道すがら
ウンスを邸に送り届け
兵舎に戻ったチェヨンが
再び邸に帰ってきたのは
王宮に越してからは
なかった
夜も更けてからであった

チェヨンがいない閨で
一人で先に
眠る気にもならず
なんとなくだらだらと
奥の間で過ごして
ヘジャと話をする


夕餉にも戻らないなんて
忙しいのね
兵舎は目と鼻の先
ご飯くらい家で食べたら
いいのに


ウンスが言うと


旦那様は
どのお役人や兵士よりも
奥様とご一緒に
お過ごしになられていますよ
今宵はきっとお仕事が
溜まっているのでしょう
ウネ様達のことで
お役目そっちのけでしたから


そうだったわね


ウンスは
納得したように頷いた
それから
思いついたように


そうだ   ヘジャ
筆と紙を持って来て


筆と紙ですか?


日頃   筆で漢字を書くのは
苦手と言うウンスが
何を思ったのかと
ヘジャは首をひねる


うん
筆と紙よ
それからお茶も飲みたい


ばたばたと用意に向かった
ヘジャの後ろ姿を見送りながら
もし天界の実家に
里帰り出産したら
こんな風だろうかと想像した

オンニのこともあって
両親の前では
ずっといい子だったから
我儘を言った記憶は
あまりない
けれど   出産の時なら
こんな風に
あれが欲しい
これが食べたいと
我儘を言ったかも知れない

ヘジャもいい迷惑かしら?
オンマと重ねてしまうなんて
ウンスはくすっと笑った


ヘジャは万事整え
すぐに戻って来た
お茶の入った椀から
モグァチャ(花梨茶)の
優しい香りがする


ちょうどいい具合に
花梨が浸かったようで
疲労回復にもよいと
奥様から伺ってましたから


ヘジャが言った


何日か前に
花梨を王妃様から頂いたが
あまり花梨に
馴染みがないのか
その渋みに
顔をしかめたヘジャに
砂糖漬けにするよう
ウンスが頼んだのだ

砂糖は貴重品だが
王宮では比較的楽に
手に入れることが出来た

咳をするとオンマが
作ってくれたモグァチャに
子供の頃の思い出が
一気に蘇った


ゆっくりすすると
甘く懐かしい味がした
ヘジャも自分の湯飲みに
入れてきたようで
ほうとした顔をしながら
飲んでいる
すっかり飲み終わった
ウンスは


はあ
美味しかったあ~


と言いながら
紙を広げ墨をすると
筆に墨を付けた


何を書くのですか?


うふふ
今にわかるわよ


ウンスは楽しそうに
筆を走らせはじめた
真剣に何かを書いている


あれ?あらら?


あのぅ   これは
一体なんのもののけ封じ
でしょう?


へ?もののけ封じ?


はい
おどろおどろしい顔が


失礼ね   ヘジャったら


ウンスは軽くヘジャを
睨んでから笑い出した
確かにもののけ封じみたいだ


なかなか上手に
書けないものね


ウンスがぶつぶつ言って
いると
廊下からチェヨンの足音が
聞こえてきた


イムジャ
いま帰った


少し疲れた様子の
チェヨンにウンスが言った


お帰りなさい   ヨン


笑顔のウンスを見ると
疲れが飛んだ
チェヨンはそんな顔をして
見せた

ヘジャは気を利かせ
一礼すると
そっと奥の間を去る


何をしておる?


ちょっとお絵描きをね
ヘジャったら
もののけ封じのお札だって
言うのよ
せっかくみぃを書いてたのに


は?
これが?みぃか?


墨でくるくる書かれた
丸になんとなく
目鼻がついていた


だって  筆づかいが
下手なんだもの


しかし  いくらなんでも
これではみぃが
かわいそうであろう
確かにヘジャの言う通りだ


チェヨンが笑って言った
それからウンスから
筆を受け取ると


イムジャはみぃの顔を
どんな風だと思ったのだ?


と  聞いた


書いてくれるの?


うれしそうにチェヨンを見た


えっとね
顔は赤ちゃんなんだから
きっとふんわり丸顔よね
それから目はあなたに似て
キリッと二重で
鼻筋はあなたみたく
すっとしてて
そうね   口はあなたみたく


イムジャ   
すべて俺に似てるのか?


そうよ
あなたにそっくりな
赤ちゃんよ


男の子と言うことか?


違うわよ
男でも女でも
あなたに似たら
かわいいもの


俺はイムジャに似た
かわいい赤子がいいがな


そお?うふふ
じゃあね
輪郭は私かな


チェヨンがすらすら
筆を運ぶ
丸い輪郭に
ぷっくりした頬
くるんとした丸い目に
ちょんとついた鼻と
可愛らしい口元


ああ
みぃだわ
そうよ   こんな子よ  きっと
やっぱりヨンは上手ね


イムジャのが
酷すぎるのだ


チェヨンは
愉快そうに笑った
そして書いた紙を
破り捨てそうな勢いの
ウンスから
その絵を受け取ると


確かにもののけ封じだ
これは魔除けに
俺が頂く


ひっどーい
でもきっとご利益あるわよ


ウンスが笑う
チェヨンはその紙を
大切にたたんで懐に収め
それからウンスの
頬についた墨を
丁寧に手ぬぐいで拭うと
その頬に優しく口づけた


楽しみだな
みぃに会うのが


うん  でも
時々ちょっと不安になる
そんな時は
あなたがついているから
絶対大丈夫って自分に
呪文をかけるのよ


そうか


チェヨンは隣に座る
ウンスを引き寄せ
じっと抱きしめた
チェヨンの腕の中で
安心したのか
ウンスはくたっとして
小さくあくびをしている


なんだ    眠くなったのか?
もう閨に行くか?


うん   


こくりと頷き
チェヨンに手を引かれ
歩く閨までのわずかな時間

伝わるチェヨンの手の
温もりが昼間の灸のように
心地よく感じるウンスであった


*******


『今日よりも明日もっと』
ふたりで描く未来予想
温かく
心地よい空気に包まれる