1944年12月15日、
敵はミンドロ島に上がってきました。
ルソン島攻略にとってはミンドロ島は
重要な前線基地となるからです。
敵はルソン及びその周辺の孤立化を図るため、
哨戒機を頻繁に飛ばし、また周辺海域には
レーダーピケット艦と潜水艦を多く配置しています。
前日の14日にはサンタクルーズ沖で
米潜水艦ブレニーが輸送船団を発見。
護衛艦の第28号海防艦を雷撃で沈めています。
15日には駆逐艦桃が、マニラの北西海域で
敵潜ホークビルの雷撃をうけ沈没。
桃
敵は上陸に当たって毎度のことながら空爆と艦砲を
これでもか!というくらい執拗に実施してから上がってきます。
その前にはルソン島への攻撃も頻繁に行ってました。
第104号輸送艦は、サンフェルナンド沖で爆撃をうけ沈没。
第106号輸送艦は、リンガエン湾で艦載機の攻撃をうけ沈没。
第54号海防艦は、ルソン島北方カラヤン島
北端において、艦載機の攻撃をうけ沈没。
と、蟻一匹すら逃さない体制をとってます。
第101号型輸送艦
第2号型海防艦
報告を受けた陸海軍基地航空隊は、即座に反応。
海軍はデゴスの銀河特攻草薙隊銀河2機、
セブの第七金剛隊爆戦6機、第八金剛隊爆戦3機、
マバラカットの第九金剛隊爆戦12機・彗星2機、
ダバオの第十金剛隊爆戦2機、
陸軍はパナイ島イロイロから99双軽1機が
それぞれ出撃して行きました。
この日朝の攻撃で2隻の戦車揚陸艦
LST-472、LST-738を撃沈
LST-472
LST-738
護衛空母マーカス・アイランドに1機至近、
しかし敵の侵攻を止めることはできず、
同島占領後は敵はすみやかに飛行場を整備し、
ルソン島周辺の制空権を確保してゆきます。
そしてルソン島では終戦まで
戦死・戦病死が20万人を超すほどの
凄惨な戦いが繰り広げられていくのでした。