聖なる怒り 聖なる悲しみ

いつくらいからかな?

1ヶ月くらい経つかしら?

 

「聖なる怒り」

というワードが気になりました。

 

 

「聖なる怒り」

ってどういうことだろう?

 

 

 

怒りに対して

私は、あんまり良いイメージ持ってなくて

 

それはやっぱり

怒られてイヤな気分や悲しい気持ちになったことが過去にあったから

なんだと想うし

 

怒鳴り声とか

今もキライ。

 

 

 

だから「怒り」は

いけないもの

悪いもの

ってどこかで想って

 

イラッ!

ときたり

ムッ!

としても

 

封印してたよね。

 

 

 

 

でも実は

「聖なる怒り」

は自分を守る大切なものなのかもしれないと

ちょっと想ってて

 

 

例えば

ひどい事言われたり

されたら

 

ちゃんとイヤだと言うこと、

 

バカにされたり

見下されたり

卑下されたときには

 

ちゃんと怒る事。

 

 

それが「聖なる怒り」

なのかなーと。

 

 

 

で、

つい最近出て来たワードが「聖なる悲しみ」

 

 

 

ツライとき

悲しいとき

 

ちゃんと泣こうよ、ってこと。

 

傷つけられたら

ちゃんと怒って

ちゃんと悲しもうってこと。

 

 

 

 

あ、

怒りって「」のイメージ。

悲しいって「」のイメージだね。

 

ココでも「火」「水」だ。

 

 

 

 

怒りって

その奥底には悲しみがある気がするんだよね。

 

「理解されない」

「分かってもらえない」

 

孤独感や疎外感。

他にも

絶望感など。

 

 

 

「怒り」って

「悲しみ」をその中に隠しているって想う。

 

 

「火」の中に「水」がある。

 

 

 

 

 

「怒り」と「悲しみ」

「火」と「水」

 

その二つを統合させたとき

 

いったい何が生まれるんだろう?

 

 

 

 

新しい時代に移り変わって行く今

 

なかった事にしないでちゃんと感じて

消化(昇華)させたいと想う。

 

 

 

今、それらをちゃんと感じるタイミングなのかなと

そんな気がしています。

 

 

 

kurara