約束の日、

菜奈美は自分の部屋でその時を待っていた、

夜の八時三十分

菜奈美の部屋は和室で畳が敷いてある六畳間、

分厚い遮光用のカーテンのかかった窓際にベッド、

そのベッドの足元の方の壁にチェストが一本、

窓の反対側の壁には大学に持ってゆくトートバッグを置いた勉強机、

この時間、夕ご飯の後片付けで、母親の家事を手伝うのだが、

菜奈美はまとめないといけないレポートがあると言い訳をして、

部屋に戻り、ベッドに腰掛け、スマホをかたわらのベッドの上に置き、

枕元の目覚まし時計を見る、

あの後、大学の友達に報告しようと思ったが、

次の日の月曜に友人達の顔を見ると、言い出せなくなった、

自分にはそう言う重い部分がある、

高校一年からの付き合いの白木静香にも切り出せなかった、

静香も整った顔立ちの女性で、

高一の二学期が始まってすぐくらいの時に彼女が切り出してきた、

美人って大変よね、だって、

当時自分から言うか?と思ったが、

話をすると共感できる話ばかりで、

遠慮なしで一生付き合える友人、親友になった、

しかし彼女の方がおませさんで、何かにつけて出し抜かれている、

彼女が悪いのじゃない、私の動きが遅いだけ、

しかし、

今回は、いっきに差を縮められそうだ、

優しそうで、会話をリードしてくれる、可愛い目をした、年上の人、

社会人と言っていた、

今思えば、自分に話を合わせていた様に思う、

友達が大学生くらいの頃の話を出してきたのだから、

バイトの話で詰まると、とっさに、車の免許の話に変えた、

男性と付き合った事がまだない菜奈美は自分を安心させるために、

心の中に安心させる言葉を積み上げた、

きっと優しい人だと思う、

全然知らない者同士だけど、話が弾んでいた、

いや!弾みかけていた、

大人だから女性に慣れているのかもしれない、

女性の扱いを知っているように思う、

怒らせてしまう言葉、

楽しく笑わせる言葉、

褒めたり宥めたりする言葉、

勇気をくれる言葉、

私を包み込む言葉・・・。

大人だからそう言う言葉を知っているかも、

頭の回転と言うか切り替えが素早い人だった、

気遣いができる人、

勿論、理想通りとはいかないと思うけど、

一緒にいて楽しい人がいい、

いつも私を見ていてくれる様な人で、

そばにいなくても、思い出して早く会いたくなってくる様な人、

菜奈美は生まれて初めての出来事に胸が踊り、

期待で、はち切れそうになった、

そして、

静香も言っていたが、

男性と出会って付き合う事になれば、やっぱりそう言う事になるのかな?

大人な事、

ネットでちょっと調べればなんでも調べられる時代、

知識だけはある、

でも知識だけではなく、ちゃんと女性の体を知っている人がいい、

優しくされたい。

菜奈美は自分の体が大人になっていて、自分の体がいろんな事を訴えかけてくるのを感じている、

男性を求めている、

好奇心があるし、体が私を誘惑する、体が私を迷わせる、でも自分自身が臆病で、どうにもならない、

体はもうすっかり大人になっているのに、自分が臆病だから自分を責める、

もうすぐ九時、

何が起こるか予想が付かなくて、

怖い、

もうすぐ彼に電話をしないといけないのに、

落ち着かない、

興奮している、

でも、彼に興奮していることを知られたくない、

恥ずかしいところは絶対見せられない、

落ち着かなきゃ、

大人の女性になりたい、

早くあれを卒業したい、

痛いらしいが、代償は付き物だ、

だから優しい男性、優しい彼氏が欲しい、

菜奈美はスマホを持ちベッドから机に移動して、

椅子に座り、トートバッグから財布を出し、

財布から谷原孝志がくれたメモを取り出した、

彼はあまり字が綺麗ではない、小学生の様な無邪気な文字、

菜奈美はその文字を見て、私が綺麗な文字を書ける様にしてあげると思い、

可愛い人だったと感じた、

電話番号はもうスマホに登録してある、

スマホの時計が運命のその時になろうとしている、

菜奈美は彼が自分に夢中になる確信を持ち電話をかけた。


つづく。