表面の自我を越えて自由になるには! | タイ古式施術deどうなってしまう?!

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友人の集まりで、ある女性が旦那の性格が自分の前と他の人の前とではずいぶん違うのは不思議という話をしました。

 

よく考えてみると、全ての人は自分の親に対する態度と子供に対する態度、社長や部下、ペットや虫に対する態度、さらにはある自分の持ち物のあつかい方などすべてかわりますよね。

 

完全に違う人格で接しているのです。

 

まるで別人、違う自我がたくさんあるようです。

 

 

私たちは普段やさしい人が誰かに怒鳴っているのを見ると、あの人は本当は怒りっぽいとか、本当は性格悪いとか思ってしまいます。

またいつも自分に意地悪な人が、人知れず自分のことを弁護してくれていたことがわかると、実はこの人はいい人だったかもとか思いませんか?

 

でも本当の性格とか隠している本性とか、もともとないのです。

ある社長の奥さんが、家ではめっちゃやさしい旦那さんが会社では社員に厳しいのを見ても、キツイのが本性だとか性格を隠していたとか思わないでしょう?

 

つまり人の人格(表面の自我)は人(や物)との関係性によってつくられるのです!

 

ヤキインディアンの賢者であるドン・ファンは、世界は目に見える物質世界(トナール)とその奥にある無形の世界(ナワール)に分けられるといいます。

ある時、弟子のカスタネダがトナール(形のある世界)の詳しい説明を求めると、なんとドン・ファンは「トナールとは社会的人格だ!」と言ったのです。

 

これは表面の自己の外部に対する自分の態度ということです。

 

つまり人の自我のみならず、この目に見える物質世界を組み立てている要素は人や物との関りだったのです。

 

この関係性とは簡単に言えばエネルギーのつながりというやつです。

つまり自分の中の(目に見えない)原因と外部にある原因が何らかのエネルギー的つながりを持った時、そこに世界が現れるのです。

 

 

最近は小説家の平野啓一郎さんが分人(ブンジンdivisual)という言葉を発明して、個人(individual)は多くの分人(社会的人格)に分けられて、知り合いの数だけ自分の性格が生まれると言っています。

こういう考え方をすると、自分が好きになれない人も、自分の全部を好きにならなくても美味しいもの食べて幸せな時の自分や、親友と笑っているときの自分は好きになれるというきっかけから自己嫌悪を取り払ったりもできるようです。

この分人は対人関係だけでなく対物関係にも使えると思います。

 

 

では、外部との(対人対物)関係性が全く存在しないときはどうでしょう。

 

人は一人の時でも雑念妄想という形で、目の前に存在しない人や物とのエネルギーの関係性を作ってしまいがちですが、瞑想などの修行をした人だとその影響から脱していることがあります。

 

その時は自分の本当の性格(自我)など存在しません。

 

物質世界も存在しません。

 

つまり表面的な自我は関係性によって起きる現象ともいうべきもので、もともと確固とした存在基盤などなかったのです!

 

 

ですからもし自分のある部分(例えば威張ってるところ)が嫌なら、手っ取り早いのは自分より偉大と思える人たちとだけ交流することです。

それによって自分の謙虚な部分を引き出して、自分に印象付けることができます。

 

 

でもいつも自分と会う人を決めることができなかったり、一人でいるときに湧き上がってくる悪意や欲望などあるかもしれません。また暑さ寒さなどの環境に対する不満という自我(=関係性によって発生する物質現象)も出てくるかもしれません。

 

私の瞑想の先生は、そんな時はただ「関係ない!」って思えばいいよと教えてくれました。

 

そうなんです。

 

関係ない!興味ないね!と思えば、もう外部の要素にエネルギーを与えることがないので、表面的な力は消えてゆくのです。

 

逆に気にすることでエネルギーを注いでしまうと、近ごろ流行のタルパ(人工幽霊、想念の物質化)のようにドンドン物質化がすすみ、あなたのエネルギーもドンドン奪われていきます。

 

というわけで、表面の自我を越えていくには、関係ない!興味ない!が有効なのです。

 

ただ一つの提案は、きれいに片付いた後はそこを何か素敵なもので満たして置きましょうということです。

 

使ってないコンセントの差込口みたいに、せめてキャップをしておかないとホコリが入りますよということです。

 

何はともあれ、まずはお試しあれ!

 

 

 

 

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