アヌンナキとシュメール文明 | 英子のスピリチュアル日記

英子のスピリチュアル日記

あなたが命を輝かせて生きていく、そのための小さなヒントになれたら嬉しいです。

 

私たちが「神様」と拝んできた存在は、

大半は実は「宇宙人」だったりするんですよね。

 

私達の知らないところで、地球には、

たくさんの種類の宇宙人が住んでいて、

私たちが「人間」って呼んでる存在は、

地球人と宇宙人の混血「ハイブリット」だったりするんです。

 

その辺りのことは、

「アミ 小さな宇宙人」シリーズでまとめていますので、

そちらを参考にし、宇宙人に対する予備知識をつけた状態で

この記事を読み進めて下さい。

 

過去記事「ティアマト彗星」で、

惑星ニビルから地球にやってきたプレアデス人=アヌンナキと、

メソポタミア神話(文明)の話題が出たので補足したいと思います。

 

こちらの情報から抜粋します。

http://www.project-vega.org/2014/03/11.html?m=1

 

紀元前5700

 紀元前5700年から紀元前4200年頃まで、アヌンナキのヴィンチャ文明が起こる。これはシュメール文明(紀元前3500年~)やクレタ島のミノア文明(前3650年~前1100年)の文字体系よりも古い。

 

 

{E94D5DFD-6217-45BC-A8C4-165F4013FBF8}
 
{CABB8C57-C5FD-42C6-A91D-8A5154BC64C3}
 
{2793352E-4DD8-40A1-8665-6A39DCE95792}
 
{72280839-1EDA-451E-ADA8-A1A1772BC4E3}
 

 

 ヴィンチャ文明からの土偶と日本の縄文土偶はポーズやデザインが似ており、どちらもアヌンナキのイナンナを表している。共通点は、胸が出ている、手を広げてT字のポーズ、下半身が太い、脇の下に空洞がある、などとなっている。

 

紀元前5293

 日本では薩摩半島から約50km南の大隅海峡にある海底火山の鬼界カルデラが大爆発を起こし、縄文時代の西日本一帯が壊滅的な状況に陥る。爆発規模は雲仙普賢岳のおよそ100倍と驚異的で、少なくとも紀元前1万年からの日本火山史の中では最大の噴火。上空3万mの成層圏にまで達した大量の火山灰は、遠く東北地方にまで飛散し、南九州一帯は60cm以上の厚さで埋め尽くされた。九州は数百年間人が住める土地ではなくなった。

 

 鬼界カルデラの爆発の後、アヌンナキの血を濃く受け継ぐ富士王朝の皇族が西へ向かい、アジア大陸に渡った。アジアへ向かったグループは2つあり、それぞれ朝鮮半島と南洋を経由して西を目指した。

 そして富士王朝の2つの皇族グループはメソポタミアのシュメールで再び合流し、シュメールにて知識や技術を広めていく。彼らは古神道に通じていたが、本来古神道とは自然と調和して生きる術、自然の力を利用する術であった。大事忍男神(おおごとおしおのかみ)がスメル族のリーダーとして日本からシュメールへ渡る。

 

~シュメールのスサの王と日本のスサノオ~

 スメル族によってメソポタミアに建国されたシュメールの都市国家の中で、最大の都市は「スサ」と呼ばれた。スサの王をスサノオと呼び、シュメール文明の中では政治と軍事を司った。これが縄文の日本からの陸路グループである。一方、海路のグループには祭司王がおり、シュメールの長という意味でスメルミコト (スメラミコト)と呼ばれた。スサに首都をおく原エラム文明は、ラピスラズリと穀物の交易で栄えていた。 

 

 月日が流れ、メソポタミアのシュメールにツラン人が築いた都市及び都市国家ウルに、人々が居住し始める。現在はイラク領にあり、ユーフラテス川の南方に位置する。

 

~シュメールの神官が認識していた1611年周期の文明~

 

 シュメールの最高神官たちは「世界史は東から西に向かって進む」ということを理解していた。これは地図上では、東から西への移動に見えるが、実際の地球においてはこの現象は西回りに回転するスピンなのである。このスピンが単なる偶然の現象ではなく正確な法則である証明は、東から西にスピンするその時間と空間の関係にある。そこにシュメール人が聖なるリズムと呼んだ、規則正しい地球のバイオリズムが潜んでいる。これを認識していたので、日本の皇族もシュメールへやってきた。近年、世界中でもっとも優勢な立場にあった国から、人類の歴史を振り返ってみるとそれが理解できる。

 近年までもっとも優勢な立場にあった国はアメリカである。このアメリカの歴史を遡ると、イギリスからスタートしており、アメリカ繁栄以前はアメリカの東にあるイギリスが優勢な文明であった。たしかに東に戻ることになる。そしてイギリス以前は、その東のヨーロッパが強い勢力だった。そのヨーロッパ文明の前は、さらに東のギリシャ文明に遡る。そのギリシャ文明以前は、さらに東に位置するエジプトやメソポタミアである。歴史の焦点は、たしかに東へと行き着く。

 これは常に一定する速度のスピンであり、正確には、1611年間に、経度にして22.5度ほど、聖なるリズムの焦点は西側にスピンする。この現象の謎を解くには、これがスピンリズムである点を理解する必要がある。宇宙の天体やミクロ宇宙のすべてがスピンであるように、これはある意味で物理現象なのである。

 まさしく人類の歴史は1611年を一単位として、その節目ごとに22.5度ずつ西に文明極点が移動し、その結果新たな最優勢な文明がその位置で開花している。しかもその精度は、0.1度の狂いもない。

 

 これは西洋の歴史だが、反対に東洋では、あたかも素粒子と反素粒子のように、西洋側のスピンを鏡に映したかのような、これとはまったく正反対のもう一つのスピンが実在することをシュメールの最高神官たち知っていた。この法則は東洋の歴史にもあてはまり、具体的にそれは、1611年に22.5度東回りに移動するスピンである。実際にはこれは、東洋でもなければ西洋でもなく、互いに相反する一対(いっつい)のスピンなのである。つまり両者のスピンはすべての生命に男女があるように、互いに相互作用で進展していく相対性の原理に基づく生命のリズムなのである。

 近年、アジアでもっとも優位にあり、最初に近代化に成功した国は日本である。しかし日本がアジアをリードした歴史はごく浅い。日本は1500年もの間、中国から諸文化を学び続けて発展した国である。唐の時代にも中国は、日本にとって進んだ国だっただけではなく、世界最高峰の文明国として世界各地から使者が訪れていた。しかしこの中国も、さらに千数百年遡れば、仏教や建築技術など、日本が中国から学ぼうとした知識のほとんどは、インドやその他の西側諸国から学んだものであることがわかる。

 高度な哲学思想を生み出した古代インド(ガンジス文明)も、さらに遡ること千数百年前には、それより西側のインダス文明を基礎に成立している。さらに、インダス以前の時代は、インダスに多大な影響を与えたと言われるシュメールの時代となる。つまりこの時代には、現在はイラクであるこの地が、地球上でもっとも進んだ文明の地帯であったのである。

 

 

{2A119B48-9B24-482D-B622-ABDF58FC00FD}
 

 

 シュメール文明の後に起こった文明は、あのインダス文明であった。この文明の誕生の地を計測してみると、それはこのエリドゥから東に、正確に22.5度スピンした位置にある。この文明の誕生は、シュメール文明から1611年後を基点としており、地球上を東回りに16/1スピンした位置からスタートした。インダス文明の完成は、約4600年ほど前と推定されており、そのスタート年代はシュメール文明から数えて1611年後にあたる年代だった。

 地球といわれるこの巨大な生命は一種のバイオリズムを持っており、その最活性化のポイントは、1611年間に22.5度、つまり地球上を16/1角度分だけ、円周上を移行するのである。

 

 

続く