10年前の今日は岡山に雪が降り、積もっていました。今日は、あの日とは全く違って春の訪れを... 10年前の今日は岡山に雪が降り、積もっていました。 今日は、あの日とは全く違って春の訪れを思うような暖かい日で、 私が七歳まで育った県北の柵原も暖かったです。 2月24日は実父の命日です。 お墓参りに行きました。 暴力の絶えない実父との暮らしの中、 母は生計を立てるために働き過ぎ、 心労が重なり病んでしまい、 子どもが育てられくなったので、 母が回復するまで、私が七歳になるまで、 育ててくれた叔母は 「ここで育ち、ここから幼稚園に通い、 小学校も入学したのよね。」 懐かしそうに言ってくれました。 父と絶縁状態になってから、 約三十年ぶりに再会するまで、 愛深き情に厚い叔母は 「英子はどうしてるかなぁ」 と何度も言っていたと、 姉妹のように育った従姉が今日も話してくれました。 そして、従姉は、 「今日、お仏壇を磨きながら、あなたのお父さんを思い出していたのよ。」 と言い、 「あなたのお父さんが、毎日、病に倒れるまで一日も休まず、 小学校の校門の前で交通指導員をしていて、 子どもたちのためにと、いつも言っていたのよ。 夜中に家出した女の子を探し回り、 見つけて、その子を支え続け、 その子はお母さんになってもあなたのお父さんを慕っていたから、 危篤の時からずっと傍にいて、最期は手をとって見送ってくれたよね。 それから、生きることが苦しくてと嘆く人々を励ましたり… 岡山市長から感謝状が贈られるほど、 天国への旅立ちの日、たくさんの人に感謝されて見送られたよね。」 と、私と離れてからの父の生きていた頃のことを、また、聞きました。 そのすべてが娘の私が見たことが一度もない父の姿であり、想像できない父の姿であり、事実です。 「娘のあなたを重ねてしていたのよ。 娘にしてやれなかったことをしたいって。」 の言葉は、 今日も、様々な感情が入り混じり、 複雑に心に染み入ります。 ただ、言えるのは、従姉からこの言葉を聞けるのは、 「ありがたい。私は生きてきて、よかった。」 実父と約三十年ぶりに再会したのは、 余命一週間と医師に告げられた時で、 それから、毎夜付き添い、もの言えぬ実父と半年の時を過ごして 旅立つ実父を見送ったのが、 十年前の2月24日。 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=832675813475211&set=a.171445706264895.43000.100001984018808&type=3 「人は人間関係で育つ。人は人間関係で変われる」 を、人生でみせてくれ証明した父でもありました。 命日の今日、 叔母と従姉に、父の墓前に、ご先祖様に、 父とのことも書いた私の本が数ヶ月後に刊行されることを報告しました。 叔母と従姉が喜んでくれ、 「お父さんや、叔父さんも、喜んでいるよ。」 と言ってくれました。 そして、やはり、あの日と同じく、今日も、 「命を与えくれて、私を、この世に生まれさせてくれて、ありがとう。 私はあなたの娘です。」 と感謝と祈りを捧げました。 「愛情の伝え方が下手な生き方をして、 生きにくい生き方で、 愛の大切さを伝えてくれた人だった。」 と呟いた私。 そっと傍で、 私を理解してくれている人達が頷き、 黙って心寄り添ってくれました。 熱いものが込み上げ流れそうになったのは、 眩しかった今日の春の陽射しのせいにしておきましょう。 Eiko Ezakiさん(@eikoezaki)がシェアした投稿 - Mar 9, 2018 at 6:03am PST