それは無力者の愚かな行為 | Lord of Vermilion

Lord of Vermilion

6人のロードの物語

ある者は私の紅い眼を畏怖し
ある者は私の紅い眼を崇めた


私は様々な人々の思念を、今度はごてごてに飾られた祭壇の上から見下ろし、
幾度目かのその時がくるのをただ待った。


そして訪れたその時に、無力な人々はただ逃げ惑い
力なく、猛獣達の腹を満たす役割を担いながら力尽きてゆく。


甲高い悲鳴や野太い罵声が、私の耳から遠く聞こえる。


以前は、檻の中から同じ景色を見た。
その前も、檻のような場所だったような気がする。
その前のことは…もう、忘れてしまった。



ズルリとかけられていたひざ掛けがズレ落ちて、
私はその足元に跪き、すがるような男の姿を目にうつす。






「きゅ、救世主たるロードよ…!何故、何故我等を救ってはくれないのです!このままでは私達人は…っひぃ…!!」


言葉の全てを私にぶつけるまでもなく、その男は背後から迫ってきた獣に食われてしまった。




貴方は、最後まで私を崇めるのか。



「あいつを生贄にするんだ!全ての元凶はあいつにあるんだ!!!」



貴方は、最期には私を貶めるのか。
貴方は、最期まで私を脅威とするのか。



伸ばされた、多くの恐怖に塗り固められた手が
私の体のあちこちを掴んで、私は高い祭壇から引きずり降ろされ
猛獣の前に無防備に晒される。

眼の前で、腹を空かせた猛獣が低くうなるような声がする。



「ムダなのに」


私の声は、誰にも届かない。



じりじりと近付いてきた猛獣が勢い良く私に飛びかかってくる気配がして
私はただ顔をあげてその猛獣をジッと睨み付けた。

それだけで低級の猛獣はおびえ、私を避け、その後ろに居る人々へと標的を逸らした。



意思疎通すらままならない低級の猛獣は、ロードである私を避け、
意思疎通の出来る猛獣は、ロードを倒すと今の世界の均衡が崩れることを知っていた。



私は、私が無力であることを知っていた。



幾度となく訪れるこの景色を、私だけが生き残って見る度に
私はただ無力なのだと思い知らされる。



この紅い眼で、私は家族が死んだ姿を見たのだ。



救いたい命などもうない。
私に救える命などどこにもない。




やがて静まり返った町の中に私はまた一人で佇んでいた。
パチパチと戦火の残り火が燃える中を颯爽と、一人の男…いや人ならざる何かがやってきた。

私はぼんやりとした視線をあげて、次は誰が私をどう扱うのだろうかと
特に回りもしない頭の片隅で考える。



「ロード。この世界の命運を握りしロードよ。ようやく見つけた」

「私に何も期待しないで下さい。私は無力。それでも連れて行きたいのならどこへでも連れて行ってくれて構いません」

「連れて行くなんてとんでもない。君は君の意思で私と来るのだ。力の使い方を、知りたくはないか」



その言葉に、私の虚ろに霧がかかった景色がスッと晴れていくような気がして、
その黒に包まれているかのような男に伸ばされた手がはっきりと見えた。



「我が名はドゥクス。先導者と呼ばれるものだ」



朝焼けすらもまだ遠い暗闇の中で、吸い込まれるように、
私はその手冷たく大きな手をとった。




それは無力者の愚かな行為