墓参りを済ませた後
一行はこれまた久しぶりに
山間の別邸を訪れていた
 
 
和尚様にヨンに
良い気がみなぎっているって
言われたわ
幸せで何よりだって・・・
 
 
夕餉用の魚をさばく夫の隣で
ウンスは 野菜を切りながら
呟くように言った
 
墓参りを終えた後
本堂で寺の和尚に会って
挨拶をした時
柔和な笑顔の和尚が
ウンスにポツリと言ったのだ
「天女の覚悟は
本物であったのぅ」
と・・・
 
嫁いだ相手は高麗武士で
いつどうなるか分からない
不確かな世の中で生きていた
 
その孤独を絵に描いたような
寡黙な男の心の扉をこじ開け
その胸に飛び込むことに
あの時のウンスは
なんのためらいもなかった
 
彼に惹かれてやむなくて
何もかも捨てて
現代で生きることすら捨てて
両親よりも愛する人を選んだ
そのことに一度も
後悔したことはない
 
だが 幸せであればあるほど
もしかしたらそれは
彼への愛
という大義名分を盾にした
利己的なわがままで
他の人を傷つけた上で
成り立つ幸せではなかろうか?
と ふと不安に思ってしまった
 
夫の両親の墓に
手を合わせながら
ウンスは
自分の両親にも心で
許しを乞うた
 

『会えなくてごめんね

心配かけてごめんね
でも私はここで胸を張って
ヨンと幸せに生きている
子供にもたくさん恵まれたわ
良い子達でしょう?
だから 安心してね
それで
どうかアッパもオンマも
元気で幸せでいてね』と・・・
 
 
そんな時
和尚にチェヨンの幸せな姿を
見てもらえて
覚悟が本物だと認められてた
二人が夫婦になること
選んだ道は
間違ってはいなかった
そう言われた気がしたのだ
 
 
幸せの形は
目には見えないけど
こうして毎日一緒に暮らして
お互いを
近くに感じることができて
子供達が笑って過ごして・・・
それが私にとっては一番の
幸せだと思ってるわ
 
 
そうだな
 
 
ウンスの言葉に
チェヨンは優しく微笑み
小さく頷いた
 
 
夏が近づいているというのに
都の屋敷に比べ
山の中の別邸は一層冷える
 
チェヨンは煮立った鍋に
魚を放り込むと
ウンスの肩に自分の上着を
そっとかけた
 
 
寒くはないか?
 
 
ええ 大丈夫よ
ありがとう
さあ
野菜もぶち込んで
味付けをしましょう
へジャのように
美味しく出来上がると
良いけど・・・
 
 
ウンスは手際よく
次々食材を鍋に入れた
 
野菜はチェ家の農園で
採れた新鮮な菜っ葉や大根
魚は裏の川で子供達と
夫で釣り上げたものを使って
大きな鍋でグツグツ煮込む
 
 
オンマ アッパぁ
キンパ できたよ〜〜〜
 
 
そこへ
庭の縁台で
ばぁばやへジャと
キンパを作っていた子供達が
両親を呼びに来た
 
 
いいニオイ〜〜〜
うまそ〜〜〜っだね
 
 
鼻を大きく膨らませたのは
長男のタンだ
 
 
オンマ
ゴンがごはんをニギニギして
グチャグチャになったの〜
 
 
困った顔で
母親に言いつけるのは
スニョン
 
 
しょうがないわよ
ゴンはアギ(赤ん坊)だもん
それよりサンよ
サンのまきかた
ヘタすぎるもん
 
 
えええ サン
にぃににいわれたように
ちゃんとやったよ!
ぶぅう
 
 
ふくれっ面のサンは
キンパの出来を巡って
ユニョンと小競り合い
その二人に苦笑している
大叔母のチェ最高尚宮に
ぎゅっと抱っこされ
若干涙目で
人見知りを発動しているのは
三男坊のゴン
 
 
日が暮れ始めた山間の
邸の庭で始まる家族の宴
へジャとソクテ夫婦は
相変わらず忙しく
主人一家の世話を焼き
チェヨンと叔母は
ちびちびと酒を飲み交わし
ウンスはゴンの離乳食担当
 
 
たのしかったなぁ
あっ?おはかに行くのに
楽しいってダメかな?
 
 
タンが生真面目に心配し
ばぁばは
笑ってそれを否定した
 
 
いいや
タン達が楽しそうに
過ごしているのが
ご先祖様への何よりの供養
みんなに会えてお兄様も
嬉しかろう
 
 
そお?よかった!
じぃじ ばぁば
また行くね〜〜〜
 
 
タンは星が瞬き始めた
夜空に向かって語りかけた
 
 
あのねぇ サンねぇ
ばぁばがおはかに なっても
サンがあそびにいくからね!
さみしくないよ
 
 
まあ!こら サン
なんてことを!
すみません叔母様
 
 
母親に叱られ
キョトンとしている
サンに対し
ウンスは赤くなったり
青くなったり
冷や汗もので頭を下げた
 
 
いやいや ウンスや
サンは優しい子だねぇ
サン ありがとう
ぜひ遊びに来ておくれ
 
 
チェ最高尚宮は笑い飛ばし
嬉しそうに
サンの頭を撫でた
 
 
ちょっと形の悪いキンパ
川で釣った魚入りの具沢山鍋
裏山で摘んだ野いちごの
デサートが卓を彩って
山の澄んだ空気が一層のご馳走
 
家族は今日の出来事を
口々に言い合って笑い
ばぁばから祖父母の思い出話を
聞いては 子供達は
驚いたり笑ったり
 
 
アッパもきれいな石を
あつめるのすきだったの??
 
 
父親の子供の頃の話を聞いて
興奮したり
 
そうして
時々 流星を見つけては
感嘆の声をあげ
野いちごの酸っぱさに
口をすぼめた
 
どこか遠くへ行くわけでも
何か特別なことを
するわけでもないが
積み重なる時間が愛おしい
ウンスが家族を見回し
微笑んでいると
へジャと目があった
 
 
よき日でございましたね
奥様
 
 
ええ へジャ
いつもありがとう
お墓もいつのまに
あんなに手入れしてくれて
 
 
とんでもございません
これは亡き母の遺言
チェ家の墓を守るのは
女中頭の役目にございます
大旦那様も大奥様も
若様たちをご覧になれて
お喜びのことでございましょう
チェ家は安泰でございますね
 
 
二人でしんみりしていると
チェヨンの声が響いた
 
 
飯が済んだら風呂だ
今宵は早く寝ろよ
明朝は早くに出発だぞ

 

 

チェヨンは

明日は普通通りに出仕を

しなければならない

子供達も

ソダン(書堂)がある

もちろんウンスも診療所の

勤務を控える

だから明日の朝は早くに

ここを出立しなければ

ならないのだ

 

そんな慌ただしい時間を割いて

わざわざ訪れた別邸だが

それでも来てよかったと

チェヨンは思っていた

 

子供達も叔母上も

愛しい妻も 皆 笑顔

この家族の笑顔を守るため

自分は日々戦っているのだと

改めて心に誓った

 

 

 

 

 

 

すっかり寝落ちしているわ

でも本当に叔母様に任せて

よかったのかしら?

 

 

遊び疲れた子供らの

隣の部屋の寝息を伺い

ウンスは夫に聞いた

 

仕切りの薄い扉一枚で

隔てた部屋には

子供達五人とばぁばが

ぎゅうぎゅうになって

眠っている

 

 

構わぬ

叔母上本人の希望ゆえ

 

 

二人きりの寝床で

満足そうにウンスを抱きしめ

チェヨンはほぅと息を吐いた

 

 

今夜はダメよ

この部屋

丸聞こえだもの・・・

 

 

チェヨンの胸を慌てた様子で

手で押し返したウンスの

その白く細い腕を掴んで

チェヨンは笑った

 

 

そうか?俺には

屋敷と大して変わらぬように

思えるが?

 

 

変わる 変わる!

とにかくだめ

ヨンと同じで気配に聡い

叔母様がいるもの

 

 

ウンスは布団に逃げ込んだ

そのウンスを追って

チェヨンも布団に潜り込む

 

 

だからダメだって!

 

 

あ?隣に眠るのも

ならぬのか?

何も致さぬ

俺を信じろ

 

 

いやいやいや

信じられない!

 

 

ウンスはじとっと夫を

見つめ返す

 

 

ただ抱きしめて

眠りにつきたい・・・

今宵はそれだけ

約束する

 

 

ほんと?

 

 

ああ

 

 

じゃあ いいわ

 

 

ウンスは夫の腕の中に

転がり込んだ

甘い香りの胸板に

頬をすり寄せると

すぐに眠気が襲ってくる

 

チェヨンは妻の頬を

指先で触れながら

額に口付けを落とす

すると

ふうっと肩の力が抜けた

 

色白な頬

きりりとした眉

閉じた瞳の先に揺れる

長いまつげ

ふっくらとした赤い唇

シュッととがった顎の線

耳たぶのうぶ毛さえ

どれもこれも美しい妻の寝顔

 

今宵はこれ以上は

諦めよう

だが こんな風に

まじまじと妻を見つめ

その柔らかさに

酔いしれるのも悪くはない

 

聞こえる妻の寝息を

子守唄がわりに

チェヨンは目を閉じた

 

 

ヨン ヨンァ

 

 

どこからか

懐かしい声が聞こえ

女の人が幼い子供を

あやしているのが見えた

 

 

母上?

 

 

いい子だこと・・・

私はあなたの母になれて

嬉しいわ

なのに ずっとそばに

いられなくてごめんね

寂しい思いをさせて

ごめんね

 

 

母上・・・

 

 

ずっと寂しかった

だが

ずっとそれが言えなかった

目尻に熱いものが伝って

チェヨンは目が覚めた

 

 

どおしたの?

夢を見たのね?

 

 

ウンスが

優しい笑みを浮かべ

チェヨンの涙を拭った

 

 

よく眠れるおまじない

してあげる

 

 

両方のまぶたに

そっと口づけて

それから唇に唇を重ねる

 

 

母上が・・・

 

 

お母様?

 

 

俺のこと

気にかけておられた

 

 

そっかぁ

ヨン ちゃんとお墓で

言わなかったのね?

もう大丈夫

俺にはウンスがいるからって

うふふ

私はずっとここにいるから

もう安心して寝ていいわよ

ケンチャナヨ

ケンチャナヨ・・・

 

 

ウンスがチェヨンのお腹を

幼い子供をあやすように

とんとんすると

チェヨンは穏やかな顔で

寝入った

 

 

春の月が

ぼんやりと浮かんでいる

柔らかな春の月の光は

優しい妻の光

チェヨンの道しるべだ

 

 

*******

 

 

『今日よりも明日もっと』

花が咲き 木々が芽吹き

命が踊る春

大切な人と過ごす夜は

時が穏やかに過ぎていく

 

 

桜桜桜桜桜桜桜桜

 

 

本当に

申し訳ないくらい

まったりとした更新で

紡いできた本編の「春の月」

 

仕込む予定だった伏線とか

養成所の面々の話とか

まだまだ書き足りて

いないのですが

ここで一旦本編は休止と

させていただくこととします

 

次回本編のタンたちに

会えるのは

夏になると思いますが

お許しを・・・

 

現代版もそろそろ

書き始めようと

気になっているのですが

 

今しばらくは ゆるゆると

短編など交えてお話の更新を

していくつもりですので

気長にお待ちいただけたら

嬉しいです

 

コメントのお返しも

ままならず・・・

大変失礼しておりますが

お気持ちにいつも

感謝しております

本当にありがとうございます

 

感謝を込めて haru

 

 

安寧にお過ごし下さいませ

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