ひとこと、ただただ素晴らしいです。もっと早く読むんだった。小川洋子さん最高。
新刊で出た当時、タイトルの奇妙さと、「チェスを指す少年の話」という紹介文がピンと来なくて、手に取らなかったのが悔やまれます。
唇が閉じた状態で生まれてきた主人公は、自らの脛の皮膚を唇に移殖する手術を受けます。そのことも影響しているのか、ほとんどしゃべらない無口な少年がその後たどる数奇な人生、とてもかなしいお話なんだけど、文章の美しいこと豊かなこと、いつまでも作品の中を漂っていたいと思わせる素敵な小説です。アーヴィングを読んでいるときに近い幸福感が味わえます。
期間限定の展示のつもりでインドから借り受けたのに、大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった仔象のインディラ、バスの中で暮らし、優しくあたたかく彼をチェスの世界に導いたのに太りすぎて死んでしまったマスター、狭い壁の隙間に閉じ込められてしまった架空の少女ミイラ・・・少年は彼らと心を通わせ、チェスに魅せられていきますが、彼にとって、「大きくなること」は死に直結する恐怖であり、それを拒絶し続けたがために、彼は一生涯、11歳の少年のまま体の成長を止めてしまいます。
その小さな体でカラクリ人形を操り、強くも美しい指し手として伝説になっていく少年に名前はなく、後年、チェスを指す人形と一体化して「リトル・アリョーヒン」と呼ばれるようになるのですが、まあ、そんな設定にも何の無理も感じさせず、物語の舞台の国籍とか時代とか、そういうものをすべて飛び越えてなお、心にずっしりと響きます。
チェスの知識も経験も持たない私ですが、退屈するどころではなく、のめり込むようにして読みました。チェスがそんなに美しいのか、彼女の紡ぐ言葉が美しいのか?!
それから、巻末についている山崎努氏の解説もなかなかよいです。