刺激と反応

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さて。


わたし、1時期
「刺激にいちいち反応するのやめよう」
と思っていた事があります。



刺激にたいして
いちいち反応してしまって

振り回されていて
疲れちゃったんですね。


なので

「いちいち反応しないことにしよう」
と決めて

心が動いても
無視!
してました。





最近、
「心の声に従う」
「ふと思った事をやってみる」
を実践中の私は


はっきりいって
いちいち反応している訳です。


でね、

昨日、夕飯のお買い物にいったとき
さざえのお刺身が目にとまり、

「食べたい」

って思ったんですね。


でも
そのあと、思考が止めにはいります。

「いやいや、生のさざえって、かたくておいしくなかったよ?」
「つぼ焼きのほうがいいって」
「ちょっと高いしやめときなよ」
「これよりあっちのほうがいいよ」



しばし、葛藤。ショック!シラーむっ




でも。

ここは実験中のワタシです。


買いました。






いざ、食してみると。



「。。。」



やっぱかたいわ。
そんなにおいしくないわ。

さざえは、やっぱりつぼやきよーーー。


などと思いながらも食べていたら

だんだんおいしく思え
ほとんど一人で食べてしまいました。




頭では、
「買わなきゃ良かった」と思っていますが

心はなぜか満足していて

だから
結果、
「ま、いっか(^^)」
と思っている自分がいて


買わなきゃ良かったと言いつつも
そんなに後悔していません。(笑




その流れで
「数年前は刺激に反応しないようにしてたなー」
と当時を思い出し

「やっぱり刺激に反応するのほどほどにしようかな」
とか
そんなことを思っていたんですが、



考えてみたら、

「なんにでも反応する訳じゃないよね?」

って
そんな当たり前のことを思って



特定の「なにか」に反応するってことは

そこには「なにか」があるからかもしれないって思いました。


自分がつい反応してしまうその「刺激」
つい気になるその「なにか」


「なぜそれが気になるのだろう?」

「なぜそれに反応してしまうのだろう?」


ちょっと引いて
思いを巡らすと


「!」

と思う事があるかもしれません。



ということで

これからも
内なるわたし
ふと思った事に

振り回されてみることにします。





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愛されるより、愛そう

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さて。



「愛されるより、愛そう」


この意味、ずっと勘違いしてました。


ずっと
「他人から愛されることより、他人を愛そう」
って解釈してたんですね。



でも、解釈間違ってたかも、って想いました。


他人じゃなくて

自分のことを
「他人から愛されるより、自分が愛そう」

ってことなのかも、って思ったんです。


誰かに愛してもらうんじゃなくて

自分が自分を愛する



それこそが
ワタシ自身が望んでいることなのでは?

って想いました。




今まで

「誰かの為に」

自分より、誰かを優先して生きてきましたし

それが結果的に自分のためになると思っていましたが



逆かも、って。


誰かを優先することは
自分より他人の意見を優先することだし
自分より他人の食べたいものを創る事だし
自分より誰かのために時間を使う事だし

一言で入えば

他人に振り回されて人生を生きるってことです。



でもね。


去年くらいから

「自分はどうしたい?」
「本当はどう思ってる?」
を意識するようになって

自分の内側へ引きこもるようになって
思ったのは



おなじ振り回されるなら
「誰か」より
「内なるわたし」に振り回されたい


って。


内なる自分の存在を実感している人は

この「内なる自分」のわがままっぷりを実感しておられると想います。


時間構わず
食べたいというし
寝たいと言うし

お財布事情構わず
欲しいと言うし
行きたいというし


思考からみると

「えーーーー!!今から???」
とか
「いやいやいや、だめでしょ」
とか

そんなことばっかりです。


でも、それを叶えてあげることが

私のやる事なのかもしれない、って
そんなことを想いました。


とは言っても


長年他人軸で生きてきましたから

なかなか
すんなりとは生きませんけどね。


どうしても
躊躇してしまいます。



でも
自分を責めないをモットーとしているので

そんな自分でもいいのだ!(^^)

って思う事にします。






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くららです



今日からゴールデンウィークです☆


ホントは
衣替えしようー

と思っていたのですが


ほとんどを寝て過ごしてしまいました(笑



明日は
私にしてはめずらしく
美容院を予約してあるので
(基本、当日予約の人〕

午後から行くのですが


財布を観たら

1万しかない!


あしたヘナカラーをしてもらうので
15000円位はかかる予定なのですよ。



たりん!



ウケる!



笑!



財布にお金がないことで
笑えたの、いつ以来だろう?




1年くらい前のワタシだったら
絶対笑えない状況です。


おうちに食費もまだ入れてないし。。


つまり、
今月使いすぎ??


今月に限らず
以前ほどお金に執着しなくなってるので

つい、使ってしまうから
お金自体は不足気味、です。


でも
「ま、いいか」
「気持ちが満たされるから良いの♪」
って思っちゃってね。


なんかね~。
お金を使う事が楽しくて仕方が無いのですよ(^^)


さっきも
ネットショップで
ブラウスとファンデーション買っちゃったし。




んーーーー。

ちょっとよろしくない状況?

来月、車検だしな~。





最近、「お金を回す」ことについて
考えてて


「お金」って溜めるもんじゃなくて
回してはじめて活きる(生きる)ものなんだよね

とか

そんなことを思うから


「給料、全部つかってしまえ!(ちょっとは貯金するけど)」
とか
今までの私なら
「それはないでしょ」と思う事を思ってみたり。




今までの私は

「できるだけ使わず
とにかく溜める」

ことを考えてたから


買い物するときは
まず値段を観るし

無駄使いすると
後悔しきりで。






あ、
そういえば子どもにお金貸してたわ。


と思い出したので

とりあえず5000円返してもらいましたw。



来月は
地味~~に暮らそう。
(ちょっと自粛)






読んでくれてありがとう(^^)










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もしかしてだけど~
もしかしてだけど~

これからはつじつまが合わなくなっちゃうかもしれないんだよぉ~♪





例えば
わたしはいままで
お金がたくさん余る事はないけれども
なんとかそれなりに暮らしてきました。

その理由を
「節約してきたから」
「無駄使いをしないできたから」
「欲しいものを我慢してきたから」

「使いたいことがあっても
使わずにがまんしてきたから」

生活してこられた


って思ってますが



もしかしたら。

もしかしたらですよ。


それ、
イコールじゃなかったかも知れないって思ったんです。


節約しなくても
無駄使いしても
欲しいものを我慢せずに買ったとしても

生活できてたかも知れない、って思ったんですね。



いままで自分は
そうだからこうって思って来たけど


そのつじつま合わせ

「必要なかったかもしれないよ」

てか

「つじつま合わせてただけかもよ」

っという可能性なかったですかね?ってことです。





「こう」だから「コウ」


本当に「こう」と「コウ」はイコールでむすべるんでしょうか?


絶対にそう?

どこの国でも?

どの時代でも?


本当に??


例外はないですか?


もしあったとしても

「却下」

してませんか?


「あの人は特別だから」


(考えてみれば)明確な理由もないのに

なかったことにしてません?



私達は
無意識に

「なにか」と「ナニカ」をイコールで結んでいます。


物心ついたときには
しっかり刷り込まれています。


だから
疑いもしないし
心から「そうだ」って思い込んでいます。




でも。



もし、そうじゃないとしたら?



そのつじつま合わせ、

実は違ってたとしたら?




というより


好きにつじつまを合わせても良いとしたら?








うふふっ♪


なんだか楽しくなって来た☆




今日も読んでくれてrありがとう~☆







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ありがとうは魔法の言葉

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さて。


さっき、お風呂に入っていて

ふと

「おくりびと」の一説を思い出していました。



**


原作に

主人公が苦手な叔父さんのお見舞いに行く場面があります。


詳しい内容は覚えてませんが

主人公はとにかくその叔父さんが
苦手で、キライで

できれば一生会いたくない人、だったんですね。


でも、
もう長くない、とのことで
最後のお見舞いに行きます。


病院へ向かう途中も

ずっと叔父さんのことを思い出しては苦々しく思って
悪意と敵意を持って病室へ入ります。


「絶対、文句や嫌みを言われる」

と、思っていた主人公に

叔父さんが言った言葉は



「いままで、ありがとうな」



だったんです。





その言葉を聞いたとたん、


主人公は

いままで抱いていた
悪意も敵意も解け、

逆に
今まで嫌ってきたことを
避けて来た事を後悔し、


申し訳ない気持ちや
謝りたい気持ちや

そういう気持ちがあふれて
涙が出てきた


というような内容でした。
(わたしの記憶によれば)



**


その場面を思い出した時


「ありがとうって魔法の言葉だなぁ」

って思ったんです。



誰かとの間に見えない壁や溝があるなって
感じる事あると思います。


でも
その壁や溝は


「ありがとう」


無くしてくれるんだなって。





そして


誰かとの間に壁や溝があるときは

「ありがとう」が言えてないからなのかもしれないなって

そんなことを思いました。







読んでくれてありがとう。



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