■先日、90代のご婦人から、マザーテレサの本を譲っていただきました。

そのご婦人は、私がルーン魔女KAZだとか、
ブログを書いているとか、そういうことはまったく知らない人です。

彼女の個人的な理由で、私にこの本を譲っていただいたわけですが、
本書を読み進めるにつれ、
神さまはすべてをベストタイミングで運んでくださるものだと、
あらためて驚きました。

本 『マザーテレサ すばらしいことを神さまのために』

女子パウロ会から昭和51年に発行。
今から40年ほど前の本ですね。
現在は絶版か?……と思いきや、
今でもこのままの装丁で新刊が入手できるロングセラーのようです。

著者のマルコム氏は、イギリスのジャーナリストで、
BBCでマザーテレサのドキュメンタリーを制作した人です。

■40年前のこの本が、今の私に、ページをめくるたびに新しい発見や、
私が思い違いをいしていたことなどをたくさん気づかせてくれました。

そして何より、前回のブログで書いた、

「極限状況にある人々のところで、人道的な活動をするのは、
 砂漠に水をまいているような無駄な事ではないか?」

という批判に対して、マザーテレサがはっきりと答えていることにも驚きました。

 (前回記事) 砂漠に水をまくようなものなのか … 国境なき医師団写真展@大阪

前回記事では、私自身も上記の批判に対してはっきりした答えを出せないでいましたが、
ふがいない私の代わりに(?)マザーテレサとマルコム氏が細かく回答してくれているので、
ここでその内容の一部を引用、ご紹介させていただきたいと思います。

本 『マザーテレサ すばらしいことを神さまのために』 マルコム・マゲッリッジ著 沢田和夫訳


■著者のマルコム氏とマザーテレサの対談内容に、こんな個所があります。
(改行&フォント拡大 by KAZ)

男の子マルコム

 「二十世紀の人間の困ったことの一つは、
 なんでも集団的な解決があるにちがいないと考える点だともいわれるでしょうが、
 やはりそう思いますか。

 人はこんな考え方をするでしょう。

 マザー・テレサのような人は、
 何人かだけを救っている、
 何人かだけを助けている、
 子どもも何人だけか救っている。

 だが、これはのみ(蚤)の喰い傷ほどのささいなことにすぎない。

 全く無に等しい。

 何か別のやり方があるにちがいない。


 そんなふうに考えてしまうと、あなたのしておられるような仕事に、
 あなたが望まれるような仕方で自分を打ち込んでいこうという気にはあまりならないわけです。」


マルコム氏の問いかけは、今でも、
各種の人道支援系の人々に投げかけられている問いかけ・批判と同じ内容ですね。

・たしかに数人だけでも救うことは尊い事だが、
 世の中にニーズにぜんぜん数が追いついていませんよ。

・あなたのやり方では効率が悪いですよ。

・草の根レベルで数人を救うのはただの自己満足ではないですか。

・それより政府や役所に訴えかけて、
 大がかりな福祉政策なり何なりをするよう働きかけるべきではないですか……etc

私もそう思うことがあります。
私は効率重視人間ですから……

けれども、マザーテレサは、上記の問いかけにこう回答しています。

女の子マザー・テレサ
 「ものごとをやるのに大仕掛けなやり方には、わたしは不賛成です。

 わたしどもにとってたいせつなのはひとりひとりの個人です。

 その人を本当にたいせつにするようになるために、
 その人と密接な間柄にならなくてはならない。


 数がそろうのを待っていては、
 数の中に道を見失ってしまって、
 そのひとりの人のための愛と尊敬をあらわすことは、
 いつまでたってもできなくなることでしょう。

 わたしは
 ひとりの人からひとりの人へという触れ合いを、
 なによりもだいじにしなくてはならないと信じています。

 どのひとりもわたしにとってはキリストであって、
 イエスはひとりだけですから、
 今というときに相手になっているひとりの人が、
 わたしにとっては世界にひとりしかいない人なのです。」


マザーテレサは、カトリックの修道女ですから、こういう回答が堂々とできるのでしょう。
人を助けているのではなく、そこにおられるキリストに愛と尊敬をあらわしているのだと。

本書のタイトル自体が、
「すばらいことを神さまのために」 (SOMETHING BEAUTIFUL FOR GOD)ですしね。

世のため人のためではなく、神さまのための活動なのです。


■これは、私自身もよく思い違いをしてしまう所なのですが……

社会貢献活動には、3種類の出発点があると思います。

 1)人道主義・ヒューマニズム …… 世のため、人のために行う

 2)神道主義・神第一主義 …… 神様のために行う

 3)利己主義・偽善 …… 自分の利益のために行う


結果としてやっていることは同じであっても、その動機と土台がぜんぜん違います。

マザーテレサのような宗教者なら、ひたすら神のためにとなるでしょう。
自分が天国に行きたいから喜捨するというなら神道主義と利己主義の組みあわせといえるし、
企業なら人道主義と利己主義の組みあわせになることが多いでしょうし、
純粋なボランティアをする人は、人道主義に立っていることが多いでしょう。

動機と土台が違えば、当然、その目的もゴールも異なります。

ここで私が言いたいのは、上記のどれが善いか悪いかではなく、
それを始めた動機によって着地点が異なるということです。

マザーテレサの活動は、
人道主義・ヒューマニズムから発生した社会福祉活動ではなく、
神への信仰から発生した、神の愛の活動
だから、
救える人数の多寡で成果を測るという発想自体が、まったくの見当違いだということになります。

この点について、こういう受け答えの個所があります。
マザーテレサの活動だけでなく、
神第一主義を土台としているすべての人に共通する内容だと思います。

女の子マザーテレサ
 「キリストは見えませんからキリストへの愛をあらわしようがありませんが、
 仲間はいつも見えますし、もしキリストが見えたならキリストにしてさし上げたいと思うことを、
 はたの人にすることはできます。」

男の子マルコム
 「人が道と目的をまちがえて、仲間の人間に仕えることが、
 それ自体目的だとしてしまう危険がありはしないでしょうか。」

女の子マザーテレサ
 「わたしどもがソシアル・ワーカーだけになってしまったり、
 仕事を目的として仕事をするだけになってしまう危険はいつもあります。

 ……だれに向かって仕事をしているのか忘れたなら、その危険があるわけです。
 
 わたしどもの仕事はキリストへの愛の
 一つのあらわれでしかありません。


 心はキリストへの愛でいっぱいでないといけません。

 その愛を行動をもってあらわすのですから。

 当然、貧しい人のなかのいちばん貧しい人が道になって神への愛をあらわすわけです。」


ソーシャルワーカーではない、仕事を目的としているのでもない。

誰に向かって仕事をしているのか……人ではなく、神に向かって仕事をしていることを、
どの瞬間にも覚えておかなければならない。

こういう神第一主義を土台として活動している人々に対して、
「少数の人を救ったから何なのか、砂漠に水をまくようで無意味なこと……」
という批判は、まったく意味がない。

そもそも、人のためにやっていない。
神さまのためにやっている。
救えた人数が少ないからダメだというのは、人間的な発想から出てきた評価なので、
神第一主義の人にはそんなことは関係ない。


■少し前にUPした記事、
「人道的」とはどういうことか … 欧米的人道主義 VS イスラム的神第一主義 
でも触れましたが、キリスト教も本来は、神第一主義=アンチ人道主義です。

マザーテレサは、間違いなく神第一主義の人です。

神第一主義の人は、人間の声ではなく、神の声に聞き従います。

彼女が神の声を信じて聞き従った結果が、インドでの活動につながっていく。

 関連記事 神の声(啓示)をどう解釈するのか?

マザーテレサの諸々の活動は、神の声に導かれたという動機で始まっていることなので、
その活動内容をジャッジ・評価できるのは神様だけです。
世の人間の賛辞や批判は関係ないのです。

マザーテレサは、「神さまとの一対一のことです」とよく言っていたようで、
私もその言葉を額面通りに受けいれて、私の行動基準にしています。
人の意見や評価を聞いていると、きりがなく、
ただただ迷って振り回されて疲れてしまうだけですが、
神さまの意見を基準に考えると、心が静かになります。

「神さまは、この問題について、私に何を望んでおられるだろうかな?」

すべてのことを、神さまと自分との一対一の関係だということにすると、
誰がどうしたこうしたとか、世間が、常識が、流行が……という、他のことに惑わされずに、
自分の本心を軸とした諸々の選択・決断ができます。

上記のことは、宗教者集団ではない、むしろ無宗教を掲げている各種人道支援団体も、
どこかマザーテレサの神第一主義と似たような想いで、
その活動をしているのではないかなと想像します。

治安の安定しない所、紛争地で、砂漠に水をまくような活動を続けていくには、
自分の理想や正義感だけでがんばるのは無理だと思います。

人道主義だけでは、「神とともに」「神のために」という感覚がありませんから、
世間の評価が全てです。
でもそれだと、自分の力が及ばない事の連続の中で、途中で必ず無力感に負けて、
あるいは世の人の批判に傷ついて、燃え尽きてうつになって挫折するのではないでしょうか……


■砂漠に水をまくような活動という点について、マザーテレサはこのように語っています。

女の子マザーテレサ
 「今していることは大海のなかの水滴のようだとわかっています。
 
 でもその水滴がなかったなら、
 足りない一滴のために大海すらも足りないところがある。

 一例ですが、スラム街の小学校、ここで学校を大切にし、自分を清潔にし、
 といったことを教えているのですが、この小学校がなかったなら、
 こういう幾千人もの子どもたちはただ道端にほうっておかれる。

 そこでそのままほうっておくか、
 できるわずかのことをするかの
 どちらかを選ばなくてはならない。


 死を待つ人のホームについても、子どもホームについても同じです。
 もしもホームがなかったなら、今集まっているあの人たちは道端で死んだでしょう。

 ほんの数人のことですが、
 神とともに、平和に、すばらしく死ぬために、
 あのホームは持ったかいがあったと思います。」


砂漠に水をまくようなこと、大海の中の水滴のようなこと、焼け石に水……
言葉の表現は異なっても、言っていることは同じですね。

大海の中の水滴のようなことだとわかっている。
わかっていて、それでもやる。
ほんの数人のことであっても、あのホームは持ったかいがあったと言えるのは、
世のため人のためではなく、神さまのためにすばらしいことをしたいという信仰ゆえでしょうね。

マザーテレサの活動は神への信仰を出発点としているので、
同じ信仰をもつシスター・ブラザーたちが、自己のすべてを捨てて集ってくる。

善人になろうと無理して、己の努力でエゴを捨てて、仕事としてやっているのではなく、
毎朝4時半のミサで、神とともに居られる一日が始まり、
神への愛と尊敬をあらわすことに幸せを感じるから、
続けて行けるのだと語っている個所もありました。
(早朝4時半からミサなんて、私には苦行としか思えないけれど……)

著者のマルコム氏は、わかりやすくこう記しています。

 だが、もともとキリスト教は統計的人生観ではない。

 回心する罪びとのためには、
 数限りない義人の群れよりも天において大きな喜びがあるとは、
 まさに反統計的な命題である。

 神の愛の宣教者たちの仕事についても同様である。

 マザー・テレサがよく口ぐぜのようにいうには、
 社会福祉は一つの目的のためで、すばらしく、必要なことである。


 これと違ってキリスト的愛は、ひとりの人のためのことである。

 前者は数についてのことであり、後者は人間であり神でもあったおかたのことである。

 福祉の諸サービスとキリストに仕えることとの根本の違いは、ここにある。

砂漠に水をまくようなささいなことでも、神さまの前には大きな事のようです。


■最後に。
これは私の個人的な感想ですけれど……

神にこの一生を捧げて従うと決めた結果、
数多くの人を救える方法を模索する方向に導かれる人もいるはずで、
神さまが誰をどの方向に導き、どういう分野で神に仕えるように促すかは、
人それぞれのはずです。

神第一主義の人は、皆が皆、マザーテレサのような活動に身を投じるわけでもなし。
そうしなければならないわけでもなし。

すべては、神と自分との一対一のこと。
神さまに対して、自分の選択を堂々と説明できるか否か。

このシンプルな原則を、これからも私の土台としようと思いました。


続き → 砂漠に水をまこう … シリアのホワイト・ヘルメッツ(アカデミー賞受賞)  



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