昨日の午前中に、求人サイトを見ていると、

ちょっと心ひかれる案件がありました。

 

コールセンターなんだけど。

お昼にお弁当(お茶つき)を、毎回支給してくれるとのこと。

 

こういう待遇はめずらしい。

昼食を用意するのはけっこう面倒だから、これは助かる。

 

ここでいいや。

応募しよう。

 

私の心の9割は、その求人に傾いていました。

 

しかしもう一押し、なにか確証が欲しい。

なにか足りない感じがする。

 

なので、イエス様に祈りながら、

お散歩と買い物にでかけました。

 

「もしイエス様が、私をそこに行かせたいのでしたら、

 そうだと確信できるものをお与えください。

 もし違っているなら、違うと教えてください」

 

以前の私だったら、こういうときは、

占いで判断しようとしたでしょう。

 

でも、心がスッキリしない時って、

占い結果をすなおに信用できないんですよね。

 

誰に相談しても、どんな心理ワークなどをやっても、

正体不明のモヤモヤは晴れない。

 

原因がわからないモヤモヤを晴らすには、

神様に導いてもらうしかないのです。

だったら最初から、神様に頼ればいいですね。

 

 

その求人のことを考えながら、

お散歩とお買い物をして。

帰宅後に、お昼のおにぎりを食べて。

 

そして思い出しました。

 

旧約聖書『創世記』の25章。

 

たった1回の食事と引きかえに、

長男の権利を放棄したエサウの失敗。

 

あー……

私がこの個所を思い出してしまったってことは。

 

「お弁当支給」という待遇にひかれている私は、

「目先の食事」にひかれて失敗したエサウと

同じ罠にはまりかけてるってこと?

 

たぶんそうなんだろうなあ。

 

兄エサウと、弟ヤコブの物語は、こういう内容です。

 

 

 ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、

 エサウが疲れきって野原から帰って来た。

 

 エサウはヤコブに言った。

 「お願いだ、その赤いもの(アドム)

 そこの赤いものを食べさせてほしい。

 わたしは疲れきっているんだ。」

 彼が名をエドムとも呼ばれたのはこのためである。

 

 ヤコブは言った。

 「まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください。」

 

 「ああ、もう死にそうだ。

 長子の権利などどうでもよい」

 

 とエサウが答えると、ヤコブは言った。

 「では、今すぐ誓ってください。」

 

 エサウは誓い、

 長子の権利をヤコブに譲ってしまった。

 

 ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えた。

 エサウは飲み食いしたあげく立ち、去って行った。

 こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた。

 

 ――旧約聖書 『創世記』 25章29-34節

 

 

兄エサウは、長男の権利を、

「どうでもよい」と粗末に放棄します。

 

その結果、エサウは、パンとレンズ豆の食事を得ます。

 

腹ペコで死にそうだから、

今すぐ食事をしたいというエサウの願望は満たされました。

 

現代人が旧約聖書を読む際は、

「長子の権利」を、「神の子の権利」とおきかえたら

わかりやすいと思います。

 
兄エサウが粗末に放棄した権利は、
霊的には、「神の子としてあつかっていただける権利」です。
単なる財産相続権とは違います。
 
目先の食事とひきかえに、
「長子の権利などどうでもよい」と放棄したエサウは、
事の重大さにまったく気づきませんでした。

 

晩年になってエサウは後悔しますが、もう遅い。

弟ヤコブに譲った権利は取り戻せない。

 

 

エサウの失敗の原因は、無知と横着ですね。

 

・ 即物的な欲望 ← いますぐ空腹を満たしたい

・ 神様の恵み ← 長子の権利

 

どちらが重要なのかわかっていない。

ものの価値を知らない。

 

「ものの価値を知らない」

という警告は、私自身にもあてはまるのでしょう。

 

私がいまやっていることは、

現代日本では、おかしなことではないと思います。

 

無職のままでは生きていけないから、

生活費を得ないといけない。

私に合った仕事はないかと、求人サイトを見る。

 

そのこと自体は、なにも悪くないはず……だよね。

 

しかし神様が私に言いたいことは、

「何でもいいからさっさと仕事をしなさい」ではなくて。

 

「あなたは、ものの価値がわかっていない」

 

エサウが無知ゆえに、

長子の権利を捨ててしまったように。

 

私も、神様から与えられている大切なものを、

目先のお弁当待遇(笑)や生活収入のために、

捨てようとしているのでしょうか……

 

 

あらためて、エサウとヤコブのやり取りを読み返しました。

 

エサウは食糧難だったわけじゃないんだよね。

帰宅したら、ちょうど弟ヤコブがごはんを作ってたから、

それを欲しいと思っただけ。

 

神様から与えられた権利を手放してまで、

今すぐその食事をする必要はない。

 

自分で食事を作るのが面倒だったのかな。

古代世界には、冷蔵庫も電子レンジもないしねえ。

 

ともかく、エサウが長子の権利について、

もうちょっとでも理解していたならば、

かんたんに放棄することはなかったでしょう。

 

もし弟ヤコブが意地悪で、食事をわけてくれないなら、

自分で作るか、父に仲裁してもらうか、

他にも方法があったはず。


 

私も、食糧難ではありません。

今すぐ何でもいいから収入を得なければ!

という事態にはまだなってない。

 

無職状態が続くのが気持ち悪いから、

はやく何とかしたいと思ってるだけ。

 

「この状態を、はやく何とかしたい」という、

目先の欲求が、私には罠になっているのかな。

 

今の私にあるもの……時間。

 

時間だけはたっぷりある。

できれば時間を換金したいのだけど……

 

この時間をどう使うべきか。

これも毎日、何度となく、イエス様にお尋ねしています。

 

Time is Life

時間は命。

時間は有効に使いたいものです。

 

世間にあふれているメッセージ。

 

「時間があれば、資格所得の勉強をしましょう」

「スキルアップのための何かをしましょう」

↑こんなんばっかりで、ウンザリです。

 

私だって、時間は有意義に使いたいのに。
とくにやりたいことがない。
めまいと吐き気が不定期に襲ってくるから、
そっちの対応で何もできない日も多い。
 
私がエサウのように、
ものの価値をわかっていない」というなら、
何をどう間違えているのか、教えてほしいです。
 

とくに、いま与えられている時間の価値について。

 

「時間を有意義に使おう」

という抽象的な一般論ではなく。

 

神様と私の関係において、

ここ数年の時間はいったい何なのか。

体調を整えること以外に、

どういう意味と価値があるのか。

時間をどう使えばよいのか。

 

神様に与えられているものは、

神様に喜ばれるように使いたいです。

 

 

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昨日のお散歩で、マリンピア神戸へ行きました。

好きな時にお散歩できるのは、無職の特権( *´艸`)

 

 

アウトレットパークはガラガラでした。

 

 

にぎわいが戻るまで、もう数年は様子見が続くかな。
 
すべては神様のご計画。
 
インシャーアッラー。
神様の御心のままに。
 
 

 

※ 記事中の聖句引用元/日本聖書協会『新共同訳聖書』
 
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