戦死した日本兵の遺骨の大半は家族の元には戻っていません。
骨壺の中には生前故人が収めた爪や頭髪などが入ってる場合や、
出土不明の石ころや砂などが収められてるケースも多いようです。
例えば、大阪市のど真ん中にあの大坂の陣の際、真田幸村が
出城を作った真田丸のあたりに真田山旧陸軍墓地があります。
ここには、西南戦争であの西郷どんと戦った
政府軍将兵~大東亜戦までの遺骨が納められています。
慕石は日露戦争までのものが多く、
大東亜戦の引き取り手のない遺骨(骨壺)は納骨堂に収められています。
このように引き取り手のない骨壺を収める
納骨堂は全国各地に点在すると聞きます。
大坂の陣の際、大坂城と繋がる地下道の入口が
あるとされています。
果たして豊臣秀頼はこの抜け道で脱出して
薩摩に逃げ遂せたのでしょうか?
話を戻しましょう。
米兵は日本兵を掃討した後、遺体から様々な遺留品を
戦利品として略奪し、帰国の際に持ち帰りました。
寄せ書きされた日章旗や
軍刀などは非常に喜んだそうです。
餓島ヘンダーソン飛行場
サイパン
硫黄島
沖縄
戦死した日本兵の軍服がはだけてる画像を多く見ますが、
これらは米兵による戦利品の物色と、情報収集によるもの。
読谷北飛行場で戦死した義烈空挺隊員
米兵の日本兵の遺品略奪は所持品に限らず、
遺体を切り刻み、その頭骨や体の一部を
本国へ持ち帰るケースも多発しました。
これら頭骨をはじめ、米国内で各種遺品が今でも
オークションに出品され取引されてるのが現状です。
つい先日も倉庫に眠ってたトランクケース内に頭骨と
OKINAWA・1945などと明記された備品を
家族が発見し、州警察に届けたところ、
検査の結果当時の日本兵のものと判明し
日本政府に返還されたとの報道がありました。
中には帰還兵の家族が自宅で寄せ書きされた
日章旗を見つけあるいは帰還兵自らが家族への
返還を申し出て、相当数がそれらを仲介する
団体の元に集められてるそうですが、
身元確認は難航してるようです。
幸いにして身元が判明しても
遺族が受け取りを拒否する場合もあります。
「縁もゆかりもないような故人のものを
届けられても迷惑や!」だそうです。
一度受け取った後に
どこかの戦争記念館等への
寄贈と言った選択肢はないんやろか!?
またネットオークションに多くの遺品が出品されてる
現状に、一度国が
運営会社に自主規制を求めたけど、
そんなもん止まるはずもないね。
そのままゴミとして捨てられるくらいなら
愛好家が丁寧に保存してくれる方が
良いと言った考えもあるし、
非常に難しい問題ですね。
国のために懸命に戦われ、散って逝った方たちの
遺品ですから、どこかで静かに個人を偲ぶ
ことが出来れば理想なんですけどね。
本日も最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。
いつも御訪問戴きありがとうございます
ブログ村ランキングへの入口を
ここにも設けてみました
よろしければ応援のほどお願いいたします






















