わたしのアムカは
多分 少数派だと思う。

わたしの場合、
アムカは幻覚が行う。


初めてのアムカは
高校生の頃。

大好きな女の子がいて
楽しい時間を過ごしていた。


そのうちに、


彼女のすべてがほしくなり、
殺して 食べてしまいたいと
思うようになった。


当時のわたしは、
好きなひとと過ごす時間より

所有欲のほうが強かった。
(↑いまは違う。)


そのときに ふと、


彼女のおかあさんが
つくってくれた
スパゲティを思い出した。


具沢山の スパゲティ。


あの おかあさんを
悲しませてはいけないと
思った。


すると。


「切ったら、
 彼女を殺さなくて済むよ」

と。

初めて はっきりとした
幻聴を聞いた。
(それまでは ざわざわだった)


同時に、


「そんなことしたらいけないよ」


という 別の声も聞こえた。

わたしが、「痛いよ」って
言ったら、


「わたしが切ってあげる」


と 言われた。(幻聴に)


切る、切らないの議論は
数分だったと思う。


わたしは、


「それじゃあ お願い」


と、


幻覚に 体を
引き渡してしまった。

アムカをしてみると、
とても 心地よくて。

わたしは、
「リスカをしたら、
 もっと 恐怖心があって、
 心地よいのではないか」


と。


(いま思えば アホなことを)
考えて、


手首に 刃を向けたが、


すぅっと、


幻覚が 遠のいてしまい、


手首は 中途半端に切られた
傷だけが残った。

わたしには
切ることができなかった。


その後、


あの快楽を求めたり、
かまってちゃんだったり、
幻覚から逃れるために、
切った。


幻覚がない状態で
切った傷は浅いから、

わたしの体は、

浅い傷と
深い傷が 混在している。


その後、紆余曲折を経て、


幻覚が現われても、

もう絶対に
「体を引き渡したりしない」

と 強い意志でもって

幻覚を
追いやるようになった。


ここ数年。
アムカはしていなかった。


自分で 切るのは痛いし、
幻覚に任せると
傷が 大きくなってしまう。

なりより
メリットがない。


半年ほど前に、
アムカをした。


理由は 書けないけれど、
フラッシュバック的なもの。


ぼんやりしていて


気づいたら、
幻覚に 体を引き渡していた。


結果的には 縫う程度に
深い傷になってしまった。


そのときは 
それほどの傷なのに

絆創膏を貼るだけの処置で。
(ぼんやりしていて)

血と 透明の液体が
止まらないから、

4日後くらいに病院にいった。


以上が

わたしにとってのアムカ。


幻覚は。わたしを守るために
存在しているかもしれない。

と 思うときがある。

その幻覚に 頼らずに 
生きていたい。

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*補足(重要)*
アムカやリスカの
傷の深さは

こころの苦しみと
無関係だと思ってる。

そして、

かまってちゃんのリスカほど
悲しくて くだらないものはない。

人間は ひとりじゃ
生きていけない。

だけど、

とりあえず
ひとりで 立つこと。



もみじ紅葉