畑をやっている友人が

Facebookでショウガのことを書いていて、

わあ、うちにも植えたいなあってコメントしたら、

なんと、

即日便で、ショウガの種を送ってくれました。

 

種と言っても、根っこね。

 

それで今朝早くに

畑の空いている所に植えました。

 

少し芽が出ているのもあって、

無事に育って

自家製ジンジャーシロップになってくれるのを

楽しみにしています。

 

今、うちの小さな畑は

ブロッコーリーとルッコラが終わって

花が咲いてそれもほぼ終わりそうです。

 

このあとまた種ができる。

自然の循環です。

 

他にもたくさん撒いたのに、

名前を書いた

プレートの文字が

水性ペンだったらしく

全部消えていて、

何がなんだかわからなくなり(汗)

混沌とした草地になってます。

 

 

発芽したのはこの
アブラナ科のものと紫蘇と
ハーブ類の葉っぱと小豆。

 

ルッコラの花は十字架型。

 


そのほかの

にんじんは?
アスパラは?
ネギは?
フェンネルは?
ビーツは?
レタスは?
みんないったいどこへ行った?

 


そもそも収穫時期がそれぞれなので、
地下にあるものはよくわからない。

 

でも、芽が出始めたこのショウガは、
空いている場所に植えたのできっと大丈夫。
自家製ジンジャーシロップ楽しみです。

 


よく見たら、紫蘇がこぼれ種で
たくさん発芽している。
紫蘇ジュースも楽しみです。

 


イタリアンパセリも
畑の仕切りの外で青々としている。

 

 

野生のミョウガも
すくすくと出て来て、
通り道にあるのは
鳥かごみたいな覆いをかぶせました。

 

 

さぼりぎみのプチ農園ライフまたはじめます。

 

 

今日書いたことは

私が大好きなことの一つ。

 

時間を忘れて

日がな1日畑や庭にいたいくらい。

 

こういうことが好きなのは

子どもの頃からでした。

 

土いじりや植物や木と遊ぶこと。

 

会社員時代のあるとき、

園芸みたいなことはババくさい

みたいに冷やかす人がいて、

それから、人にはあまり

言わない時期もありました。

 

そういうの大きいです。

 

だから、

誰かが何かに夢中になって

楽しんでいたとしても、

そして自分は興味なくても

絶対に

茶化したり

バカにしたりしてはいけないです。

 

あのイチローは、

小学生の時に

素振りの練習ばかりして

周りから

 

「バカじゃないの。

プロにでもなるつもり?」って

からかわれていたって

本人が言ってましたね。

 

その悔しさは一生忘れないと。

で、今、こんなにメジャーになれました。

なれない人もいるし、

なれない人の方が多い。

 

だから、

そういうときは

暗黙の承認です。

そんなに好きなんだ。

希望通りになるといいねって。

言わなくてもいいので。

 

 

それから

今日伝えたかったことは

私は庭や畑で過ごすことが好きで

それは仕事とか遊びとかの分類ではなくて

ただ好き、癒される、

幸福感を感じるのです。

私のお役目の

一つかもしれないと思えます。

 

でも大人になって好きだって思えて

いつのまにか

興味がなくなってしまうものも

たくさんあります。

 

あの時はあんなに夢中で

調べたり勉強したりしていたのに。

 

今は、何も感じない…

それはそれでいいのです。

 

それはきっと

お役目ではないことだから。

一時好きだったけど

私の担当じゃないって

ことを知るために

やる機会を与えられたのです。

 

こうして

本当に好きなことが

だんだんわかってくる。

 

好きと思っていたけど

違っていたことがわかってくる。

 

人間に対してもそうですね。

前はあんなに好きだったのに、

今は全然興味がない人。

 

 

その時は

そんな気がしていた。

でもそれは魂の声ではない

他のものに惑わされていたから。

 

内側の声ではなくて

外側に声に従っていたのです。

 

誰かといて

幸福感を感じるのは

波動が同じだから。

 

何も感じない。

むしろいたくないなら

波動が違うから。

 

いつも幸福感を感じる人生。

その方がいいですよね。