたり、

試そうとしたり、

殺そうとしたり、

散々迷惑かけまくる。

 

 

とあるキッカケがあり

「これ以上zamboを傷つけたくない」

という想いから

どうにか自分をコントロールできるようになりたくて

自己啓発本やメンタルの本を読みまくって実践しまくる。

 

 

結果、

自傷癖

他人ごっこからの人格障害

性被害によるトラウマ

を自力で完治させる。

 

ついでに

自己否定感

女性性の否定

人見知り

(なんて可愛いもんじゃないけどw)

も克服。

 

人格障害のときは

そこにつけこまれて悪霊の憑依も体験。

そのときは霊能者さんに抜いていただきました。

 

30歳〜現在

 

歌手になりたかったので

CDを作ったりライブハウスなどで活動するが

いわゆる

「音楽活動」

といわれるものに違和感と限界を感じる。

 

 

2015年春

アーティストとして約10年位続けていたブログを削除。

心機一転、

新しいブログを立ち上げ

今までタブーだと思っていたことを全て出し

日々考えているメンタルな内容を表現するようになる。

 

 

10年続けていたブログは読者が約20人、

いいねが1日2〜3だったのに対し

 

新ブログ(このブログ)は開始1ヶ月で読者が100人越え、

半年ほどでいいねが平均30ほどになっている。

※2016.10.13現在

 

 

将来の夢は、歌手と忍者。

年齢不詳のかっこいいクソババアになりたい。

 

 

 

このプロフィールを書いた目的

メンヘラじゃねーかよ!

って思った?

そうだわ、

メンヘラだわ!あっはっは笑い泣き

※知らない人はググってね

 

 

でも今は違うんです。

完全に自力で治しちまった。

 

だから言えることもたくさんあるんですわ。

 

 

精神的に病んでしまったことがあるから、

そうなった人の気持ちも分かるし

 

そっから治っちゃったから

治る方法もわかる。

 

 

治っちゃった今だから、

病んでる人の周りの人がどうしたらいいかも分かるし

病んだことない人が病んでしまう原因もわかるんだわ。

 

 

ある意味

極端に振り切った経験のある私だからこそ、

一般の人の悩みなんて全然たいしたことないし

メカニズムもすぐわかるのかもしれない。

 

あ、たいしたことないってのは悩みの大きさじゃなくて

ココロの問題として難しい話じゃないってことね。

 

 

なんでこんなこと書いたかというと

自分が楽になりたかったから。

 

後からコソコソと

「あいつあんな偉そうなこと言ってるけど超病んでたんだぜ」

とか人に言われるのイヤじゃん。

だから先に言っておきました。

 

それに、

こういうこと知った上で私のこと好きになってくれるなら

それってすごく嬉しいじゃん!

 

 

でね、

こんだけ病んでて危ないやつだった私が

今は

夫が大好きで

家族のことが大好きで

義両親も大好きで

友達も大好きで

 

自分のことも真っ当に大好きになったのね。

(病んでるときのナルシズムじゃないってことね)

 

 

それに

意地悪したやつも、

自分の罪悪感も

ほとんど許せちゃった。

 

それって多分すごいことなんだよ。

 

 

だから、

ブログを読んでみて使えそうなことがあったらどんどん使ってみて欲しい。

 

だって、

このブログに書いてあることは

私の約30年分の実験の結果であり

その中でもっとも有効だった方法なんだからねデレデレ