人気blogランキングは?  空港ロビーから「ドンガメ」の待つ駐車場まで、私の胸に柔らかに貼りついたMARIの微かな温かみを愛おしむように抱いて向かった。
(C)JULIYA MASAHIRO HIROの感触もこうだったかしら…白磁のような肌と黒目がちの透き通った目をした男の子だった彼との繋がりを求めるように比べ、きっとHIROなら、小さな妹の突然の出現を、たじろぎながらも受け入れてくれるに違いないと、なぜか根拠のない筋書きを私は描き始めていた。
 私と歩調をそろえるように付き従っている「顔の定かでない女」の、ちょっと不敵な微笑みを、私は見逃しはしなかった。
 きっとここまでの目論みがあらまほしきように実現したうれしさとでもいうのか…CHIKOと私の間に、ベビーを認め印とするようにして強引に割り込むプラン…異なる国に離れて暮らすからには、一枚の紙切れを得るより、それは、私を将来的に繋ぎ留めておく何よりも確実な保証であるに違いない…。
 女の恐らく「意図ある従順さ」に私はまんまとほだされてしまったのだ。
 電話の向こうから be pregnant と告げられた時、私が咄嗟に抱いた「罠にはまってしまった好色な男の顛末はかくあるもの」という dramaturgy さながらに、まるで女に味方し加勢するかのように喝采を浴びながら細部に至るまで忠実に展開している。
 私は、もともと女との関係を、こんなシノプシスに書いていたわけでは決してない。
 CHIKOと私は、他の女が介在してくるなどおよそ考えられないほどに幸せな満たされた状態にあったのだ。
 にもかかわらず、明らかにCHIKOを裏切る行為がもたらす顛末をわかっていながら、私は、あえてそれを描き直そうとしなかった。…しかも、自然の成り行きに任せて、いや、とても自然などと呼べる展開ではなかったのだが、どこかで正当化しようと強引な詭弁まで弄しながら、卑怯にもこのストーリーをこれっぽっちも悔やみすらしていない。それどころか、そんな行動に新鮮な己を発見しては、その意外さに驚き、ぬけぬけと喜びすら抱いて満足していたのだ。
 だが、さすがに一方では、良心の痛みに耐えかね、まるで辻褄を合わせるように来たるべき神からの鉄槌と許しにすがり、とにかく今は、ちょっと辟易とした苦笑いをよそおって格好をつけ、みごとなパパぶりを演じる風であった。
 静寂に沈んだ駐車場で、ひたすら私たちを待ち受けていた瑠璃色の「ドンガメ」を見て、女が、ため息のような歓声を上げるのに笑顔でうなずきながら、私は、MARIを女の腕の中に戻し、トランクの奥深く隠していたベビーシートを引っ張り出してセッティングし、再び慣れた手つきであやしながらMARIを座らせ、わざわざ指さし確認をしてみせた。
 女がしなやかに座り込んだ「ドンガメ」のサイドシートは、いつもはCHIKOのものだ。
 その領域を犯すように女の vagina がかぶさり深く埋もれている姿に、同時に二人の女との繋がりを獲得したかのような奇妙な達成感を覚え、私は、今の今も、恐らく六本木のオフィスで働いているCHIKOを思った。
 「KIMI あなたの行動のストーリーは、いつも間違いなくちゃんと読めたけれど、あなたをそのように動かせる心のなぜってのは、読めなかったわ。それって きっと時が流れたからって分かるものでも、納得できるものでもないのね。ほんとうは、いつも ただあなたを私の心に繋ぎ留めておきたかっただけなのに・・・」
 CHIKOは、瞳に愁いを溜めてじっと見つめていた私から 逃げるように視線を遠くに揺るがせ、力なく とても残念そうに呟く。
 CHIKO、そもそもおまえは初めから物語を読み間違っていた。おまえは私の裏切りの行動を、ついにしっかりと捉えられてはいなかった。
 知らないことで保証されるCHIKOの幸せのための嘘なら、いくらついたってかまやしないなどと 私は日常的に、おまえから疑いをかけられそうな行動を糊塗していた。
 そんな私の厚く塗られた嘘を、優しいおまえは、私を信じたいがあまりに見抜けなかったのだ。そう、私の心はもちろん、ストーリーさえも読めていなかったと断言できるくらいだけれど、でもね、そのかわり、ここに こうして繋がれている私をよく知れば、おまえの最後の望みは、少なくとも事実上は、しっかりと ついに実現したってことにならないだろうか。
 「それはそうかもしれないけれど。…私が、あなたをとりこんでからも、私のお腹の中心で、あなたは勝手に動き回って、ほら奔放に思いを巡らせているってわけだから、やっぱりKIMIの心を本当に繋ぎ留めているわけじゃないわ…」
 確かに、私の imagine は、CHIKOがいくら繋ぎ留めていようとも、おかまいなしに自由だ。しかも、CHIKOの思いなどそっちのけで、いくつもの物語を紡ぎ出しては、幾重にも織り重なった時間とともに流れ渦巻いている。
 CHIKOは、私の生殺与奪の主体でありながら、その望みとは裏腹な、まるで乱暴狼藉な男、手に負えないやんちゃな息子、ひっきりなしに子宮壁を蹴飛ばす元気なベビー、とどのつまり、異質な小宇宙を胎内に抱え持ったようなものだ。
 「KIMI、TOMOがね、いつものあの独特なシニカルな微笑みと口調で、KIMIって奴は、女の子宮に戻ることを、いつも願っているような男だと、私に言ったことがあるの。そうよ、あなたの唯一の心の友だった彼が、まるで歌うように言ったわ。その時は、その意味がはっきりと解らなかったけれど、こうしている今は、TOMOの分析が的を正確に射ていたと思うわ」
 曲がりなりにも、CHIKOと奇妙な形で互いに話しかけるようになって、さすがに、あの「神聖降臨」に直面しなくなったのは、正直うれしい。

(C)JULIYA MASAHIRO もしかして私は「覚醒した不眠」の中で、CHIKOとの失われたあの幸せな日々を取り戻しつつあるのではないかしら…。
 「TOMOがね、そんなことをおまえにね…あのころは、あいつとまるで恋人同士のようにつるんでいたからね。二人は、早稲田の穴八幡から文学部のヘルメット姿の仲間たちを遠く見下ろしながら、さながら Quartier latin のカフェで楽しそうに語り合う、プルーストとヘンリーミラーのようだった。ほら、パリって街は、人も時代も場所もおかまいなしに何もかもないまぜにして存在せしめるようなところがあるからね。TOMOと話したことは、不思議なほどに今でもはっきりと覚えているけれど、彼が、そんな風にとらえていたなんてね」
 CHIKOは、私が思いを巡らしながら、言葉を選んで話している時の瞳を、「つぶらな貝の眼差し」と言ってとても喜んでみせた。
 「きっと、この世に生きた痕跡を残すことなどなく、きっぱりと消え去るのが我が人生の望みだなんて言ったことを、TOMOは、そんな風に表現したのかもしれないね。二人とも思ったままぶつぶつと話していたからね。一つだけどうしても認識できないことがあるってね。今、ここにいるってことが…みんな同じようにそこに存在しているのだろうかってね。どうしてもしっかりと納得できるように捉えることができない。一瞬で消えてしまう、行き着く先への過程にあるただの点のようなもの。もともと実体などありはしない。確かにあるのは、imagine する主体と時と空間だけだなんてね。CHIKOが、心のなぜを読み取れないってのは、だから当たり前と言えば当然のことだよ。どうしたって、ここにいる自分が納得できない男に、その行動のなぜってのは、もともとありはしないからね」
 私の外皮を隈なく覆っていた温かい羊水が、突然、波打つように揺れ、リズミカルな鈍く重い音が耳殻に伝わってきた。
 それは、このところCHIKOが感情の揺れを私に伝える、手っ取り早いやり方になっている。
 「KIMI、あなたはいつもそうやって、言葉で自分の存在を理由づけて説明しょうとするのよ。実際、今、私がいなければ、あなたもいないのよ。いいこと、私が、あなたの存在に必要なすべてを与えているってこと忘れないで」
 私は、言葉をさがそうとするが、ぐうの音も出ないで沈黙する。私はCHIKOの傀儡で、言ってみれば、生きるためのインフラを握られ、主体的に生きてはいないのだから…。
 「私、あなたのCHIKOさんとなら、仲良くやっていけそうな気がする」
 首都高を新宿で下り、超高層ビル群の谷間に入ったところで、「顔の定かでない女」が、何の脈略もなく私を覗き込むようにして言った。

【PHOTO:JULIYA MASAHIRO】
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