坤成殿の王妃様のもとへ
ウンスは急いだ
辺りにそよぐ春の風も
心地よい陽射しも
目に入らないくらいに・・・

マタニティブルーだと
典医寺では笑い飛ばしてみせたが
史実を知るウンスとしては
内心 縮み上がる想いだった

途中の庭園にチェヨンがいて
強張るウンスの顔に
すぐに気がついた


どうかしたのか?


こういう時のチェヨンは
なんとも聡い


ううん
王妃様の回診へ行く途中
ちょっと急いでいるだけよ


そうか
ならばよいが
イムジャ ちょっと
こちらへ


供のウダルチと武閣氏を
残すとチェヨンはウンスを
庭園の塀の影へと
手を引いて連れて行く


ヨン 急ぐのよ
用事ならあとにして


ウンスが振りほどこうとした
手をさらに強く握りしめた
ぐいと抱き寄せると
ウンスの両頬に
左右の人差し指を置き
唇を持ち上げた


なによ


ウンスが押しのけようとすると


こういう時こそ
笑うのであろう?
イムジャがいつも
そう言うではないか
何か
気にかかることでもあるのか?
朝からとうにも落ち着かぬ
ようだが・・・


チェヨンに言うことすら
憚られて しらばっくれて
ウンスが答える


なんでもないわよ


チェヨンはウンスを
今度は抱きしめた


イムジャは
心のうちを隠すのが
上手なお方だった
だがそれは以前のイムジャ
今のイムジャには夫である
俺がいる
頼りになると朝は
言うていたであろう?


チェヨンに見つめられると
肩の力が抜けて行く


ごめんね 心配かけて
いずれ話しをするわ
でも怖くて今はできないの


そうか 
それは天界のことなのか?


そう 天界で私が知ってる
先の世のことに関係があるの


チェヨンは黙った
ウンスは唇を噛み締める


ご様子がおかしいって
サラが言うのよ
だから取り越し苦労なのは
分かっているけど
心配で・・・
無事に出産されるまでは
不安なのよ


チェヨンはウンスに
優しく言った


先の世は先の世
今の高麗のことではない
イムジャの知っている先の世に
なるとは限らぬのだから
そうであろう?


うん


だがな 俺にも
一つだけ分かることがあるぞ


なに?


ウンスは首を傾げて
チェヨンを見上げる


どんな時代に生きたとしても
俺はイムジャに懸想する


うふふ 
ヨンったら そんな
真面目な顔して


ウンスは声をあげて笑った
何事かと 
武閣氏がこちらを見る


戯れ言ではないぞ
時を超えても
何があっても
変わらぬ想いがあると
教えてくれたのは
イムジャゆえ


時を超えても変わらぬ想いか
王妃様の想いもきっと
天に伝わるわよね


ああ 無論だ


ありがとう
おかげで落ち着いたわ
あのまま青い顔で
王妃様に会っていたら
王妃様をかえって不安がらせる
ところだったもの・・・


ああ 落ち着いて
ことに当れ
そういえばテマンを使いに
やったが・・・


あら 会ってないわ
きっと入れ違いね


そうか
これから康安殿に伺い
王様と遠出をすることに
相成った
ゆえに
今日は迎えに行けぬが
大丈夫か?


そっか
じゃあ 先に邸に帰って
待ってるね


ああ 


じゃあ 行くわ


ああ


ウンスはチェヨンの腕から
一旦は離れてまた戻って来た


あ 忘れ物


ウンスの唇がチェヨンの
唇と重なる


おまじないしなくちゃ
やっぱり落ち着かないもの
うふふ


ウンスはにこやかに手を振ると
武閣氏のもとへ戻り
王妃様のもとへと向かった


やれやれ あちらも
こちらも厄介なことが
多いようだな


チェヨンはウンスを見送りながら
ひとりごちたのだった


━─━─━─━─━─


坤成殿の王妃様は
サラの言う通り
顔色が優れなかった


医仙 戻ったのか?
都はいかがであった?


はい 王妃様
久しぶりに屋敷でのんびりして
参りました
王妃様はご機嫌いかがですか?


ああ 妾は変わりない


少しやつれたようにさえ見える
王妃様が小さな声で言った
ウンスはチェ尚宮を見た
チェ尚宮は何か言いたそうに
ウンスを見ている

サラと交代で脈を診た
お腹も随分と大きくなって
産み月が近づいている
確かに少し浮腫みがあるが
大きな病状があるようには
見えなかった

それからウンスは
胎児の心音を聴診器でとらえ
異常がないことを確認した


良く眠れていますか?


どうであろうな?
寝返りも出来ぬゆえ
うつらうつらと
いったところであろうか?


そうですか
良く眠れるように
トギに頼んで気が安まる
お香を調合して貰いますね
あとで届けさせますから
それから私も経験がありますが
妊娠中は少しのことでも
気鬱になり易いのです
何か心配事をお抱えなのでは?


いや 取り立てて


そう言った王妃様の
顔が曇った


主治医に隠し事はなしですよ


ウンスが明るく問う


躊躇するように
何度も口を開きかけては
また閉じる
王妃様が話し出すのをウンスは
じっと待った


実は・・・
王様には他に
想い人がいらっしゃるのでは
ないであろうか?と


はああ?そんな馬鹿な
妻の妊娠中に浮気ってこと?


これ!医仙!


チェ尚宮が諌めるように
声を荒げた


寝所で妾はずっと
拒み続けているのじゃ
王様とて男
綺麗な女人に心を惑わされても
不思議ではなかろう?


王様がそんな方には
思えませんが
妊婦の王妃様にそんな想いを
させてる時点でアウトよ!


あ?あおうと?


王妃様が聞き返した


アウト アウト
あり得ないってことよ!
ちゃんと話しをしなくちゃ
王様と王妃様は
相手の立場を思うあまり
お互いに
遠慮してばかりじゃないですか


ウンスが息巻いて行った
チェ尚宮が頭を抱える


ウンスや
穏やかにな
王妃様は身重なのだぞ
そなたが頭に血を上らせて
どうするのだ


とにかく
私が確かめます
もしも本当に
そんな女がいたなら
きっぱり別れてもらわなくちゃ


医仙 そうはいくまい
王様がお手を付けられた
女人なのだぞ
それ相応の処遇にせねば


手を付けたかどうかも
まだ分からないでしょう?
叔母様 慣例とか伝統とか
天界の私には分からないけど
ヨンがいってたわ
変わらない想いは
時をも超えるって
王様の王妃様に対する想いは
その程度だったの?ってことよ
だからそれを確かめなくちゃ
王妃様の気鬱を取り除くことが
主治医の私の役目です


ウンスがきっぱり言って
チェ尚宮はふっと笑った


時をも超える想いか
あいつらしいわ


医仙 穏便にな
妾はことを荒立てるのを
望まぬぞ


ええ わかっています


ウンスはにっこり笑って
言うと
坤成殿を後にした


春の嵐が
来るのであろうか?


*******


『今日よりも明日もっと』
多くは望まない
ただあなたにそばにいて欲しい



にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村