■ 素人は黙っとれ(-_-)

 

前回に、うちのお風呂の水道設備を新調してもらったと書きましたが、

実は交換の際、あまりに設備が古すぎて、

カバーのネジが外れないというトラブルがありました。

 (前回) 命の水源であるキリスト … 正統キリスト教と異端カルトの分水嶺

 

プロの水道屋さん二人がかりで知恵をしぼってくださり、

カバーにドリルで穴をあけ、ネジを切断し、穴をふさぐためのコーキング……

ともかく素人では対処不能な作業をされていました。

 

これは水道屋さんにとっても予想外の事態だったようで、

 

「長年やってるけど、こんなことは初めてや」

「あかん、外れん」

「ネジが馬鹿になっとるわ」

「めっちゃ固い、完全に固まってもうとる」

「あーあ、完全に錆びてもうてるなあ」

 

等々、しきりに言いながら作業をされてました。

 

水道屋さんはもちろん水道設備の話をしているわけですが、

私の耳には、天使のぼやきのように聞こえてしまって、

なんだか耳の痛い時間でした。

 

天使A 「長年やってるけど、こんなことは初めてや」

天使B 「あかん、コイツの魂の古いネジが外れん」

天使C 「魂のネジが馬鹿になっとるわ」

天使D 「めっちゃ固い、コイツの心は完全に固まってもうとる」

天使E 「あーあ、魂が完全に錆びてもうてるなあ」

 

しかしさすがはプロです。

最終的に、水道屋さんは無事に水道設備の交換ミッションをなしとげられました。

ご苦労様でしたm(_ _)m

 

通常なら2、30分ですむらしい作業が2時間以上かかってしまいましたが、

イレギュラーな事態にもプロ技術で対処し、仕事を完遂してくれました。

 

私は水道屋さんの作業を眺めながら、心の中で祈っていただけでした。

 

「あー、イエス様ー、水道屋さんがめっちゃ困ってます。

 どうか水道屋さんに良いお知恵をお与えください、この作業の完了までお導きください」

 

素人の私に手伝えることなどありませんし、それでよいのです。

私はただ究極の大工イエスキリストと、水道屋さんの腕前を信じて委ねるのみです。

 

規模の大小にかかわらず、人間が何かを神に祈ったならば、

こっちは素人なんだから、余計な手出しはしないで、神に信頼して待てばよいです。

 

 イエスは更に言葉を続けられた。

 「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。

 金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。

 

 弟子たちはますます驚いて、

 「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言った。

 

 イエスは彼らを見つめて言われた。

 「人間にできることではないが、神にはできる。

 神は何でもできるからだ。

 

 ――新約聖書 『マルコによる福音書』 10章23-27節

 

人間の心を新しくするのも、魂を神に直結させるのも、生き方を変えるのも、

人間側のテクニックでは不可能です。

でも、神に委ねたなら、神に不可能はない。

人はただ神の働きを信じるだけでよいのです。

 

 お前たちは、立ち帰って

 静かにしているならば救われる。

 安らかに信頼していることにこそ力がある

 

 ――旧約聖書 『イザヤ書』 30章15節

 

■ (詩編139編) 造り主は、人間のすべてを熟知している

 

うちに来てくれた水道屋さんが、イレギュラーな事態にもその場で対応できたのは、

水道設備の構造を熟知していたからですね。

 

構造をすみずみまでよく知っているプロだから、

素人にはわからない領域の知識を駆使して、作業をこなせます。

今後に修理が必要になった場合のことなども視野に入れて、

素人にはわからない配慮をもって作業をしてくれます。

 

プロの水道屋さんが、水道設備を熟知しているなら、

神はそれ以上に、一人ひとりの人間を熟知しています。

 

聖書内で、神ヤハウェはしばしば「造り主」と呼ばれます。

聖書のいちばん冒頭、『創世記』は、

初めに、神は天と地を創造された (1章1節)」という書き出しで始まり、

創造の6日間の詳細、7日目の休息……と続きます。

 

天地万物の造り主である神は、万物の設計者でもあります。

だから神は人の肉体構造も、心身の状態も、心の奥も、すべて知っています。

神のみぞ知る GOD only knows」ということはあっても、

「神すらも知らない」ということはありえない、「神にはすべてお見通し」です。

神はすべてご存知だから、安心して委ねることができます。

 (参考) すべてのことには時がある … 神はナマケモノの時間基準を良しとされた

 

旧約聖書の『詩編』第139編は、そこのところをうまく表現してくれています。

ぜひ知っておいてほしい詩ですので、

今回は139編全体を、小分けしながら見ていきましょう。

まず1~6節を。

(各節の末尾に、丸括弧で節番号を付します。)

 

 ● 造り主である神は、究極のプロ大工

 

 詩編 第139編   【指揮者によって。ダビデの詩。賛歌。】

 

 主よ、あなたはわたしを究め

 わたしを知っておられる。 (1)

 座るのも立つのも知り

 遠くからわたしの計らいを悟っておられる。 (2)

 歩くのも伏すのも見分け

 わたしの道にことごとく通じておられる。 (3) 

 わたしの舌がまだひと言も語らぬさきに

 主よ、あなたはすべてを知っておられる。  (4)

 

 前からも後ろからもわたしを囲み

 御手をわたしの上に置いていてくださる。 (5)

 その驚くべき知識はわたしを超え

 あまりにも高くて到達できない。   (6)

 

詩編139編の著者はダビデ王だそうです。

ダビデ王は3000年前のイスラエル人ですが、

現代人にもそのまま適用できる=万人共通の真理を詠んでいます。

 

神は私たち一人ひとりの現状について、リアルタイムで把握している。

しかも、「その驚くべき知識はわたしを超え あまりにも高くて到達できない。(6)

人間が把握しきれないこともすべて、神は知っている。

 

世の中のニュースを見ていると、あるいは自分がひどい状態にある時なども、

「この惨状を神様は知らないのではないか?」

と疑いたくなることが多くありますが、

神がそれを知らないということはぜったいにない。

 

大規模な惨事も、個人的なトラブルも、

どうしてそれが野放しになっている(ように見える)のか、人間にはわからない。

 

ただ、それでも、神ヤハウェを全知全能の神として受けいれた者には、

そういう最中にあっても、「神はすべてを知ってくれている」という安心感があります。

「私にはわからないけど、神はすべてをご存知だから大丈夫」という安心感は、

真の神以外のところではけっして得られない感覚です。

自力で心を静めて冷静になるのとはまったく別次元の安心感(平安)です。

 

だから、本気で神を信頼したならば、

「私がなんとかしなきゃ!」と頑張ることはないです。

それをなんとかするのは「私」じゃなくて「神」ですから、

大変な状況にあったとしても、不思議な気楽さがあります。

 

氷山の一角しか見えていない人間が、人間知によって解決するのではなくて、

すべてを知っている神に尋ねて(祈って)、

その都度与えられたインスピレーション(神の息吹)、導きに従う。

 

そうして神から何かの行動をうながされた結果、

「私がやらなきゃ」となることはあります。

動機の水源が神ならば、それでうまくいかないことがあっても、

「私のチカラワザで何とかしよう」という発想にはなりません。

「うまくいかないです。どうすればよいですか?」と、その都度神に聞く(祈る)だけです。

 

イエスの一番弟子ペテロが、イエスの前に現れたモーセと預言者エリヤを記念するため、

小屋を建てようと言ったことがありました。

しかし神ヤハウェの答えはこうでした。

 

 「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け

 

 ――新約聖書 『マタイによる福音書』 17章5節

 

神の御子イエスは、大工ヨセフの家を選んで生まれてきています。

神は天地万物の造り主……究極のプロ大工です。

神から人間に贈られた救い主メシア(キリスト)が大工だったというのは、

霊的にとても重要なメッセージが込められていると思います。

 

神ヤハウェがペテロに言ったのは、

何をするにも、私の子、究極のプロ大工であるキリストに聞け」ということですね。

これはペテロだけでなく、全世代のすべての人にあてはまるメッセージです。

 

こっちは地上の素人作業員(人間)なのだから、

何をするにも究極のプロ大工キリストに聞いて(祈って)、

その都度与えられた使命をこなしていけばよいのです。

 

この地上で神の使命を行うというのは、

工事現場のあり方とよく似ていると思います。

 

私は学生時代に、工事現場の警備員のアルバイトをしたことがあります。

仮歩道でぼーっと立ってるだけのかんたんなお仕事でした(笑)
 

でもね、ただボケーっと立ってるだけの警備員でもね、

工事現場では「歩行者誘導」といってましたが、

法律的にそういう役割の人を置かなきゃいけない決まりになっているのだそうです。

だから私は、ただそこに立ってるだけで日給7500円をいただけた。

 

世の中には、アクティブな仕事、華やかな仕事もあります。

そういう仕事をすれば、多くの人から称賛され、評価されるでしょう。
 

でも、警備員だった私のように、ボケーっとそこに立ってるだけの者でも、

神が何かの必要があって、その人をそこに配置して、そういう風になってるなら、

それも立派な仕事なんですよね。

だって、警備員を配置しないと、行政からの工事許可が降りないんですから。

「何もしないでそこに居るだけの人」も必要なのです。

 

神から与えられた使命は天職(コーリング)ともいいます。

 (参考) あの日あの時あの場所で … 神の招き(calling)に従うのが天職(calling)

 

天職は自分で決めるのではない、神からの呼びかけ(コーリング)が動機となります。

他者がどう評価しようとも、それが神のコーリングに従った結果ならば、それで十分。

 

 この事を起こし、成し遂げたのは誰か。

 それは、主なるわたし。

 

 ……彼らは助け合い、互いに励ましの声をかける。

 職人は金工を励まし

 大鎚を振るう者は小鎚を使う者を励ます。

 ひとりが据え付けて、良しと言うと

 ひとりは釘を打って動かないようにする。

 

 ――旧約聖書 『イザヤ書』 41章4、6、7節

 

万物の創造主である神は、究極の大工でもあり、究極の現場監督でもありますから。

一人ひとりに、異なる役目を割りふって、互いに協力するように導きます。

もし神に従って失敗したならば、その責任は現場監督である神が引き受けてくれます。

人間の上司は部下に責任転嫁しますが、神はぜったいにそんなことはしません。

そういう意味でも、神に従う道は安全でラクです。

 

 ● 神の目を避けることは不可能

 

詩編139編の続きを見ましょう。7~12節です。

 

 どこに行けば

 あなたの霊から離れることができよう。

 どこに逃れれば、御顔を避けることができよう。  (7)

 天に登ろうとも、あなたはそこにいまし

 陰府(よみ)に身を横たえようとも

 見よ、あなたはそこにいます。  (8)

 曙(あけぼの)の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも  (9)
 あなたはそこにもいまし

 御手をもってわたしを導き

 右の御手をもってわたしをとらえてくださる。   (10)

 

 わたしは言う。

 「闇の中でも主はわたしを見ておられる。

 夜も光がわたしを照らし出す。」   (11)

 闇もあなたに比べれば闇とは言えない。

 夜も昼も共に光を放ち

 闇も、光も、変わるところがない。  (12)

 

ここはもう、読んで字のごとくです。

宇宙の果てまで行こうとも、神は常に私たちと共におられる。

すべての人は、釈迦の手のひらを駆けまわる孫悟空みたいなものですね。

神から逃げることは不可能なのです。

 

苦境にあって神の救いを求めている人には、この事実が希望の光となります。

しかし神に対してやましいことがある人には、たいへん不都合な事実です。

 

 

『創世記』で、アダムとエバは、神の禁令を破って知恵の実を食べてしまいました。
それを正直にカミングアウトして神に謝れば済む話だったはずですが、

彼らは神の目を逃れようとして木陰に隠れ、

イチジクの葉で裸(罪)を覆うというつまらない小細工をし、

エデンの園に居られなくなってしまいました。

神の目をごまかすことは不可能なのです。

 (参考) 生命の樹への道であるキリスト … 受けいれる(QBL・カバラ)/信じる(AMN・アーメン)

 

いつどんな状況にあっても、神は一人ひとりのすべてを把握している。

把握しているだけでなく、神の手が常に導いてくれている。

 

そう自覚して生きていれば、場所を選ばず、

いつでもどこでも神と共に在ることができます。

だから地上のパワースポット巡りとか龍脈探しとか、

そういうのはまったく不要です。

というか、そういうことに興味がなくなります。

 

イエスが、サマリヤの井戸から水をくんでいた女性(非ユダヤ人)に語ったことがあります。

 

 「この水を飲む者はだれでもまた渇く。

 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。

 わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

 

 女は言った。

 「主よ、渇くことがないように、

 また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

 

 ――新約聖書 『ヨハネによる福音書』 4章14、15節

 

ルルドの泉、各地の御神水、あるいはふつうの飲用水でも、

それらは肉体を生かすには必要な水ですが、魂を生かす水ではないです。

 

魂に命を与える水(聖霊)をえるには、

イエスを救い主メシア(キリスト)として信じるという、神との水道契約が必要です。

  (参考) 命の水源であるキリスト … 正統キリスト教と異端カルトの分水嶺

 

さらにイエスと女性の会話は続きます。

 

 女は言った。

 「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。

 わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、

 あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」

 

 イエスは言われた。

 「婦人よ、わたしを信じなさい。

 あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。

 ……まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。

 今がその時である。

 なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。」

 

 ――新約聖書 『ヨハネによる福音書』 4章19-21、23節

 

場所は問題じゃないんですね。

聖地、神殿、パワースポット……関係なし。

神と共に在る人にとっては、自分の体こそが神殿だから。

 (参考) 人間の身体は聖霊の宮 … 土の器に命の息を宿す者、神と共にある生き方、人間生活の基礎

 

井戸端のサマリヤ女性は、この一連の会話でイエスがキリストであることを信じ、

それを町中の人に伝えました。

町民たちはイエス本人に会いに行って、イエスから直接話を聞き、最後にこう言っています。
 
 彼らは女に言った。
 「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない
 わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

 

 ――新約聖書 『ヨハネによる福音書』 4章14、15節

 

私もサマリヤの女性にならって、このブログでそれを伝えていますが、

誰にも強要はしませんし、鵜呑みにしてほしくもないです。

ちゃんと自分で考えて、自由意志で、

真の神を受け入れるか拒否するか決めてほしいです。

 (参考) 「私はロボットではありません」… 神は人間に個性と自由意志を与えた。

 

 ● 神は肉体の造り主

 

続いて、詩編139編13~18節です。

 

 あなたは、わたしの内臓を造り

 母の胎内にわたしを組み立ててくださった。 (13)

 わたしはあなたに感謝をささげる。

 わたしは恐ろしい力によって

  驚くべきものに造り上げられている。

 御業がどんなに驚くべきものか

  わたしの魂はよく知っている。 (14)
 秘められたところでわたしは造られ

 深い地の底で織りなされた。

 あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。 (15)
 胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。

 わたしの日々はあなたの書にすべて記されている

 まだその一日も造られないうちから。 (16)

 

 あなたの御計らいは

 わたしにとっていかに貴いことか。

 神よ、いかにそれは数多いことか。 (17)
 数えようとしても、砂の粒より多く

 その果てを極めたと思っても

 わたしはなお、あなたの中にいる。 (18)

 

人間の肉体の造り主としての神を賛美しています。

神は肉体を設計して造りあげただけでなく、

一人ひとりに命の息(神霊)を吹き込むことで、人を生かされました。

 (参考) 人間の身体は聖霊の宮 … 土の器に命の息を宿す者、神と共にある生き方、人間生活の基礎

 

 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、

 その鼻に命の息を吹き入れられた。

 人はこうして生きる者となった。

 

 ――旧約聖書 『創世記』 2章7節

 

こうして、神は人を造られたわけですし、

一人ひとりの肉体が、今どこでどういう状態なのかもすべて把握しています。

 

だったらどうして先天的な障害、後天的な病などがあるのか、

病で苦しむ人がたくさんいるのはどうしてなのか。

 

人間がその理由を知るのは無理です。

それは神だけが知っていることです。

 

神にしか分からないことを、人間の乏しい智力で説明しようとすると、

「神罰、過去生のカルマ、先祖の不始末……」という方向にしか話が進みません。

そして各種の宗教や、近代ならスピリチュアリズムの各種メソッドで、

それらの霊的重荷をどうにかして取り除こうとするわけです。

こういうパラダイムで生きている限り、カルマの無限ループから解脱することは不可能です。

 

イエスはこの件について、弟子にこう答えています。

 

 さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。

 

 弟子たちがイエスに尋ねた。

 「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。

 本人ですか。それとも、両親ですか。

 

 イエスはお答えになった。

 「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。

 神の業がこの人に現れるためである。」

 

 ――新約聖書 『ヨハネによる福音書』 9章1-3節

 

「素人は黙っとれ」ってことですね。

肉体の病、不具合、怪我などだけでなく、その他の不幸な出来事についても、

同じだと思います。

不幸の原因を「だれが罪を犯したからですか。」というところに求めてしまうのが人間。

しかし神の意図はまったく異なるところにあります。

 (参考) 持病がつなぐ神縁 … あえて神が与えた不具合は、世界史をも動かす(※個人差あり)

 (参考) 天職(calling)がハード過ぎて挫折した場合 … 休暇をとって、神の静かな声を聞こう。

 

イエスがいう「神の業」が、どういう形でその人の苦しみを通してあらわれてくるのか、

それは本人にも誰にもわからないことです。

少なくとも、神がその人の苦しみに気がついてないとか、

その人の存在を忘れてしまっているということではないです。

神はすべてすべてご存知です。

 

 ● 真の神に本音を吐露できるという恵み

 

詩編139編は、ここまで(1-18節)は、神の偉大さを讃える美しい内容でした。

しかし19節~最後で、いきなり調子が変わって、詩人ダビデの本音が出ます。

 

 どうか神よ、逆らう者を打ち滅ぼしてください。

 わたしを離れよ、流血を謀る者。 (19)

 たくらみをもって御名を唱え

 あなたの町々をむなしくしてしまう者。 (20)

 主よ、あなたを憎む者をわたしも憎み

 あなたに立ち向かう者を忌むべきものとし  (21)

 激しい憎しみをもって彼らを憎み

 彼らをわたしの敵とします。  (22)

 

 神よ、わたしを究め

 わたしの心を知ってください。

 わたしを試し、悩みを知ってください。  (23)

 御覧ください

 わたしの内に迷いの道があるかどうかを。

 どうか、わたしを

 とこしえの道に導いてください。  (24)

 

どうしたんだダビデ。

何があったのか。

突然、これまでの内容と関係のない愚痴をこぼしてますね。

 

ダビデはしばしば命を狙われ、逃亡生活を送ることが多かった人です。

とくにイスラエル王に即位するまでのベンチャー時代は、

まったく理不尽な理由で、当時のイスラエル王サウルに追われていました。

詩編139編も、もしかしたらそういう時期に作られたのかもしれません。

 (参考) EXODUS/神との駆け落ち … ブラック組織からの出エジプト

 

19-22節の愚痴は、ダビデの本音ですね。

ダビデが詩編139編でいちばん言いたかったのは、

神よ、わたしを究めわたしの心を知ってください。

 わたしを試し、悩みを知ってください。  (23)」 でしょう。

 

この時のダビデは、自分がおかれている状況や辛さのすべてを、

神に知ってほしかったし、受けとめてほしかったのでしょう。

 

神はダビデの状況をすべてご存知です。

そんなことはダビデだって十二分にわかってる。

わかってるから、詩編139編1-18節で、造り主にして全知全能の神を讃えています。

 

それでも、本当に自分ではどうしようもない苦境にあるときは、

神への信頼も揺らぎそうになります。

神様は自分の事を忘れて放置してるんじゃないかと不安になる。

 

きっとダビデは、神への信仰が萎えてしまいそうな自分を励ますためにも、

1-18節で、神の御業を列挙して賛美したんじゃないかと思います。

神に本音を吐露する前段階として、神へのおべんちゃらを言ってるわけではないでしょう。

 

苦しい想いを神へ打ち明ける手段はいろいろありますが、

この時のダビデは、詩を書くことで、神に本音を吐露しているわけですね。

 

自分の苦しみも愚痴も、すべてを吐露できる相手がいることは幸せなことです。

誰かに聞いてもらうだけで心が軽くなることも多いです。

しかも悩みの聞き手が真の神ならば、なおのこと。

 

神は悩みを聞いてあいづちをうつだけの傾聴カウンセラーではないです。

神は万物の支配者ですから、人の悩みの理由も、解決方法もすべてご存知です。

 

真の神を信じて受け入れた者の強みが、まさにこの点にあります。

 

「私にはわからないけど、神はすべてを知っている。

 私にはできないけど、神には何でもできる」

 

これを信じたなら、苦境にあっても、謎の気楽さが心の内からわいてきます。

造り主である神、究極のプロ大工イエスキリストにお任せすれば、

必ずたしかな導きを与えてくれます。

それでも不安なときは、ダビデのように、神に対して本音をうちあければ(祈れば)OKです。
 
 
 
※ 記事中の聖句引用元/日本聖書協会『新共同訳聖書』または『口語訳聖書』
 
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