昨日に、某キリスト教ラジオで、
礼拝説教番組を聞きました。
使徒パウロの『ローマの信徒への手紙』からの説教でした。
説教の冒頭で、とても悲しくて残念な気持ちになりました。
冒頭で、イギリスの牧師神学者バークレーの言葉を引用していました。
バークレーいわく、
「新約聖書の中で、
ローマ書が最も偉大な書だと、
多くの人が主張している」
だそうです。
その理由は、
「プロテスタントの神学に最も大きな影響を与えたのがローマ書だから。」
ってことは。
プロテスタント神学 > キリストの福音 ……????
これが事実ならば、とんでもない話です。
どうしてイエス・キリストの福音書をさしおいて、
人間パウロの手紙が「新約聖書で最も偉大な書」などといえるのか。
プロテスタント神学に大きな影響を与えたから何なんだ?
プロテスタント神学は、キリストの福音より偉大なのか?
神様ご本人の言葉より偉大な言葉ってありますか?
キリストを「主」とするから、「キリスト教」っていうんじゃないの?
神を信じない人、キリストを神の子と認めていない人が、
ローマ書を「新約聖書で最も偉大な書」と評価するならわかる。
でも、「キリスト教」「キリスト信徒」なのに、
キリストの福音書より人間パウロの書が最も偉大だってのは、
おかしいというか、異端だと思う。
パウロのローマ書 > キリストの福音書
↑これは「キリスト教」じゃなくて「パウロ教」です。
キリストを信じない神学研究者の発想です。
「パウロこそ至高の存在。
ルターの宗教改革のベースになったパウロ書簡を補佐するために、
キリストの言葉を研究する。」
そういう思想でもって神学研究をするのはかまわない。
学問の自由は保障されるべきです。
しかしキリストの十字架を掲げている宗教者の立場で、
キリストよりパウロを上位にもってくるのはやめてほしい。
神学は、キリストの注釈でしょ?
なんで本文(キリストの言葉)より、注釈(神学)の方が偉大なのよ。
バークレーを引用した説教者は、
ローマ書のすばらしさを簡略に説明するために、
「新約聖書で最も偉大な書だと、多くの人が言っている。
と神学者バークレーが言っている」
と軽い気持ちで紹介しただけかもしれません。
しかしそれでも、礼拝説教の冒頭にそれをもってこられると、
この牧師ひいては所属教団は、
キリストの福音よりも、神学を重んずる集団だという印象をうけてしまう。
(もしかしたら放送時間尺の都合で、
説教の冒頭が編集されたのかもしれませんが……)
しかも「多くの人が言っている」って、とてもズルい表現だよね。
「多くの人」って誰よ?
イエスを十字架刑にしろと騒いだ名無しの群衆レギオンと同じじゃないですか。
もし私がこの礼拝に出席していたら、さっさと席を立って退出してます。
全国チェーンの大きなプロテスタント教団ですけどね。
とても残念です。
神の子羊キリストを掲げて、人間神学を売る。
羊頭狗肉。
こういうことをするから、キリスト教はキリカス教ってバカにされるんだわ。
カトリックのマリア崇拝、教皇崇拝。
プロテスタントのパウロ崇拝。
キリスト教会は、
実はイエス・キリストが嫌いなのか?
どうしてまっすぐストレートに、
イエス・キリストに向かわせてくれないの?
なんでキリストを求める人の邪魔をするの?
ほんとにもう、悲しくてしょうがない。
アッラーフアクバル!
神は最も偉大なり!
使徒パウロ自身が言うとるがな。
わたしたちは、
自分自身を宣べ伝えるのではなく、
主であるイエス・キリストを宣べ伝えています。
わたし自身は、
イエスのためにあなたがたに仕える僕なのです。
――新約聖書 『コリントの信徒への手紙 二』 4章5節
↑そんなに使徒パウロが好きなんだったら、
パウロ本人の意志を尊重してあげようよ。
パウロ書簡を研究する神学を第一とするんじゃなくて、
パウロが命がけで宣伝した主イエス・キリストを第一とするのが、
パウロの望みだったんじゃないの?
そのためにパウロは殉教したんじゃないの?
まことの神様を求めてキリスト教会に来る人を、
パウロ教に誘導するのは、ヨコシマな霊、サタンの働きだと思っています。
サタンは、神の敵対者だから。
聖母マリア、使徒パウロ、聖何某、天使ナントカエル……
まことの神以外のものが第一になれば、サタンの勝ちです。
神に対して真っ直ぐ → 「ナオ/直」
神に対して曲がっている → 「マガ/曲、禍」
真っ直ぐな縦糸を横に曲げる → 「ヨコシマ/横縞、邪」
「ローマ書は、新約聖書で最も偉大な書です」
と言ったらしいバークレーという神学者は、ヨコシマだわ。
それを礼拝説教の冒頭で紹介する牧師もちょっと……
キリストに真っ直ぐつながりたい人を、
パウロの方向にねじ曲げようとしているね。
キリスト教会で使徒パウロや神学の話をすること自体はいいですよ。
パウロの言葉にも、たくさんすばらしいものがありますし、
参考になることもあり、励まされることもある。
私の「中二的キリスト者」の発想は、パウロから得たものですし。
https://ameblo.jp/happy-runes/entry-12531075545.html
でも、パウロやその他の使徒たちの言葉、
そこから派生した神学は、
イエス・キリストにいっそう親しく近くなるために援用するものです。
キリストの福音をより深いレベルで吸収するための補助です。
キリストの命の福音を、神学にすりかえるのは、まったく賛同できない。
わたし個人の感想ですけどね。
そういう点で考えれば、
私がお世話になった教会は、福音派というカテゴリーらしいのですが、
たしかにキリストの福音を第一にするという教義面ではブレてなかったです。
教団、教会の運営方法にいろいろ賛同できないことがあるにせよ、
それはどこの教会でもあることだろうから、枝葉の話。
やはり最終的には、
「キリストを主としているか」が教会の要なんでしょうね……
わたしの主イエス・キリストよ。
どうかあなたにだけ、私の心を向けさせてください。
キリスト教神学を私から遠ざけてください。
聖書研究欲から私を守ってください。
信仰レースを棄権させてください。
まことの命のパンであるイエス・キリストを求めさせてください。
イエス・キリストをいっそう深く愛することができますように。
王の王、主の主、イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。
アーメン。
甘いものを食べて、機嫌をなおそう……(´~`)モグモグ
アルハムドリッラー、神に称えあれ。
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