(注意!この小説は、私の勉強不足で、キャラクターの視点、主観が古い形式で書かれています、宜しくお願いします)


 数週間後の日曜の夕ご飯時、 

ゆかりのアパートの最寄駅のそば、 

小さな商店街があった様だが今はシャッター街になっている、 

そんな中で今でも商売をしている居酒屋があって、 

細々と近所の人を相手にしている様だ、 

例えるなら演歌でも流れていたら似合いそうなお店なのだが、 

BGMはない、 

客層が常連ばかりで、もうこの店に何十年も通っている感じで、 

年齢的にも体的にも落ち着いた客ばかりの様で静かな店だ、 

ゆかりは店の一番奥にある四人掛けのテーブル席に店の出入り口の引き戸が見える席に座り、煮物や焼き鳥に熱燗の一式を目の前に置いて一人で飲んでいる、 

テーブルはそれ以外に四つ出口に向かって並んでいる、 

ゆかりから見て右手に座敷、 

左手にカウンターと椅子が六席ほど並んでいて、 

カウンターの奥は厨房で年老いた大将と奥さんが他の客の注文を忙しそうに作っている、 

その煮炊きしている音や、 

たまにまな板を小刻みに叩く包丁の音がBGMになっている様な店だ、 

座敷には四人ほど客がいて、 

のんびりとした世間話が止んだと思ったら、 

「熱燗一つ」 

と声がした、 

大将はそれに返事をして、 

出来上がった料理をカウンターの客に出して、 

「お待ち!」 

と声を掛けた、 

すると、 

店の出入り口の引き戸が重そうな立て付けの悪そうなガタガタと言う音を立てて開いた、 

外の冷たい風とのれんが吹き込み、 

その後から五十代半ばの少し疲れたおばさんが入って来た、 

若い頃は可愛かったであろうその女性は、 

マフラーに丸い肩をより一層丸く見せる様なごついコートを着て、 

店に入ると振り返りその重い引き戸を閉めて振り返りゆかりに視線を合わせた、 

ゆかりはその女性ににっこり笑って見せる、 

お店の大将はいらっしゃい! 

と声を掛けると、 

その女性は厨房の方に少し頭を下げてから、 

ゆかりの方に歩み出して、 

マフラーを解いた、 

ゆかりのテーブルまでくると、 

「寒いね」 

とゆかりに声を掛けて、ゆかりの正面にある椅子をテーブルから引き出した、 

ゆかりはその女性に、 

「うん、最近一気に寒くなったよ」 

と返事をしている間に、 

その女性は持っていたカバンとマフラーをその椅子に置き 

コートも脱いで椅子の背もたれに掛けて、 

ゆかりの正面の椅子に座った、 

ゆかりは 

「お母さんも飲むでしょう?」 

と声をかけると、 

ゆかりの母親はゆかりの目を見て頷き、 

「そうね、少し貰おうかな」 

と照れる様に言った、 

ゆかりは椅子から立ち上がり、 

カウンター越しに、おちょこをもらい、ついでに、 

「熱燗もう一つ下さい、それとおでんも適当に五つほど下さい」 

そう言って厨房の中の奥さんにおちょこをもらう時、 

「時間かかりそうだったら、私自分でおでん皿に盛り付けましょうか?」 

と言うと、 

厨房の中の奥さんが年齢を重ねた顔で商売人の趣のある笑顔でにこっと笑って、 

「急ぐなら、お願いしようかな」 

と言うので、 

ゆかりはおちょこを自分の母親に手渡して、 

「ちょっと待ってて」 

と言って、店の突き当たりにある厨房の入り口に入ってゆく、

母親はその姿を目で追う、中で何かお喋りする声がして、おでんが乗った皿を持って席に戻ってきた、 

皿を置き、椅子に座ると 

「お母さんも、温かいの食べて」 

と母親におでんを勧める、 

ゆかりの母親は箸立てから割り箸を取り、 

割り箸をぐいっと割ると、 

「美味しそうなおでん」 

と言って大根を一口サイズに箸で割って、 

口に運んだ、 

ゆかりはまだ空の母親のおちょこを取り、 

少しぬるくなってはいるが、 

酒をそそぎ母親のそばに置いた、 

熱いいおでんを咀嚼して飲み込むと 

ゆかりの母親は、なかなか言えなかった熱いと言う言葉を発してから、 

おちょこを開けて、 

「美味しい」 

と言ってゆかりのもてなしに礼を言った、 

ゆかりは母親のお礼に頷き、嬉しそうに、 

親に褒められた子供の様な笑顔を見せて、 

「冬はやっぱり日本酒」 

ゆかりは母親に一通り食べて飲んでもらって、 

「仕事は忙しい?」 

と問いかけると、 

「介護の仕事は腰に来る」 

と笑いながら、まだ余裕がありそうな言い方をした、 

ゆかりはいつもの様に冗談を言った、 

「離婚する時に、お父さんからもっといっぱい慰謝料貰えばよかったのに」 

と言うと母親は、 

「そうね」 

と言って決め台詞の様に、 

「二年ほどの夫婦生活だったから」 

両親はお見合い結婚をしたのだが、 

ちょうど父親の不動産の仕事が右肩上がりで 

ゆかりが母親のお腹にいるのに、女遊びをしていて、 

ゆかりを出産直後に離婚、 

親権は稼ぎの多い父親に渡り、 

その後父親は再婚、 

男の子が出来て、 

ゆかりの居場所が無くなり、 

今に至る、 

母親は話題を変えようと、 

「車は大事にしてる?」 

ゆかりの例のS一三は元々母親の車だった、 

「うん、日頃はお父さんのお家のガレージに置いてある」 

母親はあの立派なガレージなら問題ないと思い、 

「でもたまには乗ってあげてね」 

ゆかりは当然と言う感じに、 

「乗ってるよ」 

そしていつものくだりになる、 

「お母さんどうして、スポーツタイプの車?」 

ゆかりも答えてくれないのは分かっている、 

それで、 

「結婚前の彼氏の趣味?」 

母親は思い詰めた様な、シリアスな顔をして、 

「そう思うよね」 

ゆかりは自分のおちょこを仰いで開けると、 

母親にとっくりを差し出して、返盃を催促した、 

母親はそれに答え自分のおちょこを開けて、 

ゆかりに注いでもらい、 

とっくりをゆかりから受け取ると、 

ゆかりは自分のおちょこを持ち母親に注いでもらい、 

「そもそもどうしてお見合いなんかしたの?」 

母親は言えなくて、でも心残りがあって、 

無念さを誰かに聞いてもらいたかった、 

ただそれを娘にしていいのか迷っていた、 

するとゆかりは、 

「私の見方をしてくれるのはお母さんだけだし、お母さんの見方をするのは私だけよ」 

母親はゆかりを見つめて、 

「確かに」 

と呟いて、 

「結婚したい人がいたんだけど、捨てられちゃったの、私のお父さんと貴方のお父さんが知り合いでね、格好悪い事になった娘の私の為に、景気のいいお父さんに結婚を勧めてね」 

母親はそう言って一息付いた、 

ゆかりは静かに母親の話を聞いていた、 

「結婚してから分かったの、お見合い結婚の怖さを」 

ゆかりは結婚生活より母親の結婚前の彼氏が気になり、 

「昔の彼氏はどんな人だったの?」 

母親は一瞬ゆかりに目を合わせて逸らし、 

複雑な表情を浮かべ、 

「優しい穏やかな人だった、無口で余計な事を言わない感じの人で、別れる時も理由も言わずに去っていった」 

ゆかりは自分にも身に覚えのある話で、 

「もしかして、初めての恋愛相手?」 

母親はゆかりに視線を重ねて、 

「そうね、男の人の扱いを知らなかったから捨てられたのかな」 

すると座敷の客達が帰る様で少し店内がざわついた、 

その客達が店を出るのに出入り口の引き戸が開け閉めして、 

外の冷たい風が店内に入り、 

のぼせていたものが冷めた様で、 

ゆかりの母親は無口になった、 

ゆかりはそんな母親に、 

「どうして再婚しなかったの?」 

母親は微笑んではいるが言いにくそうにしながら、 

「もう男の人を信じられない感じで、次のお見合い話をお父さんが持ってきたけど、父親まで信じられなくてね」 

ゆかりは母親と一通り話をして、 

自分の中にあるわだかまりが母親の中にもあるのか知りたくなり、 

「昔の彼氏を思い出す?」 

すると母親はゆかりの顔を見て、 

「ゆかりは?」 

と聞き返されてゆかりは答えた、 

「記憶喪失になったわけじゃない、思い出すよ」 

母親はその記憶喪失になったわけじゃないと言う理由付けをなるほどと思い、 

「そんな誘導尋問をされれば、思い出すと答えるしかないね」 

と言って小さく笑った、 

ゆかりは続けた、 

「優しくて穏やかな男の人でも難しいところがあるよね」 

すると母親はゆかりの話振りに、 

「ゆかりも忘れられない優しい人がいるの?」 

と尋ねた、 

ゆかりはゆっくり頷き、 

「男と女って後悔を順送りさせながら、大人になるのかな?」 

母親はゆかりのその哲学的な言葉が少し分かりづらくて、 

「どう言う事、分かりやすく説明して」 

ゆかりは分かりやすい説明の仕方を考えて、 

「生まれて始めての恋愛で異性を学ぶ、先に後悔して学んだ男女は恋愛を知らないその相手に恋愛を学んで欲しくて捨てるって感じ」 

母親はそう言う考え方もできるねと思い、 

「じゃ私は男を育てる事を放棄してしまったのかな?」 

何人かの男を渡り歩いてきたゆかりは母親のそのセリフが見事に心に刺さった、 

でも母親はゆかりのそんな気持ちを知ってか知らずか、 

「ゆかりには私とは全然違う人生を歩いてもらいたい」 

ゆかりは少し救われた気持ちになり、 

「私はちゃんと結婚するよ、そしてお母さんの面倒は私が見るから、もう少し待ってて」 

親子は再び酒を酌み交わし、 

母親が 

「本当に日本酒は美味しいね」 

と言って溜息をついた。 

 

 年の瀬の日曜、 

気忙しいこの時に孝志とゆかりはベッドに横になり、 

ほっと息を付いていた、 

ベッドの置いてある部屋には、 

灯油が燃える匂いがして、 

石油ストーブがオレンジ色に燃えている、 

ベッド際のカーテンに映る日差しも夏の頃に比べれば優しい、 

ゆかりが言っていた今年いっぱいで終わりと言うことは、 

今日で二人は最後の様なのだが、 

ベッドの上でまったりしている、 

ゆかりが 

「私が火遊びに誘った事を忘れてないよ」 

孝志は少し身構えた、 

「火をつけたのは私だから、火が消えるまで付き合うよ」 

孝志は覚悟をして今日はここに来た、 

ゆかりにそこまで言われると流石にもう駄々はこねられないと思い、 

「楽しかったです」 

ゆかりはすかさず言った、 

「私もよ」 

二人は茶色に焼けた天井板を見ながら、 

話した、 

「不道徳な半年でしたね」 

孝志がそんな言葉を使ったので、 

ゆかりは思わず笑って、 

「快楽に溺れた二人」 

孝志は思い出す様に、 

「初めての日、凄いと思いました」 

ゆかりは、その単純な言葉に、 

「凄いって?」 

孝志は用心深く言った、 

「女の人の体とか、ゆかりさんの体の動きが」 

そう言ってゆかりの反応を伺うと、 

孝志は続けた、 

「大人って凄いって」 

するとゆかりが、 

「一人エッチとは全然違うよね」 

孝志はここで一人エッチが出て来た理由を考えると、 

「二人で一緒にするから、相手が居るから安心すると言うか」 

ゆかりは安心と言う言葉に反応した、 

「安心って?」 

孝志は少し考えて、 

「気持ちを受け止めてくれる相手が居るって言うか」 

ゆかりは首をひねって孝志に目をやって、 

「受け止める?」 

孝志はそんな説明もしないといけないのと思い、 

「自分も気持ちよくなりたいけど目の前にゆかりさんがいて、僕に感じてくれているのが嬉しいって言うか」 

すると孝志が一所懸命に説明したのに、 

ゆかりは聞き流す様に、 

「フーン」 

とあしらう様な返事をした、 

孝志は愛想ない返事に、 

「ダメですか?」 

と問いただす孝志にゆかりは、 

「いろいろ考えてやってたんだなーと思ってさ」 

孝志は少し呆れた様な興奮気味に答えた、 

「目の前にエッチの相手が居るんだから、いろいろ考えますよ」 

するとゆかりは小悪魔的な感じに、 

「私を目の前にして、何を考えていたの?」 

孝志はハードルを上げてプレッシャーを掛けるゆかりに、 

「そりゃもう、声も出ないくらいにしてやろうと思って・・・」 

ゆかりはそこで台詞をなくした孝志に、 

「思ってどうしたの?」 

孝志は必死になって奥を突くと自分が行きそうになるのが不本意と思い、 

「女の人はいいよね、終わりがないから」 

ゆかりは端的に答えた、 

「男の人は射精すると一段落付いちゃうもんね」 

すると孝志が、 

「ネットによると、女の人は演技するとか書いているし、俺は満足させているのかなって心配になります」 

するとゆかりは、 

「半年も一緒にいるって事は、満足させてたんじゃない」 

と孝志に言うと孝志は 

「それは高評価されてるって事ですか?」 

ゆかりはじっと孝志を見詰めて、 

「半年間、喧嘩もせずに付き合ってたね」 

そう言われて、孝志は、 

「そう言えば喧嘩しなかったですね」 

ゆかりは手を孝志の胸に置いて、 

「気を使わせた?」 

喧嘩を一度もしなかったので、年下の人生の後輩に気を使わせていたのかなと思い、 

尋ねた、 

孝志はいろいろ思い返して、 

「気を使ったりしませんよ、ただゆかりさんを大事な人だと思ってただけです」 

孝志の目を見詰めていたゆかりは視線を逸らして、 

そっと呼吸をし、 

孝志から見ても何か考えていると分かる表情をして、 

「ありがとうね」 

とゆかりは答えた、 

火遊びなんだけど本気な部分があった、 

ゆかりは孝志を見詰めて、 

「今日で最後なんだから、私を思いっきり愛して」 

孝志はそっとゆかりに覆い被さり、 

「今日で最後だなんて信じられない」 

そう言ってキスをした、 

ゆかりは男と女が別れる時のドロドロ感とか、 

殺伐とした感じが嫌いで、 

そうならない様に気を回し孝志に接した、 

孝志もそれを分かっているのかは、 

ゆかりには分からないが、 

最後まで可愛い男の子でいてくれそうだ、 

エッチをしながらゆかりは孝志を見上げて、 

孝志の頭を撫ぜると、 

孝志は体を動かしながらゆかりにキスをした、 

二人は最後の日もエッチに明け暮れて、 

お風呂で汗を流し、 

出かける用意をした、 

二人がゆかりのアパートを出る時には、 

陽が傾き空の隅っこがオレンジがかった色になり始めていた、 

二人は孝志の車に乗り、 

走り始めた、 

「どこへ行けばいいですか?」 

と孝志がゆかりに問いかけると、 

「私達が初めて会ったのは恭子の車だったけど、二人の付き合いが始まったのは、コンビニの駐車場、S一三でドライブしたよね」 

孝志は今でも覚えてる、 

ドキドキした、何が始まるんだろうとエッチな想像もした様な気がする、 

と孝志は思い出した、 

「あのコンビニに向かって」 

孝志はゆっくりと最後に向かっているんだと感じた、 

やっぱり今日で終わるんだと思うと言葉が出ない、 

沈黙が続いて、 

ゆかりが話し始めた、 

「物語には始まりと終わりがある、日常では終わりと始まりが背中あわせになっていて次のお話がつながっているけど、物語は背中合わせの次はない」 

ゆかりはそう言って息をついで、 

「だから物語の終わりは、始まりに戻るのよ」 

孝志はゆかりの一連の言葉を頭の中で繰り返した、 

孝志が無口にそれを繰り返しているのをゆかりは知っているみたいでゆかりはそれっきり黙ってしまった、 

沈黙のまま孝志の車は郊外にある、 

やたら駐車場の広いコンビニに着いた、 

歩道を乗り越えて駐車場に入ると、 

ゆかりが 

「そこ!」 

と駐車場の一画を指差した、 

そこにはゆかりのS一三が停まっている、 

孝志はどうして? 

と思いながらその隣に車を停めると、 

「友達に頼んでここに運んでもらっておいたの」 

と言って孝志を見詰めた、 

孝志は弱気なため息をついて、 

ゆかりを見詰め返すと、 

唇を噛み締め、 

もう瞳が潤み始めている、 

ゆかりが孝志の目を見つめていると、 

その潤みが次第に溜まり始めて今にも頬に流れそうになった、 

でも孝志は堪えている、 

「泣くな!男でしょう」 

とゆかりが言うと、 

とうとう孝志の頬に溢れて流れ出してしまった、 

でも孝志は声も出さず、瞼をも微動だにせずゆかりを見つめた、 

ゆかりはいい男だ、私が見込んだだけの事はあると思っていると、 

孝志は右手の人差し指で自分の涙をすくって、 

その指をゆかりの頬に移して、 

「僕の涙を上げる」 

涙は本当に好きだった証、 

ゆかりは孝志の涙を火遊びではなかったと言う孝志の気持ちだと思い、 

「一生大事にする」 

と返事をし、 

最後のキスを孝志にしてあげると、 

「じゃ、行くね」 

と言って孝志の車を降りた、 

孝志も車を降りて、 

手の甲で涙を拭いて助手席側に回り、 

自分の車に乗り込むゆかりを見詰めた、 

S一三のドアが閉まると、 

孝志は今頃、 

「好きでした」 

と小さな声で呟いた、 

エンジンをかける音がして、 

窓が開いてゆかりが顔を出して、 

「危ないよ」 

と優しく声をかけた、 

孝志が後退りすると、 

ゆかりは車をバックさせてステアリングを回し、 

車を出口に向けると、 

車の中から孝志を見て、 

「可愛い彼女を見つけるのよ」 

と言って窓を閉め、 

駐車場の出口にゆっくり車を進めた、 

バックミラーに佇む孝志が見える、 

道に出るとゆかりは、 

「本気になるとは思ってなかった」 

と呟き、 

眩しい夕陽に目を細めると頬に涙が流れた。


終わり。