翌日の朝、 

長友は自分のデスクで、 

鬼の保護施設の建物の簡単な図面を見ていた、 

見た目はタワーマンションの様に見えるが、 

建物の中の動線は、 

出口が一箇所しかない、 

非常口等はちゃんと備えられてはいるが、 

刑務所のようだ、 

こんなところに鬼を閉じ込めて、 

厚労省への予算の泉にするつもりなのだろう、 

 

 朝礼が終わり、 

早速例の二人の上司と、 

三人で会議室に向かう、 

会議室で待っていると、 

早乙女と部下の安藤が現れた、 

長友は自分の上司が早乙女に報告書を読み上げるのをじっと聞いていた、 

説明が終わると早乙女は小さな声で、 

「反対する住民は、住民説明会に付き物でしょう?」 

と言ってから、 

「島の住環境の改善の予算はありますから、執行しましょう、インフラの整った場所で暮らす快適さ便利さを知れば、鬼も考えを変えるでしょう、人間だって東京に大挙して来るのだから」 

長友は早乙女の白いブラウスの胸のボタンを見つめていた、 

鬼を全員移住させなさいと言い出したのは彼女だ、 

鬼ヶ島に残りたい鬼も居るだろうから、 

島の住環境の改善に予算がついたのに、 

おそらく、住環境改善の工事は早乙女の配下の島崎の関係者が請け負うのだろう、 

お台場の保護施設も、 

何人かの政治家が絡んでいる、 

長友は否定拒否の鬼との問答で負けたのは、 

早乙女の無茶のせいだと思っている、 

峰山も鬼に怒鳴られていた、 

しかし長友はそれを表情ましてや口に出すつもりはない。 

 

 部下からの報告を聞き終え、 

早乙女は安藤と共に、 

厚労省の中の廊下を歩いていると、 

スマホにメールが来た、 

着信音がして、 

上着のポケットからスマホを取り出し、 

メールをチェックした、 

麻田からのメールだった、 

メールの内容は鬼を全員移住できそうか? 

と言うものだった、 

この麻田と言う男も不運な男で、 

名前までは教えてはくれないが政治家に裏切られた経験が彼を苦しめ、彼を支えて、彼を動かしている、 

 

 

 花音はこの数ヶ月間、 

いつも通りブログ旅を続けていた、 

大阪の梅田の百貨店で会った飾屋さんからあの後、 

一ヶ月後くらいに電話をもらって、 

さらに凄い事を教えて貰った、 

飾屋さんも顔が広そうで、 

だから父親が広げた人探しの網に引っかかったのだろうが、 

その顔の広さを活かして、 

早乙女の裏の顔を掴んだ様だが、 

飾屋さんも一般人でその情報をどうすればいいか分からない、 

反社と変わらない様な、政治団体と早乙女は付き合いがあるそうだ、 

鬼達をそう言う破壊活動にでも使おうとしているのかもしれないと、 

飾屋は心配していた、 

旅ブログを政治色で汚したくないので、 

そう言う事には触れずに、 

鬼ヶ島に興味がある、 

下調べをしようとしたが、 

意外にも情報がなくて困っています、 

と視聴者に情報提供を呼びかけると、 

動画のコメント欄や、 

花音のSNSにいくつか情報が寄せられたが、 

アクションを起こすほどのものがない、 

それで、 

鬼ヶ島が見える漁港まで来てみた、 

漁港の隣には、 

レストランや一般向けの市場があり、 

カメラは無しで、 

情報収集をしようと思い、 

市場に入ってみた、 

平日で客はそんなに多くない、 

商品棚に野菜を並べているおばさんに声をかける、 

「すいません、鬼ヶ島に詳しい鬼衛集の人に会いたいのですが、何か知りませんか?」 

と尋ねると、 

そのおばさんは花音を見て、 

笑顔だが、 

「鬼保護法ができてね、難しい事になってね、賛成派とか反対派とか、ノータッチが一番安心でしょう?」 

と言って教えたくない様だ 

それで花音は、 

迷惑になってはいけないと思い、 

「そうですか、すいません、ありがとうございました」 

と言って、おばさんから離れた、 

市場を出て、 

すっかり慣れてしまった当てのない、 

出口の見えない、 

彷徨っている自分、 

すると漁船が並ぶ岸壁に作業服のおじさんが二人立っていて、 

鬼ヶ島を眺めている、 

鬼ヶ島には船が横付けされているのが小さく見えていた、 

花音はあのおじさんにも声をかけてみようとキャリーケースをゴトゴト引っ張り、 

おじさん達に近付くと、 

一人のおじさんがキャリーケースの音に気付いたようで、 

花音に振り向く、 

花音は慌てて、 

「すいません!鬼衛集の人に会いたいのですが、何か知りませんか?」 

と言っておじさん達に程よい距離で立ち止まる、 

すると先に振り向いたおじさんが、 

片方のおじさんに、 

「タカ、どうする?」 

と尋ねている、 

花音は、また断られる前に、 

「私は葛城花音と言います、百年前に鬼ヶ島に行って鬼衛集の人達から鬼の事を教えてもらった葛城水間のひ孫です」 

すると、 

タカと呼ばれたおじさんが、 

もう片方のおじさんに、 

「社長がそんな話ししてたよな?」 

問われたおじさんは、 

そのタカさんに、 

「言ってたな、そんな話し」 

と二人でこそこそ話しをし始めた、 

すると、 

「社長に電話してみるか?」 

とおじさんが言うと、 

「テツ、お前がしろよ」 

ともめはじめた、 

それで花音は、 

「絶対迷惑はかけません、本当です!」 

するとタカさんの方がズボンのポケットからスマホを取り出して、 

「会えないかもだよ、微妙な時期だからさ」 

そう言って電話をし始めた、 

花音は重ねた、 

「葛城水間のひ孫です、証拠もあります、それを伝えて下さい」 

タカさんの電話がつながったようで、 

「社長・・・」 

とスマホに向かって話しをし始めた、 

「ひ孫って言う証拠もあるらしい、えっ?じゃさ、電話変わるよ」 

と言ってタカさんは自分のスマホを花音に差し出した、 

花音は相手が鬼衛集の誰か分からないが、 

一筋の希望の綱、その綱につかまり引き上げてもらうしかないと思い、 

スマホを受け取り、 

耳に当てて、 

「もしもし、すいません、葛城花音と言います、葛城水間の鬼ヶ島の取材メモの様な日記を持っています、是非会ってもらえませんか?」 

電話先が沈黙していたが、 

「葛城水間さんのひ孫さんですか?」 

花音は、 

「鬼衛集は何世紀もの間、鬼を守ってきました、でも、本当に守らないといけないのは、今です!」 

すると電話の向こうから、 

「本当に水間先生のひ孫さん?」 

電話の相手はしつこくそれを聞いてくる、 

だから花音は、 

「会って下さい、葛城水間の日記、運転免許証で名前や住所も確認してもらって構いません!」 

すると電話の向こうの男性は、 

「本当に守らないといけないのは、今って言いましたが、何かあるんですか?」 

花音は精一杯落ち着いて答えようと思い、 

落ち着こうとして逆に声が震えてしまった、 

「鬼を東京に行かせてはいけない!」 

すると、ため息の漏れる音がして、 

「分かりました、そこに居るタカさんに電話、かわって下さい」 

花音は、 

「タカさんに電話かわってって」 

そう言ってスマホを差し出すと、 

タカさんがスマホを受け取り、 

耳に当てると、 

「もしもし・・・」 

何やら指示を聞いている、 

タカさんは電話を切り、 

スマホを操作して、 

花音にスマホ画面を見せて、 

「これ、鬼衛集の長、田村太一の電話番号」 

と言った、 

花音は慌ててスマホを取り出して、 

その、画面の鬼衛集の長、田村太一の電話番号を写真に撮った、 

すると、 

タカさんが、 

「夜の八時か九時くらいに電話下さいって言ってたよ」 

すると隣のテツさんが、 

「鬼達、東京に行くとまずいのか?」 

花音は何をどう説明すればいいか迷いながら、 

「はい、鬼の移住事業に関わっている人が気になるんです」 

するとタカさんが 

「あんた旅行の途中か?」 

花音は頷いて、 

「東京から来ました、鬼の事が気になって、心配で」 

するとテツさんが、 

「じゃ、気を付けてな」 

とお別れの挨拶をしてきたので、 

花音は、 

「助かりました、当てもなく来て、鬼衛集の人に連絡が取れて、ありがとうございました」 

花音が感謝の気持ちを伝えると、 

タカさんが、 

「社長」 

と言いかけて、 

「田村さんに会ったら、あんた、今さっき言った、鬼が心配だって言うの、言ってあげてよ」 

と寂しそうに言ってきた、 

多分六十過ぎくらいのおじさんに、 

そんなふうにしんみりと言われると、 

何かあったのかと思ってしまう、 

花音は戸惑い、頷き、 

「分かりました、本当にありがとうございました」 

そう言って花音はその場を離れる、 

漁港前のバス停からバスに乗り、 

街の中に戻る、 

しかし連絡が付いただけでまだ会えてない、 

漁港のおじさんがしんみりとした口調で言ってた、 

鬼衛集の長に声をかけてあげてよと言っていた、 

元気のない人にお見舞いに行く時のような言い方、 

 

 太一は会社の事務所に一人で居た、 

鬼衛集も解散した訳では無いが、 

集まる用事もない、 

なんてもろい生き物なんだろうと 

太一は男を恥じた、 

社長としての仕事をしている時は、 

虚しさを忘れる事が出来るが、 

一日の仕事が終わると、 

未練がましいつまらない男に戻る、 

今日昼間に葛城水間のひ孫と名乗る女性から電話があった、 

何の用だろう? 

自宅に帰ってもよかったのだが、 

ここで電話を受ける事にした、 

二十時を少し回ったころ、 

スマホに電話がかかってきた、 

スマホの電話帳に登録されていない電話番号からだ、 

出てみると、 

「もしもし、葛城花音です、田村太一さんの携帯で間違い無いですか?昼間突然すいませんでした」 

太一は弾むような若い女性の声に、 

少し気持ちが引いてしまった、 

「はい、私は田村太一と言います、昼間の方ですね、電話待ってました」 

そう言うと、電話の向こうから、 

「あの、ちょっとややこしい話しなのですが、結論を言うと、鬼保護法を考えたのは、早乙女小百合と言う官僚で、この人ヤバい団体とつながっているんです、鬼達を変な事に利用しようとしているようなんです」 

彼女は電話をする前に考えて、 

用意していた言葉のようにスラスラとそう話した、 

太一はとっさに、ヤバい団体と変な事に利用しようと、 

と言う二つのワードが引っかかった、 

それで、 

「ヤバい団体と言うのは何ですか?」 

すると、 

電話の向こうの水間先生のひ孫を名乗る女性は、 

「あの、とっぴおしもない話しで、順番に話しをさせて下さい」 

と、結論からと言っていたが次は順番にと言ってきた、 

太一は意味もなく視線を机に落として、 

「ええ、いいですよ」 

と相槌の様な返事をした、 

すると彼女は、 

「まず、ネットで調べたら、この早乙女という人は、京都の古都大学を卒業していて、私と私の父親も古都大を出ています」 

太一はまだ結論は見えていないが一生懸命に説明する彼女に、 

邪魔にならない様に返事の様な相槌を言った、 

「早乙女の大学時代の同窓生がいまして、この同窓生は早乙女の事に詳しくて、大学生の頃、思想的に偏った学友が居て、この学友がかなり暴力的と言いますか、しかも厚労省の傘下組織を作って、今も交流があるようです、そしてその大学生の頃に、葛城水間先生の、鬼ヶ島の本を知って、鬼は使えると言う発言をしたそうなんです」 

太一はなるほどとっぴおしもないと感じた、 

それで次に引っかかったワード、 

「で、鬼をなにに利用するつもりなんですか?」 

すると彼女は、 

「暴力的な事を鬼にさせるつもりじゃないかと心配しているんです」 

太一は彼女のその口振りから、 

「それは、あなたの予想?」 

彼女は電話の向こうで迷っている様な空気があって、 

「いいえ、私ではなくて、その早乙女の事に詳しい人がいろいろ調べてくれて、そう言う結論に至ったのです、聞いていて私もそう思いました」 

太一はどんな返事をすればいいか分からなくて、 

「鬼を心配してくれてありがとう」 

すると彼女は、 

「ひいお爺さんの日記には、鬼はそっとしておくべきだと書いていました、鬼衛集に任せておくのがいい、と書いていました」 

太一は恥ずかしく、惨めな気持ちになった、 

もう手も足も出ないんだと言いたかった、 

「鬼達、本当に東京に行きたいと思っているんですか?」 

太一は思わず、 

「東京が何処にあるか知りませんよ」 

そう言って太一は自分の言葉に驚いて、 

目を見開いた、 

鬼達は何処に連れて行かれるかを知らない、 

「鬼達は東京が何処にあるか知らない」 

太一は、まさか鬼達は何百キロも離れたそんなところに連れて行かれるとは思っていない、 

「葛城さん、ありがとう、あなたとお話しをしてよかった」 

すると電話の向こうから、 

「お昼に電話をしてくれたオジさん達、田村さんを心配していました」 

田村は泣けてきた、 

顔を合わせても心配をしている素振りも見せない漁師のオヤジ達、 

俺の強がりに付き合ってくれていたんだ、 

「葛城さん、鬼を東京に行かせなければいいんだよね?」 

と問いかけると、 

元気のいい声が帰って来た、 

「そうです、お願いします」 

 

 鬼ヶ島、 

首布達は移住の件は後回しにして、 

今鬼が使っている小屋を新しい物に建て替えますと言って、 

今鬼が暮らしている掘建小屋を見て、 

暮らしている鬼達の話しを聞いて、 

それを元にして、 

新しく建てる小屋の模型と言う物を持って再び現れた、 

実際鬼が暮らす建物を小さく作った物らしい、 

土間ではなく、床と言う物を作りその上で生活をしてそこで眠るらしい、 

それに小屋の中で焚き火をしなくても、 

冬は暖かく出来るそうだ、 

船着場にガスという物を置いて、 

そのガスが古着の代わりをするらしい、 

それに、 

湧き水もポンプという物が村の中まで水を運んでくれるそうだ、 

 

 連日の様に人間が島に来て、 

順番に古い掘建小屋を潰して、 

新しい物を建てる、 

シトはその仕事をしている人間を見ていた、 

首に布を垂らしていないが、 

頭にはヘルメットと言う物をかぶり、 

エンジンと言う物がついた、 

やたらうるさい物で地面をならしたり、 

その地面に四角い石の様な物を並べる、 

真っ直ぐに、 

その上に新しい小屋を組み立ててゆく、 

最初はプラスチック製の少し分厚い板だが、 

それをガチャガチャ音を立てていると四方の壁になる、 

人間と言う生き物は不思議だ、 

シトはそのヘルメットをかぶった人間達の所作、 

仕事の手際、 

これが人間の仕事の仕方なのかと思うと、 

自分もその仕事をしてみたくなった、 

仕事をしている人間に声をかけてみた、 

「すまない、話しをしてもいいか?」 

その人間がヘルメットを押し上げながら、 

シトを見上げて、 

「俺のばーさん、鬼衛集に古着寄付したことあるよ」 

と鬼衛集を口にした、 

シトはとっさに、 

「そうか、古着ありがとう」 

そう言ってから、 

「仕事、楽しそうだな」 

彼は微笑んで、 

「このユニットハウス特注で、高い物らしくて、俺たち慎重に組み立ててくれって言われててさ、日当もいっぱい出てるんだ」 

シトは初めて聞く言葉が多すぎて意味を尋ねるのが邪魔くさくなっていた、 

ユニットハウスにニットウ? 

それで、 

「本土に行けば仕事はいろいろあるのか?」 

その男は少し不思議そうな顔をして、 

「まぁ、いろいろあるよ」 

そう言って彼は、 

「じゃ、仕事しないといけないから」 

と言って去った、 

首布達が食い物を運んできて、 

今の所は食い物に困っていないが、 

シトはいつかは自分で食い物を確保しないといけなくなると分かっている、 

本土に行けば人間と同じ仕事をしないといけない事くらいは分かる、 

キトも本土に渡る事を楽しみにしているが、 

シトも自分にどんな明日が待っているのか考えると楽しくて仕方ない。