「セクハラ」や「パワハラ」は、言われた人が「どう受け止めるか」で決まる。

 

つまり簡単にいうと、言われた側が「それは、セクハラです!」と感じれば、その行為や言葉は、セクハラになるわけだ。

 

下記の記事の内容や、読者のコメントを一通り読んでみた。

 

 

参考記事

 

カズレーザーさん、梅沢富美男さんにピシャリと一言 ハラスメント発言は「言う必要ないですから」

 

 

 

軽々しく 容姿やプライベートに関して無神経に発言したり質問してきたりする人がいて、気分を害する人がいるもの事実。

 

コメントにもあるように、女性である私でも、何かと「めんどくさい世の中になったな」と感じることもある。

 

 

たとえば、文中の梅沢さんの「お前、ずいぶん綺麗になったな」という発言。

 

これを「セクハラ」と受け取るか受け取らないか、不快に感じるのか、嬉しく思うのか...言われた本人しか判断できない。

 

 

もし私だったらどうだろう?

正直、不快どころか、嬉しく思ってしまう私は変なのだろうか...

 

 

敢えて言うなら、「綺麗になったな」は嬉しいけれど「お前」と言われるのは不快...かな(笑)

 

 

どう受け取るかは、言われた側の「性格」や「年代」、「経験」などによって大きく違ってくると感じている。

 

 

そして何よりも、言われた側が、「お前、ずいぶん綺麗になったな」と言った人に対して ”どのような印象を持っているか” という部分でも大きく違ってくる。

 

 

同じ言葉でも、嫌いな人から言われるのと、好意を持っている人から言われるのでは、受ける印象が180度変わってくるのは否定できない。

 

 

男性からしたら、女性に対して「うかつに軽く声もかけられない」と感じてしまうのもうなずける。

 

 

ウィットに富んだ粋なコミュニケーションには、時にはセクハラ ギリギリの会話が必要なんじゃないかと感じている私にとっては「つまらない世の中だな」とつくづく思う。

 

 

特に近年は、リアルなコミュニケーションを苦手とする人たちが増えている。

 

職場でも、家庭でも、友人関係でも、人と根気強く向き合おうとする人が減ってきていると感じる。

 

下手すると、なんの悪気もないコミュニケーション熱心な人が「セクハラ」だと言われてしまいかねない世の中だ。

 

そんな世の中なのだから、相手のことを深く知ろうとすることを恐れてしまう人もいるだろうし、信頼関係も築きにくい。

 

そう考えると、よく知らない人や信頼関係が築かれていない人からは、何を言われても不快に感じてしまうのは仕方のないことだ。

 

 

誰から見ても「セクハラ」「パワハラ」や「悪意ある行為」は絶対的に排除していく必要があると思っている。

 

 

しかし、「綺麗だね」「痩せたね」という言葉や、程度にもよるが肩をポンと叩かれたり、人から見たら一見 判断しにくい表現に関しては、「相手の意図」を考える余地を設けてもいいようにも感じる。

 

 

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