アドラー心理学ELM勇気づけトレーナー 本橋悦子です。




今朝、近くにある昔ながらの喫茶店でいつもどおりコーヒーを飲んでいたら、そこの奥さんが


「はい、これどうぞ。お嫌いでなければ」


と言って、先週旅行に行ったからといってお土産のお饅頭を一ついただきました~。


そして、お昼頃近くのお惣菜やさんで買い物したとき。

会計が終わったら、


「はい、これどうぞ。お嫌いでなければ」


と言って、週末に旅行に行ったからと言って、おまんじゅうを一ついただきました~。


今日はおまんじゅうの日でしたニコニコ


『私』という存在を承認してくれている気がしてすごく嬉しかったです。




さて、息子のリハビリについて。

リハビリ科に転科した息子のリハビリが始まって、最初は息子の状態を見るためにゆるやかに始まっていきました。


病棟の治療計画を見ると…

こんな感じでした。


最後の「リハビリテーションの計画等」を見ると、


・床ずれができないように2時間ごとに体位交換を行っていきます。


とあります。まだ体が動かせない状態であったことがわかります。

そして、


・リハビリと昼間に音楽をかけたりしていきます。


と記載されています。これは、私たちが病院にお願いしたことの一つで、それを計画に組み込んでくれていました。

このように私たちの要望を受け入れてくださったことをすごく嬉しく思いました。


OTでは、鉛筆を持ってなにかを書かせてみました。

たぶん自分の名前を書かせたのかと思います。

聞き手の右手は動かないので、左手で。

力が入らないというのもあったかと思いますが、それと同時に思うように動かせなかったというのもあったと思います。


これは2年生の時、事故に遭う前の字です。

まぁ、普通の2年生男の子の字だと思います。

綺麗に書いたほうだと思いますけど…にんまり顔(担任の先生がきびしかったので…)


そして、これが事故3年後の字です。


回復の途中でのクセ字がそのまま身についてしまいましたが、力強く字が書けるようになりました。


また、今後徐々に回復していく過程をブログに載せていきたいと思います。


前回ブログで書きましたが、私が将来に絶望してうつ状態になって家にこもっていた時、OTのリハビリの先生がその日の息子の様子をわざわざ書いて知らせてくれていました。しかも、PTやSTでの様子も。

私の記憶だと3日間だと思っていたら、4日間私は病院に行っていなかったようです…えへへ…

そこには、


「おはよう」という口ものまねができました!!

体操の時にも、一緒に口をうごかして数えてくれました!!


とあります。

先生の『!!』のマークを見て、先生も一緒に喜んでくれたんだなぁというのがわかります。


こうやって私が未来を悲観してひとり沈んでいるときも、息子の回復を一緒に喜んでくれていた人たちがいました。

今、思い返しても息子も私もたくさんの人たちに支えられて、励まされてきたんだなぁと思い、涙が出てきます。


都立大塚病院のリハビリ科では、看護師の方たちにもいつも気遣っていただき、本当に励まされました。

私の友人がこの病院に長年勤めていて、「とても働く環境がいい」と言っていたのが分かりました。


改めて今、感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、数年後にまたこの先生方にお世話になる日が来るんです。


『ご縁』をすごく感じます。