彼はお店の女性オーナーに声をかけられ、躊躇している様だった、
勿論、菜奈美も困ってしまった、
彼が来店する直前、店のオーナーと大学のキャンパスライフの話や、
恋愛談義をし始めたのだが、こんな展開になるとは思っていなかったから、菜奈美はまだ男性と付き合った事がない事を白状してしまった、
しかし、その男性は、
菜奈美の背後に立つオーナーを困った顔で振り向き見ている、
自分と同じ様に彼の困った顔を見て菜奈美は安心した、
髪の毛はボーイッシュな女の子の様に伸びていて、可愛い目が照れている、
美形ではないが、その可愛い目は堀の深いおでこと鼻筋におさまり、
菜奈美は彼の目を見つめてしまった、
ナンパに慣れている様には見えない、
彼は振り向いていた姿勢を椅子の上で元に戻す時、菜奈美の顔を確認する様に見た
菜奈美と目が合い、彼は少し真面目な表情をした、
多分、年上の男性、
腰を浮かせて椅子に座り直すと、彼は状況を受け入れた様に、
もう一度菜奈美をチラリと見て、
「初対面で話すのは・・・」
そう言いかけた、菜奈美にも分かる、初対面で何を話せばいいか分からない、スラスラお喋りができる方が変んだ、彼はナンパを慣れていない様に思うし、その方が菜奈美は安心する、
それで彼は頭を切り替えた様に、ため息の様な呼吸をして、
「僕の名前は、谷原孝志、二十四歳、サラリーマンをしています」
彼はそうゆっくりと言って、
俯き、少し首を傾げて、
「ちょっと、硬いかな?」
と自己紹介の真面目さを反省する言葉をしんみりと漏らしたが、
菜奈美はその真面目さが気に入ったし、
まず、名を名乗るのはエチケット、礼儀だ、
礼儀を尽くしたのなら、礼儀で答えないといけないと思い、菜奈美は
「私の名前は、永沢菜奈美です、年齢は十八歳、大学生です」
そう答えると、谷原は微笑むのではなく、緊張感のある表情のまま、
「あっ!大学生ですか?」
と確認してきた、つまり大学生とは、十八歳とは思っていなかったと言うことか、
菜奈美はそう思うと満足した、自分でもそう言う印象を周りが受ける様に振る舞っているからだ、
自分の顔からして、二十歳とかそれ以上とか見られてしまう事がよくある、
そう言う風に見られているのだから、周りの人に幼い対応はできない、
谷原は続けた、
「知り合いが、大学生の時、社会に出る前の息抜きだって言ってましたけど、冗談ですよね?」
と問いかけてきた、
菜奈美は学生にもよるし、友達同士の冗談だろうと思い、
「冗談だと思います」
と答えると、
谷原は、
「じゃ永沢さんは、キャンパスライフ、忙しいですか?」
菜奈美は答えた、
「今、私は一年生で、来春から二年生になります、少し時間ができるので、アルバイトをしようと思っています」
すると谷原は聞き返してきた、
「一年と二年では時間の余裕が変わるのですか?」
菜奈美はどうして再確認するのかなと思ったが、
気がついて答えた、
「一年生の時は、大学に慣れていないし、でももう慣れてきて、自分で時間配分を考えられる様になったので」
説明不足を指摘されてしまった、
私より彼の方が落ち着いている、
「どんなアルバイト?」
リズムよく谷原は質問してきた、
菜奈美は答えた、
「まだ、具体的には・・・」
そこで会話が詰まるかと菜奈美は思ったが、
「十八ってことは、車の免許は?」
谷原は詰まらず質問を重ねる、
だから菜奈美はリズムを壊す事なく答えた、
「教習所にも行くつもりです」
菜奈美は楽しくなってきた、
「家族でドライブとかは好きですか?」
勿論、父親や母親の運転する車の隣で、楽しく感じる、
「はい、大好きです」
すると谷原は、
「自分で運転すると、もっと楽しいよ、どこに行きたいですか?」
菜奈美は会話が弾んでいるのが信じられなかった、
知らない人なのに、
「そうですね、多分最初はお家の近所をうろうろすると思います」
そう言うと谷原は微笑み笑って見せて、
「そう言うのが楽しいですよね、でだんだん遠くに足を伸ばしてゆく」
そう言って、
「女の友達だけで、ドライブに出かけたら、永遠におしゃべりしてたりするんでしょう?」
菜奈美はそんな情報どこで聞いて来たのと思っていると、
お店のオーナーが、
「お兄ちゃん、実はこの娘さん、もうカット終わってるから、連絡先の交換のお願いして終わってくれる」
としらけた様に、子供の遊びには付き合っていられない、と言う感じに言った、
菜奈美は盛り上がってきたのにと思い、
谷原は、オーナーに振り返り、意外そうな、残念そうな表情をしている、
そして菜奈美に視線を移して、
「初対面の人に連絡先教えるの不安でしょう?」
そう言って、彼は再びオーナーに向き直り、
「メモあります?」
と問いかけると、オーナーはレジスター台にゆき、メモ帳とペンを持って戻ってきて、
谷原に手渡す、
彼はメモ帳に何かを書き、そのページをちぎると、
それを菜奈美に手渡し、
「二日後の夜、九時に電話下さい、電話がなければそう言う事なので・・・」
と彼は最後まで説明をしなかったが、谷原の潔さが滲んで見えた、
菜奈美はお会計を済ませて、
美容室のドアを開けると、ドアのベルが不規則に鳴って店を出て、
階段を降り始めた、
階段を一段一段降りる度に電話をする気持ちが固まり、
歩道に出て歩き始めると、勇気?希望?憧れ?異性?
自分でもコントロールができない心境に包まれた。
つづく。