先日、近所の保育園を訪ねる機会がありました。

その時のお話です。

 

4歳くらいの女の子が私の所に近づいてきて、

うさぎクッキー (私の長いお下げ髪を触りながら)「髪の毛長いね~」

ニコ 「伸ばしたんだ~」

うさぎクッキー (私の前髪あたりを指して)「あっ、ここに白い髪の毛がある~!

ニコ 「年を取ってきたからね。。。アセアセ

うさぎクッキー 「アナと雪の女王みたい~音符

ニコ !?。。。ラブ

思いもしなかった返事が、返って来たのですキラキラ

 

予期せぬ言葉に一瞬驚きつつも、すぐに私の周りにはお花畑が現れ、何とも言えぬ優しいホッコリした気持ちになりましたラブラブ

 

 

ヨガ哲学的な考え方とも関わってきますが、普段私たちは、国籍、生まれ育った環境、宗教、これまでの人生経験などなど、多種多様な要素でできた「メガネ」を掛けて生きています。

その「メガネ」は、人それぞれ固有のもの、1つとして同じものはありません。

そして、その「メガネ」を通して、私たちは、日々目の前に訪れる事象を受け留め、解釈しているのではないでしょうか。

 

今回の場合、私の頭の中では、このように考えていました。

“白髪” = “老い”の象徴) ⇒ “恥ずかしい”

 

でも、その女の子からすると、こうだったんです!

髪の長い白髪” = アナと雪の女王みたいで“素敵”

 

まだ人生経験が短いため、女の子の「メガネメガネ」は、まだ限りなく透明に近く、曇っていなかったのですキラキラ

それに反し、私の「メガネサングラス」は、どれだけ曇っていることか。。。

 

私は、周囲の人々が、少しでも白髪が生え始めると髪を染め始めるのに対し、(金銭的余裕がないのも理由の1つかもしれませんが)年相応、ナチュラルが一番!との信念から、周囲の勧めにも頑なに耳を傾けずに、自然のままで通しています。

 とはいいつつも、大好きな人に会う時は、少しブラシで髪を梳かしながら、なるべく白髪が見えないようにしたり、話し相手の視線が白髪に向かうと気まずい気持ちになったりする時も正直あります。

身の回りの人々からすると、白髪は圧倒的にマイナスイメージのことが多い気がします。

もちろん、真っ白の白髪の方々も素敵ですよ。

でも、黒髪の中の部分白髪は、敬遠されているように思います。

 

でも、もしかすると、

白髪” = 人生経験豊富なしるし“素敵”

という国も、どこかにあるかもしれません。

日本では常識なことが、他の国では非常識、あるいは、逆のこともありますものね。

 

私たちは、この「色メガネ」、先入観だったり思い込みだったりで、物事を判断しがちではないかと感じています。

私は、そうならないように、なるべく透明で軽い「メガネ」、素直な柔軟な気持ちで日々過ごしたいと思います。

初めに「無理」と決めつけて物事に取り組むと、可能なことも不可能となってしまうこともありますしね。

それだけ、頭(脳)や心は身体をコントロールしてしまうってことなのかもしれません。

スポーツでも、イメージトレーニングを取り入れたりしますし。

 

ポジティブ・シンキングも日々の生活では、大切とも言われいます。

どうせ同じ時間を生きるなら、暗くイジイジして日々を過ごすより、明るく前向きハッピーに過ごしたいですね音符

だんだん、話が逸れてきた感じがしなくもありませんが、目から鱗のほっこり話でしたお願い

 

うさぎクッキーニコうさぎクッキーニコうさぎクッキーニコうさぎクッキーニコうさぎクッキーニコうさぎクッキー