菊花診療所の診察を終え
典医寺に向かったイサは
養父のチェ侍医のもとで
他の医官に混ざり
脈診と経絡の修練を積んでいた
 
ウンスは天界の医術に長け
外科的な処置や病理に関する知識は
もちろん群を抜いていたが
そのウンスをもってしても
脈診はチェ侍医には敵わない
民のための診療所では
脈診も 不調なツボを抑え
症状を改善することも
不可欠でわけで
早くチェ侍医のような名医に
なりたいとイサは望んでいた
 
もちろん町医者のイサが
典医寺に修行に来ることは
異例な措置だが
イサはこの国の医者の最高位
国医大使ユ・ウンスの所から
修行に来ている上に
父親が典医寺の侍医であることから
新人医官達から
多少のやっかみはあるものの
養成所でのイサの成績を知っている
同期のもの達に
異を唱えるものはなく
チェ侍医は
イサを指導することで
少しでもウンスの役に立つならばと
熱心に教え込んでいた
 
脈や経絡を覚えることは
イサにはとても楽しく思えた
人の体の不思議を知るようで
まさに生きていることを
実感することでもあった
 
質問をし書き留め
実践する
今日もイサはその繰り返し
そして気がつくと
すでに夕方だった
 
 
今日は重篤な患者もおらぬし
私も屋敷に戻ります
イサ 一緒に帰るか?
 
 
う〜ん
アン・ユに話がしたいって
言われてるんだ
きっと先日貸した医学書の
ことだと思うんだけど
たまには友と親交を深めるのも
いいよね?
 
 
そうでしたか
アン先生も頑張ってますよ
 
 
チェ侍医は涼しげに微笑んで
イサに言った
 
 
武官の家に生まれた嫡子が
その武官を継がずに
医学の道に進むということは
並大抵の意志ではできぬこと
アン先生もそうだが
これを認めたご両親にも
私は頭が下がる思いがしますよ
だから少しでも
手助けができればと
思ってるのだが・・・
 
 
喉に小骨が引っかかった
養父の言い方にイサは
首をかしげた
 
 
なんかあったの?
 
 
いや まあ
誰でもが通る道
イサにも思い当たる節が
あると思うが?
今宵はアン先生の話を
よくよく聞いてあげなさい
 
 
うん わかった
じゃあ 父上 あとで
 
 
父上・・・か
その呼び名にも随分と
慣れたものだとチェ侍医は微笑んだ
まさか結婚もしていない自分が
こんなに大きな息子の
養父になるなど・・・
誰が一体思っただろう?
人の縁とはつくづく不思議
 
チェ侍医はイサとアン・ユを残し
早めの帰路に着いた
明日は七日に一度の公休日
医仙様の所に手伝いに行こうか
そんなことを考えると
つい 心が弾む
 
 
イサは医官たちの休憩室で
アン・ユと待ち合わせ
それから市場に向かった
今日の当直は
アン・ユの指導医のオ・アム
アン・ユが残っていると
何かと雑用を言いつけられると
にらんだイサが
たまには市場で飯でも食おうと
連れ出した
市場にあまり来たことのないイサは
店選びをアン・ユに任せたのだが
彼が選んだ飯屋は
美人姉妹が切り盛りする繁盛店で
多くの客が訪れていた
 
 
ご注文は何にします?
 
 
注文を取りに来た娘を見て
イサは目を丸くした
 
 
何で モモがここに?
 
 
あら?若先生
何でって ここは
あたしの家ですよ
たまに早く帰れた日は
こうして店の手伝いをね
若先生は ここ初めてだっけ?
オンニ達(姉さん)
診療所の若先生が来てるわよ
 
 
あらあ このいい男が
あんたが世話になってる若先生?
モモはちゃんと勉強してますかね?
医女に慣れそうですかね?
 
 
へえ この方がねぇ
こんないい男がいるんなら
あたしも病の時は菊花診療所に
行かなくちゃ
 
 
姉妹はイサを取り巻くと
次々言い出す
 
 
はあ まあ その・・・
 
 
さすがのイサも姉達に押され気味
その様子をアン・ユは
面白そうに見ている
そして
嵐のような質問ぜめが終わると
今度は頼んでもいない料理が
次々運ばれて来た
 
 
いや これは
幾ら何でも・・・
 
 
いいってことですよ
モモが世話になっている
診療所の先生様だ
医仙様にお礼をと言っても
受け取ってもらえないし
せめて これくらいはね
もちろん
ここはあたしのおごりです
どんどん食べてくださいね
 
 
一番上の姉らしき女が
大げさなくらい
にこやかな笑顔でイサに言った
 
 
お前 ここがモモの実家だって
知ってて連れて来ただろ?
 
 
イサは
渋い顔でアン・ユに尋ねた
 
 
へ?何のことだ?
だが貧乏医者には助かるよ
こんなにご馳走してもらえるなんて
若先生様様だな
 
 
つらっと
アン・ユは言い返す
 
 
それにお前知ってるか?
あの姉妹・・・
 
 
ん?何だ?まだあるのか?
 
 
いや 知らないのなら良い
 
 
そんな言い方余計に気になる
はっきり言えよ
 
 
あの姉妹・・・実は育児園の
 
 
育児園?ってヘバラギ?
 
 
ああ 
そのヘバラギのナレさんの
義理の姉妹だ
 
 
え?っと・・・?
どういう?
 
 
お前 医仙様から
何も聞いてないのか?
都でもいっとき噂になっただろ
チェヨン将軍が飯屋の女に
入れ上げてるだか何だか・・・
まあ 少なからず
チェ家とも
因縁がある姉妹だってことだな
 
 
そうか そういえば
そんな噂を聞いた気がする
けど あのチェヨンが
そんなわけないし
それにユ先生がモモを雇った時点で
因縁は悪縁じゃなくて良縁だと
思うけどな
 
 
そうだな 懐の深い
優しいお方だよな
医仙様は・・・
うちの母上だったら
噂になっただけで
あなたに非があるって
父上のことぶん殴ってるところだよ
 
 
あああ〜ウネ様なら・・・
やりかねない
 
 
二人は顔を見合わせて笑った
 
 
で アン・ユ?
わざわざそんな話をするために
俺を誘ったのか?
 
 
いいや ちょっとお前に
確かめておきたいことがあって・・・
 
 
何だよ もったいぶらずに
言えよ
 
 
お前さ 典医寺で下働きしていた頃
ヘバラギに通ってたって聞いたけど
 
 
あ うん まあね
 
 
半分は民間治療を学ぶため
半分は初恋の相手ナレに会うため
 
 
俺も今 暇があれば通ってる
 
 
へえ いろんな患者がいるから
勉強になるしな
民のことを知ることも
いいことだと思うよ
 
 
そうじゃなくて
 
 
へ?
 
 
俺 ナレさんに懸想してる
本気なんだ
もちろん色々大変なことも
わかってる
だけど俺 真剣なんだ
ただ・・・
お前に抜け駆けするのは
武士の父親の血を引く
息子として どうにも
気がひける 
卑怯な気がして
 
 
は?えっと?
何の話?
 
 
二人はそういう仲じゃないのか?
仲良いし 
ナレさん お前のことだけだぞ
名前で呼ぶの
俺はいつまでたってもアン先生だ
 
 
それは 
俺を弟だと思ってるから
 
 
弟?
 
 
ああ 俺も以前ナレさんのこと
気になってた時期があって
でも彼女にとって俺は弟
それ以上でもそれ以下でもない
まあ 振られたってことかな?
 
 
やっぱり お前
ナレさんのこと好きなんだな
 
 
違う違う
綺麗な人だし 
つい ふらふらっと気持ちが
動いたことがあったのは
認めるけどさ
今は自分の気持ちに
ケリつけてるから・・・
もう惚れたとか
そういう気持ちは
持ち合わせてないよ
 
 
本当か?
 
 
ああ 親友に誓って
 
 
わかった
よかった・・・
何だか安堵した
お前が相手だと勝ち目はない
って思ってたから
 
 
何でだよ
お前 いい奴だぞ
 
 
いい奴って 
好きな女に思われたくないよな
それ以上の気持ちに
発展しないだろ
 
 
あっ そうか・・・
まあ 頑張れ
 
 
医仙様には言うなよ
それからチェ侍医にも
 
 
ああ うん
 
 
イサは典医寺で養父が
言い淀んだのはこのことかと
密かに思った
さすがに養父は聡い男だ
そばにいる自分よりも
アン・ユのことをよく見ていると
アン・ユは思いの丈を話
スッキリしたのか
 
 
さ イサ 食べよう
どれも うまそうだな
 
 
箸を持って大皿に果敢に
挑戦を始めた
 
 
イサと別れて先に家路に着いた
チェ侍医は
イサの夜食に市場の菓子屋で
薬菓を買い求めた
 
夕暮れ時
通りを行き交う人の波は
途絶えることがなかったが
市場を過ぎると
一気に人影が減って
少し前を歩く女人の後ろ姿が
見えるだけで
何気なくその女人に目がいった
ところが
脇道から出て来た二名の男が
女人を袋に入れ
抱えて逃げようとしているのが
見えた
 
 
人さらいか
何ということを
 
 
チェ侍医は急ぎ駆け寄ると
男たちの前に立ちはだかる
チェヨンほどは強くはないが
武官としてもやっていけるほどの
腕前の持ち主
扇子を手に取ると 翻り
男たちを叩きのめしていた
 
 
ちっ 邪魔が入ったか
 
 
袋を捨てて二人は逃げ去った
 
 
大丈夫か?
怪我はないか?
 
 
チェ侍医は袋から女人を
助け出した
袋の周りには熟れたチャメが
転がっている
 
 
はい お助けいただいて
 
 
袋から出て来た女人は
助けてくれた主を見つめ
声をあげた
 
 
侍医様!
あたし あたし!
チェ家の奉公人のハヌルです
あの あの
ほんとにありがとうございました
 
 
医仙様のところの
女中さんでしたか
無事で何より
このことは上護軍に報告して
おきましょう
平和な高麗の都で
人さらいとは 許せぬことです
 
 
チェ侍医はそう言いながら
散らばったチャメを拾い集め
ハヌルに渡す
ハヌルはチェ侍医の言葉を
ぼうっとした顔で聞いていた・・・
 
 
おんまぁ〜
タン きょうはとばない
ネ〜?
あさまで じゅっと
おんまぁのおとなり よ〜
 
 
イサとチェ侍医に
それぞれ
思いがけない事があった夜
タンは閨でウンスにしがみつき
近寄るチェヨンを蹴飛ばすと
そろそろお眠の時を
迎えようとしていた
 
 
*******
 
 
『今日よりも明日もっと』
惚れ惚れ惚れて
秋の気配を感じる夜も
心の中は熱いまま
 
 
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
 
 
今宵はちょっと長めの話に
なりました m(_ _ )m
またおつきあいくださいませ
安寧にお過ごしくださいね
 
 
俺の出番がなかったような?
ポチッとカムサハムニダ〜
ダウン

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