赤紫蘇を煮る。

甘みと酸味を加えて

ジュースを作る。

 

 

緑から赤に変わっていく

その変化の様子がうれしくて、

美しいルビーのような色に心が弾んで、

種から育ち、

こんなふうに楽しませてくれる

植物に敬意を表さずにいられない。

 

 

8月が終わろうとしている。

これで一旦

区切りをつけましょうと言うように

たくさんの出来事が起きて

更になる月、8月。

そして9月から再生の季節に入って

新しい世界が創られていく。

 

子どもの頃、

夏休みには曹洞宗の寺院の

祖父母の家に行くことが

何よりの楽しみだった。

東京の家にはない

豊かな自然の中では

見るもの聴くもの、

そしてにおいまでもが新鮮だった。

 

草や木のにおい。

田んぼのにおい。

近所の農家のにおい。

土間を入った時のにおい。

台所で煮炊きするにおい。

檜のお風呂のにおい。

本堂のお線香のにおい。

墓地の奥の苔のにおい。

 

それらのにおいの記憶は

どんなに時間が過ぎても

消去されない。

 

好奇心と冒険心と

少しの怖さの中に

まだ見ぬ輝く世界を感じて

覗き込まずにいられなかったのだ。

 

あの時の原風景は

今の私をつくっているのだろうかと

ふと思うことがある。

 

目の前に現れるものへ寄せる気持ちと

出来事を素直に受け取る自分。

外にあるものと自分との

よくもなく悪くもない関係。

 

その関係でいることを

大人になって忘れているような気がする。

どこかで評価の気持ちが生まれる。

 

入ってくるものや

持っているものを

少しずつ減らしていきながら

素の自分になって

感覚を研ぎすまし、

自然の声を聴き続ける。

よくもなく悪くもない関係が

そこにできたらいい。

 

 

 

 

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