今日は、娘にお風呂の沸かし方を教えました。
栓をして給湯ボタン押すだけですが🤣
先週は毎日1人でお風呂に入り、
自分で頭も体も洗えるようになった娘。
出入り口から時々覗き、
気になるところは教えたり指摘して ずっと見守ってきましたが
4歳にしてはもう完璧だったので
とうとう今日は全く見ませんでした。
時々質問が来るので声だけでやりとりはしてましたが。
先に入って全て洗って湯船に浸かってるところへ、私が後から入り一緒に入浴しました🧼
先に出て、体を拭いて着替えた娘、
頭を乾かすのと、
歯磨きの仕上げはまだ親がしないと出来ないので
それだけパパッと済ませて
先に布団に入らせます。
私は自分の支度や家事や明日の準備を全て終えて、娘の隣に横になるのですが、
娘はベットの上で私が来るまで極力起きてます。
いや、起きようとしています。
家事をしながら、明日の準備をしながら、
洗面所で髪を乾かしたり歯を磨きながら
私のことを待っている娘のことを感じていました。
早くママ来ないかな。絵本読んでもらいたいな。ママと一緒に寝たいな。
そんな想いが「ママまだ〜ぁ?」の声から感じ取れます。
待ちくたびれて1人で声を出してプーさんの絵本を読み始めていました。(実際は文字が読めないので暗記?したのを絵を見ながら思い出しながら読んでます)
歯を磨きながら
ふと小さな頃の私を思い出しました。
布団の中で母を感じる。
家事をする物音。
階段をのぼったりおりたりする音。
トイレに行く音。
寝る前のお肌のお手入れをする音。
私は早くから親とは別の部屋に寝ていたので
母が恋しかったのかもしれません。
寂しくなって母の元へ行けば、
「まだ起きてたの?!早く寝なさい!」と言われるので、
布団の中の私は寂しさの中で母の立てる物音で安心感を得ていました。
また、
意識がスーッと今に戻った時
あ。私と同じで
娘は
ママが寝室に居ない寂しさの中で
私の立てる物音で安心感を得ているかもしれない。
って思いました。
お母さんがいるだけで安心。
私は母に対して
育ててもらったり学校行かせてもらったことに感謝したり、破天荒なことばっかして心配かけて申し訳ないと謝ったりはしたのですが、
何か、もっと大切な何かを感じるのに、
それが言葉に出来ずに
結婚式の親への手紙でも父には色々と本音で感謝を伝えることが出来たのに
母には出来なかったことが心残りでした。
感謝というより、
母に対しては、あんな酷いこと言われた、された、こういうことしてくれなかった、等の
不満が満載で。
だけど
さっきの
いてくれるだけで安心だった
を思い出しました。
母にどんなこと言われてもされても
私は母がいるというだけで安心だった。
特に夜なんかは
実際に母が家の中にいないと家の中の空気は冷たくガランと虚無みたいで不安でした。
結局、私は母のことが大好きだったんだなぁ。
子どもの頃から
お母さんがただ いてくれるだけで私はとても安心出来ていました。
お母さん いてくれてありがとう
お母さん大好きだよ
結婚式の手紙書く時に、何かを感じてるのに忘れていて言葉に出来なかったことが今なら言葉に出来る。
そして
娘も
そう思ってくれていると思うと
泣けます😭
私にとって、娘は
ただいてくれるだけでありがたい存在なのだけど。
娘にとっての私は、
よく私にママ大好きとか
怒ってるママも好きだよ
とか全肯定で言ってくれるし、
それをとても感じるので
本当に嬉しい😭
寝室へ行くと、まーちゃんは待ちくたびれて既に眠ってしまっていました。
「ごめんね、ありがとう。まーちゃん大好きだよ」と頭撫でながら耳元で囁きました。