Jさんの加害行為は、被害者が、3けた、4けたぐらいはいるであろうといわれひどすぎですが、さらに悪質なのは、

こどもたちをお預かりして守り、育てる立場にありながら初日に会ったときから平気で加害行為とか、10代のこどもたちに喫煙をすすめたり、飲酒、喫煙、深夜労働なども放置とか、裁判中にも、反省してやめるどころか、加害行為を続けておこなっていたりと、おぞましいかぎりでございます。

 

一般的には、メディアも報じてこなかったため、応募したり、入所したばかりの時点では、

このようなおぞましいことがおこなわれていたとは、思いもよらなかったのではないでしょうか。

 

さらに、被害者や家族まで天に追いやるぐらいトラウマを残し、事務所の対応も?なようで驚くばかりで、

加害行為の深刻さがわかり、ひどすぎ、大変に心痛でございます。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

被害者の方々は家族の方々も含め守られ、よりよく癒され

老若男女問わず、このようなひどいことは予防され、安心して笑顔でくらせる社会になりますように。

 

 

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“性被害200回”最も気に入られた男が実名顔出し初告白「ジャニーさんは僕に5万円の領収書を書かせた」

 

「退所した時から、ずっと話したい気持ちはあった。ただ、いくら告発したところで事務所に揉み消されるだろうと黙っていたんです。国連まで動いたことで、今度は違うんじゃないか、少しでも力になれればと思って、名乗り出ることにしました」  そう語るのは、元ジャニーズJr.の大島幸広氏(38)。ジャニー喜多川氏によるS加害の詳細を初めて明かす。

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性加害問題を巡って、ジャニーズ事務所側に対応を求めてきた「当事者の会」。実名・顔出しで自身の被害を打ち明けることを決意し、2週間ほど前に「当事者の会」にメンバー入りした元ジャニーズJr.の大島幸広さん(38)が私たちの取材に応じました。 語られたのは、「入った日に始まった」というS加害。何度も行為が繰り返され、断わると「だんだん仕事も削られていき、なくなっていく」。

 

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ジャニー喜多川氏によるS加害問題で、元ジャニーズJr.の大島幸広氏(38)が「ジャニーズS加害問題当事者の会」に8人目のメンバーとして先日、加入した。取材に対し、ジャニー氏から受けた被害などについて明かした。

 大島氏は中学2年生だった1998年、ジャニーズ事務所の所属となった。渋谷にあるNHKのダンスレッスン場でジャニー氏と初対面。その日に家へ行った。

 

「だいたい週に2、3回、六本木にあるジャニー氏の自宅マンションに行って、そこでS被害を受けました。皆で一緒に寝ている部屋では、(ジャニー氏がやってきて)『あ、あそこでやられている…』『次はあそこ!』と、あちこちでやられているのを見つけました」と明かした。

 

 家に向かう途中でコンビニに寄った際、ジャニー氏は「ユーはタバコ吸うの? 皆吸うよ」と言い、中学生だった大島氏にタバコを買い与えたという。「他のジュニアも皆吸っていて、ジャニー氏がいる家以外では『吸うなよ』と言われていました。S加害問題について話していくと、こういう他の異様な話が出てくることもありますね」。

 

 ジャニーズ事務所とジャニー氏は99年、S加害問題などを報じた文藝春秋社を提訴。東京高裁は記事の真実性を認め、04年の最高裁で確定した。

 

 裁判中のジャニー氏の様子について、大島氏は「ちょうど裁判の時期、電話で『家には来るな。今来ちゃマズいから』と言われ、家とは違うホテルでされました」と振り返った。

 耳を疑うような話も聞いた。「1人でそこに通っていたんですけど、夜中に帰ってきて、せかせかしていたので『ジャニーさんどうしたんですか?』と聞くと、『事件だから! もみ消しに行かないと! 〇〇(所属タレントの名前)が△△(犯罪行為)しちゃったからさ』と。デスクをばっとあさって、すぐに出ていきました」と打ち明けた。

 

 当事者の会に参加したのは、国連のヒアリングを受け、メンバーが会見を行っているニュースを見たことがキッカケだ。「最初は入る気はなかった。言いたい気持ちはあったけど、僕が見たようなことで、またつぶされるだろうと。ジュリーさんの動画を見て『なんだ?』と思って調べ始めて、BBCのニュースで報じられたことや、カウアン・オカモトさんが告発したことを知って」。

 

 ジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子社長は5月に公開した謝罪動画で、S被害について「知らなかった」とした。大島氏は「『知らなかった』なんて絶対にありえない。事務所のスタッフが知らないなんてことはありませんよ」と批判した。

 

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しかし、少年たちの話を聞くと、彼らの置かれた立場はやはり放置できない問題だと分かります。同時に、彼らの素行も相当なもので、10代半ばというのに、たばこ、酒は当然という少年たちでした。取材に行って待ち合わせても、午後7時の約束が夜中の2時になるようなことも普通にありました。これは仕事をさせている大人たちの問題である、つまり組織の問題として取り上げるべきだという考えに達しました。

しかし、真に問われるべきは事務所の責任です。少年を集め、働かせる組織なのに、飲酒、喫煙を放置している。深夜労働はあたりまえ。賃金は極めて安く、深夜電車ギリギリで帰るなど、これだけでも十分児童虐待に当たります。

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ジャニーズのタレントが、一度脚光を浴びたのに、その後転落の一途をたどるのは、他の芸能事務所のように、アイドルをやめても脇役の俳優になるとか、それなりの俳優教育や踊り、歌、作曲、作詞などの訓練をされていないからだと思われました。つまりはジャニー喜多川のセンスで抜擢され、個人の趣味により興味がなくなると捨てられるという構造がジャニーズ事務所の特徴であり、ここには問題が大いにあります。

 

ジャニーズ報道は情報提供者の割腹自殺から…大手メディアが無視した『週刊文春』元編集長の"長文メモ"全文 巨大圧力との24年間の孤独な闘い | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 

「タレントに罪はない」は本当か…24年ジャニーズと闘った『週刊文春』元編集長がファンの女性に言いたいこと メディアの沈黙、脅迫、大企業の広告中止…文春が受けた凄まじい嫌がらせ | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 

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S被害を知った母は自らIを絶った…I書につづられた、ジャニーズ事務所に写真と履歴書を送ったことへの後悔

 
旧ジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害問題で、被害に遭ったジャニーズJr.(ジュニア)の元レッスン生の男性(55)が取材に応じ、母親に性被害を打ち明けた1カ月後、母親がJ殺したことを明かした。I書には、男性の写真と連絡先を事務所に送ったことへの後悔と謝罪が書かれていた。母親への告白を40年以上悔やみ続け、「自分の人生はめちゃくちゃにされた。事務所が、今後も子どもを育成しマネジメント業務を続けることはあってはならない」と怒りを込める。
 
 

◆初めてのレッスンで太ももをさすられ

 

中学1年生の時の男性。被害を受けるまでは、勉強もスポーツもできる活発な少年だった。

 男性は中学2年になった1982年春、母親から「テレビ朝日でジャニーズ事務所の面接があるので行ってみたら」と勧められ、東京・六本木のテレビ朝日のリハーサル室がある建物に向かった。そこには、ジャニー氏や現社長の東山紀之氏らがいた。

 部屋に入って左奥の机に呼ばれ、初対面のジャニー氏から「スポーツは何かやってる?」と聞かれ、「軟式テニス部で、小学校の時に野球をやっていた」と答えた。やりとりは5分程度。「レッスンやっていきな」と言われ、レッスンに加わった。

 レッスン中や休憩中、ジャニー氏は必ず自分の横にきて「ダンスが駄目なら他のこともいろんな方法で考えよう」と話しかけ、太ももをさすってきたりした。そのせいか、他のジュニアのメンバーが自分に話しかけてくることはなかった。

◆数日後には日本テレビで

 その日の夜、家に電話があり「数日後に日本テレビでミュージカルのオーディションがあるから受けるように」と指示された。日本テレビの四番町別館(東京都千代田区)であったオーディションには当時のジュニアのメンバーほとんどが参加。15人が横並びで一列に座らされ1人ずつ即興でダンスを踊らされた。自分はダンス経験が全くなく上手に踊れなかった。

 主催者から「事務所にどのくらい在籍してるの?」と聞かれて「数日」と答えると、後からジャニー氏に「そんなこと言っちゃ駄目。最低でも『3カ月くらい』と言わないと」と怒られた。TBSドラマの児童養護施設の子ども役のオーディションも受けた。

 

◆「合宿所に行こう」

 軟式テニス部も並行していたのでレッスンは2、3週間に1回程度。10回ほどレッスンを受けた82年秋ごろ、ジャニー氏に「合宿所に行こう」と誘われた。

 

男性が中学1年時、学年別のサッカー大会で優勝した時。男性はフォワードで得点の殆どを稼いだ=本人提供

 ジャニー氏の運転するベンツに後にアイドルグループ「光GENJI」のメンバーとなる大沢樹生さんらとともに乗り、西麻布のラーメン店で食事をしてから合宿所に向かった。

 見たこともないような広いリビングで大きなソファがあった。ジャニー氏から「ここがマッチ(近藤真彦さん)の部屋」などと案内され、「自分の姉」と藤島メリー泰子氏(2021年死去)も紹介された。

◆下着に残った血痕、渡された千円札4枚

 その日の夕方、広いリビングで舞台のビデオを見ながらジュースを飲んでスナック菓子を食べていると、川崎麻世さんが入ってきた。川崎さんが通っていた中学と自分の中学が近いと知った。

 その後、気付くと川崎さんが部屋を離れ、踊っていた大沢さんらもいなくなった。

 ジャニー氏はソファに自分をあおむけにすると、両足をマッサージし、ズボンと下着を足首まで脱がしてきた。身体が硬直し、怖さしかなかった。途中激痛を感じ、ジャニー氏が「大丈夫か」と声をかけてやめた。帰宅後にパンツをみると5ミリほど血が付いていた。血が出たため、ジャニー氏が途中でやめたと思った。

 合宿所を出る際、千円札4枚を渡され、ジャニー氏は「また連絡する」と言った。パンツが母親に見つかると心配させると思い、本棚に隠し、数日後にゴミの集積所に捨てた。

 その後も毎週のレッスンやオーディションの参加要請の電話がジャニー氏から来ていたが、一切参加しなかった。

 

◆被害を告白すると、母親は言葉を失った

 勉強は嫌ではなく塾にも通い、進学校に進み大学に行き、将来は新聞記者になりたいという夢もあった。

 

中学2年時の男性。被害を受けるまでは、勉強もスポーツもできる活発で人気のある少年だった。

 被害を受けた後は芸能界に興味がなくなり、受験に気持ちを切り替えた。レッスンには行ったふりをしていたが、ジャニー氏が家に電話をするため、休んだことも母親にはばれたが、とがめられはしなかった。

 ところが83年3月、母親が「ジャニー氏から『私立の定時制高校に通わせて事務所で育てたい』と言われた」と言ってきた。それまで母親に逆らったり、怒ったりしたことはなかったが、初めて被害を告白した。「そんなことをするやつと関わりたくない!気持ち悪くて行けるわけない!」と泣きながら訴えた。母親は言葉を発さず、ただただ悲しそうな顔をしていた。

◆「許してください。悪い母親です」

 母親との会話は減り、約1カ月後の83年4月19日、母親がJ殺した。最初に見つけたのは自分だった。葬儀の後、引き出しから母親が自分に宛てた手紙と修学旅行費用の1万円が入った封筒を見つけた。手紙には、こう書かれていた。

 「お父さんが悪い人にだまされていて苦労していた。●●君につらい思いをさせてしまったのは申し訳なく思ってます。許してください。悪い母親です。生活の少しでも足しになればと、安易な気持ちであなたの気持ちも確認せずに、あなたの写真と連絡先を送ってしまいました」

 当時は、父親が家を出て行き経済的に苦しいこともよく分からず、S被害の怒りを母親にぶつけてしまった。「定時制に行きたくない」とだけ言えばよかった。母親を追い込んだ自責の念に、40年以上たった今も苦しんでいる。

 

◆人との関わり合いが苦手になり

 

「事務所は、これだけの子どもに被害を与えておいて、今でも子どもの育成やマネジメント業務を続けていること自体おかしい」と話す男性=11月4日、東京都内で

 小学校ではスポーツも勉強もできた。先生から児童会長に推薦されるような活発な少年だった。しかし性被害を受け、母の死を経験してからは、男性や同級生と目を見て話せなくなり、体に触られたり声をかけられたりすることにも抵抗感が出るようになった。

 勉強に全く身が入らなくなり、希望の高校は落ち、推薦入学した私立高も1年で退学。通信制高校に進むも、清里や苗場などの行楽地での住み込みバイトをして自活するようになった。

 人との関わり合いが強い仕事は精神的に続かず、20代後半でタクシー運転手に。相手の目を見る必要がなく、最小限の会話で済むため、何とか続いた。

   ◇    ◇

◆「夢への憧れと代償のリスク」

 男性は「旧ジャニーズ事務所が、かつての自分と同じように小さい子どもを育ててマネジメントを続けることは許されない」と語る。「井ノ原快彦社長率いるジャニーズアイランドが続いていること自体おかしい」

 事務所がつくった性被害の申告フォームは、被害態様や状況を詳細に書き込ませる。被害の状況を選ぶだけでもキツかった。記者会見では、2週間で478人が被害を申告したと発表されたが「実際の被害者はもっともっと多いはずだ」と話す。

 当時の記憶を弁護士に伝えて陳述書も作成したが、事務所から「ジュニア時代の在籍確認が取れない」と言われ、連絡待ちの状態となっているという。

 「自分のような人は多いと思うが、どういう基準で締め出すつもりなのか。事務所は、補償の算定基準も明確にしていない」と対応の不誠実さを感じるという。

 男性は「夢への憧れと代償のリスク、その事をしっかり後世に記録で残す必要がある。被害者の痛みや悲しみを語ることでこれからの若者を守っていきたい」と訴える。被害の告白は、多才な人材を求める業界の自浄能力にもつながるはずだ。

◆事務所「コメントを差し控える」

 旧ジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)は本紙の取材に、男性について「在籍確認できる資料やご本人の話を踏まえつつ、過去に所属していた役職員にも協力してもらい在籍確認を進めている」とし、「弊社としては、故ジャニー喜多川による性加害にあわれた皆さまに深く謝罪いたします。具体的な被害内容に関しては、加害行為に責任がある弊社が関与することを避けて、被害者救済委員会に認定を委ねており、また、被害者の保護のため、弊社はコメントを差し控えることにしております」と文書で回答した。

 

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旧ジャニーズS加害「当事者の会」の男性がS亡 I族がコメント 「訴えにも事務所からはなんの応答もなく」「S被害のトラウマの再燃とも相まって一層深刻なものになっていました」

 

 

弁護士が発表したコメント

ジャニー喜多川氏によるS加害問題をめぐり、被害を訴えていた男性が10月、S亡していたことがわかりました。男性の遺族が、弁護士を通じてコメントを発表しました。 捜査関係者によると、ジャニー喜多川氏からS被害を受けたと訴える「当事者の会」に所属していた大阪府内の40代の男性は、10月中旬から行方が分からなくなっていました。男性はその後、大阪府箕面市の山の中で発見され、S亡が確認されました。発見された場所でI書のようなものが見つかりました。複数の関係者によると、男性は一部メディアで被害を告発した後、SNS上で誹謗中Sを受け悩んでいたということです。 14日、S亡した男性のI族から委任を受けた弁護士が、「I族の言葉で、経緯とお気持ちをお伝えいたします」として、次のI族のコメントを発表しました。  「彼は、2023年 10月 13日未明、自らIを絶ち逝去いたしました。突然の旅立ちをいまだに信じられず、現実感がなく、私たち家族は呆然とした日々を送っています。  彼は本年 5月、旧ジャニーズ事務所に電話で、在籍時の 1995年(当時 19歳)にジャニー喜多川からS加害を受けたことを訴えました。事務所の応対者は、在籍確認を行い、『担当者が必ず折り返す』旨を約束しました。しかし、その後 5か月以上、ジャニーズ事務所から連絡は一切ありませんでした。未成年時に受けたS被害の深いトラウマを抱えながらも、『若い人たちによりよい社会を残したい』と、9月に再度の告発もしました。その訴えにも事務所からはなんの応答もなく放置され、彼の焦燥感、悩みは深まっていました。  また、彼は事務所に対して誹謗中傷への対策も求めていましたが、事務所幹部は会見で『誹謗中傷をやめてください』と呼びかけるのみで、具体的な措置を講じていませんでした。彼は、被害者が自ら対策に取り組まねばならない状況について、『事務所がやるべきことを、なぜ被害者だけが負担を負わなければならないのか』と語っていました。  彼の心労は、元々抱えてきたS被害のトラウマの再燃とも相まって、一層深刻なものになっていました。そして13日、家族を残したまま、志半ばでJ死するに至りました」 弁護士は「今後、我々は残されたI族の代理人として、旧ジャニーズ事務所及びその賠償責任を引き継いだ SMILEーUP.社に対して、真摯で適切な対処を求めてまいります」としています。

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被害者への誹謗中Sは告発者だけではなく、その家族や親戚にも及んでいるというから深刻だ。この男性もその例に漏れない。

「家族も攻撃され、その影響が切実だったようで男性は切羽詰まった様子でした」(同)

 被害者らは、生まれてきた子供たちの未来を少しでも良いものにしたいという思いから、勇気をふりしぼって顔出し告発をしている。にもかかわらず、被害者本人やその家族を攻撃するのは言語道断だ。

 

 別の関係者は「自分への誹謗中傷は耐えられるが、その矛先が家族に及ぶことに心を痛める被害者は多い。職場に誹謗中Sが届くこともある。『金が入ったら海外旅行をおごってくれよな!』と言われた人もいます。なぜジャニーズ事務所が積極的に誹謗中傷対策に乗り出さないのかが不思議です」とも話している。

 

 この男性に限らず、ジャニー氏のS加害を告発した人の中には、自らIを絶とうと思ったり、行為に及んだものの、未遂で終わった人もいる。過去には実際に自らIを絶ったという一部報道もある。

 今回の一件を受けて、SMILE社はどう動くのか。旧ジャニーズ事務所は今月中に所属タレントの受け皿となるエージェント会社を立ち上げる予定だが、場合によっては、それも修正を余儀なくされそうだ。

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I族の代理人弁護士によると、男性はやはりS被害、及びそれを告発したことに関して深い悩みを抱えていたようだという。 「I書は妻と子どもに宛てられていて、家族の生活を心配することの他に、『S被害の記憶が蘇って、平常心を保てなくなってきている』という内容が書いてありました。そこが(自Sの動機の)中心だろうと推察しています」  葬儀はすでに終わっているが、SMILE-UP.側からは、「先方の弁護士を通してお悔やみのメールがきた」(代理人)だけだという。

■亡くなった後に「個別に補償交渉がしたい」  前述のように、男性はS被害の訴えを旧ジャニーズ事務所に放置され続けたことを気に病んでいた。SMILE-UP.側からは、男性が亡くなった10月13日から一週間程がたったころ、「遺族の方に対して、当事者の会の弁護士を通じて『個別に補償交渉をしたい』という申し出があった」(代理人)という。  前出の男性の知人も、葬儀後のSMILE-UP.側の対応に疑問を抱いている。 「男性が亡くなったことを知った後も、SMILE-UP.側は自Sした事実が明るみに出るのを恐れて、ひた隠しにしてきました。だから、亡くなってから1カ月も表に出なかったのです」  当事者のプライバシー保護もあり、I族以外が事実をどこまで公表するかは難しい面はある。だが、自Sの原因の一端がS被害告発に対する誹謗中Sであるならば、これ以上被害を拡大させないためにも、SMILE-UP.社がある程度の情報開示をして、誹謗中Sを止めさせる対策を徹底する必要はあっただろう。

 

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■「減らないでどんどん増えている」

 

未だに止まらない誹謗中傷 家族に宛てた手紙(一部抜粋)

 

 「本当にごめんね。(子どもの名前)の成長をもっと見ていたかった。当初ジャニーズの問題で今まで忘れてた記憶が蘇り、怒りが出たのと同時に辛さも有り、この社会悪を淘汰するには被害者の声が一人でも多く必要と考え、今まで何もした事の無い自分が初めて社会の役に立ち、(子どもの名前)が少しでも暮らしやすい社会に変えられるんじゃないかとの思いで声をあげました。ただ最近色んな思い出せなかった記憶がどんどん蘇り、平常心を保つのが難しくなってきました」 蘇った性被害のトラウマ。 激しくなる一方の誹謗中傷に、ジャニーズ事務所も有効な対策を打てなかった。 亡くなった男性の妻 「主人が言っていたのが『誹謗中傷に対しての対策がなさすぎる』って。それは私も感じる。減らないでどんどん増えている」 そして男性が亡くなったあとも、誹謗中傷は続いている。

 

 

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以上、ニュース記事より抜粋