まわる回る兎の円舞は、移ろいゆく人の世さながらに時を載せたカルーゼル…ぐるりとひとっ飛びに年をまたぎ、明けて新たな癸卯…なんでも卯は、草木生い繁り、地をおおう自然の営みを表象しているとか。
そこで現、巷をおおう世情を、兎の目凝らして眺むれば、この初春の行く先を、どう読み取ったらよいのやら…。こいつァ「目出度さもちう位也おらが春」かしらと、一茶の一句拝借して、ちょいとあやふや、あいまいな我が目出度さを詠み上げたいところ。
さぁて兎にあやかって思い起こせば、都から故郷に舞い戻ったのが、十二支をちょうど一巡巻き戻した勘定の卯の年。ってなわけでもあるまいが、卯、つまり兎には、あれこれと因縁がある…一人息子は卯年生まれで、棚という棚に兎がずらりと居並んで、我が家はまるで兎の園。私は、プレイボーイバニーがアイコンだったクラブ会員カードを持ってニンマリとする、どちらかというと亀より兎的思考がしっくりくる。
欧米では、繁殖しやすい兎は生命力の象徴、幸せを運んでくると言われ、出雲因幡の素兎は慈愛の御神像。かくして、なんとか目出度さの兆しを見つけはしたが、「ともかくもあなた任せのとしの春」などと他力本願といかぬのが当世。…ならば、我が力しぼって己は、己で護るしかありますまい。