色々な方と接していると、
やっぱり誰かに学んで、土台をしっかり作っていないと、
意外な勘違いがあったり、
情報は色々知っていても、
解釈が微妙に違う場合もあったりします。

どうしても自分で学ぶと、
自分の解釈になってしまうというか、
自分の都合のいい情報の取り入れ方に
なってしまっていると感じてしまいます。

知らないところだけわかればいい
というのが普通かなとも思うのですが、
やはり普通の学びと気学は
少し違うものなのだと思います。

職人の技のように、
気質や姿勢が大事というか、
やり方だけわかればよいものではないというか。

気学はいいと思うけれど
気学だけではちょっとね、、
という話を聞いたこともあり、
そんなことないのに、とつくづく感じます。

気学の本質的な部分を知らないままでは
すごくもったいないと思うので、
私もメール講座という形で、
どのあたりが抜けているのか、
勘違いされているのか、
なるべくたくさん
やりとりをさせてもらっています。

気学をまったくの初めてでない方は
自分は抜けている部分はあるかもしれないけれど
ある程度わかっている、という方も多く
これは時々
出来てる、やってる、わかってる、
という六白金星的な完璧さ、頑なさ
みたいな部分もあることがあります。

だから、私は自分ではどうでもいいと思える話でも
毎日何でも話してみてください、
といっています。

これは二黒的に、
相手の方の隠れている部分に
触れる形になります。

六白が天や、完成されたもの、に対して
二黒は大地。

大地が砂の集まりで構成されているように
砂粒1つは取るに足らないものですが
それが寄せ集まればこそ、
広い大地にもなる。

砂粒1つは軽視してしまいそうなものでも
大地という大きなものが
その砂粒の集まりである以上
その本質は決して軽視出来ない存在なわけです。

だから学ぶ場合も、
これは大事だ!
と思って書き留めたり、覚えたりするのも
確かに大事。

でも意外と大事に思っていなかった部分に
自分に必要な本質が隠れている場合もあります。

だから繰り返し学ぶことが必要で、
繰り返し学ぶ中で、
最初に気づかなかったことに気づけたりもします。

六白中宮の盤面では、二黒は北に廻座しています。

北には裏の意味があります。

自分では砂粒にしか思えないものの裏に
万初につながる
大事なものが隠れている場合もあります。

六白中宮の盤面で南に廻座するのは一白水星。

一白水星は水の星。
水は小さな岩の隙間にも染み渡るように
人と密接な存在である
夫婦を表したり、
人間関係を表したりします。

誰かに寄り添うように学ぶことは
六白の完成につながることとも言えます。

気を活用していくと、
いつのまにか、ふと思ったことを書いているうちに
ちょうど明日の六白中宮の日らしい話に
なっていったりもします。

自分でも不思議なことが
気の学びの中では起きてきますが
本当は何一つ不思議なことでもなく
すべて気の流れの通りなだけ。

気の本質を知り、そこに沿って生きると
やること、やりたいことが
自然と気の流れに沿ってきます。