父の自殺は、私達にとって想像もしたことのない出来事だった。
頑固で、亭主関白で、でもお茶目な一面もある父だった。
猫が大好きで、自分で世話なんかしないのに捨て猫を拾ってきて、構われると嫌なくせにいつもお腹にのせていた。
父の携帯には猫と母の写真がたくさん残っていた。
父の自殺の理由は借金だったが、父が借金をしていたなど、私たち家族は誰一人知らなかった。
父と母は実家で飲食店を営んでいたが、経理は全て父が行っていた。不況の煽りを受け客足がいまいち伸びないということはしっていたが、子供たちはもちろん母さえも、借金をするほど経営が厳しかったことを知らなかった。
遺書が残されていたが、もちろんすぐに読むことなどできず、私達が借金のことについて知ったのは検死から戻る父を迎えにいった警察署でのことだった。
何か精神的に参っていたのか、サインはあったのか、私が酷いことを言ったのか、関係ないことまで考えて自分を責めていたわたしにとって、「借金のせい」だとわかったことはどちらかというと救いだったように思う。
しかし、救われると同時に「なんで言ってくれなかったんだ」という思いに苛まれることにもなった。
父が死ぬ一週間前まで、父は店の経理を抜けなくやっていた。遺書にも仕入れ先への支払いや親戚への連絡のしかたなど細かくかかれていた。几帳面だったんだなと思う。几帳面で、真面目だった。
父の自殺を納得するために、私はいろんな言葉を探している。
借金を一人で抱えて強い人だったんだ。
何でもちゃんとやろうとして真面目な人だったんだ。
でもパチンコもやってたし個人的な借金もあったから結局弱かったんだ。
でも死ぬまで誰にもいえずに一人で頑張ってきたんだ。
結局借金は保険金で全部返済できて、私達はなんの負債もおってない。自分が死ぬことで私達を助けたのか。
いや、でもやっぱり結局は自分が辛くて死んだんだ。
父がいない今、父がどんな人間だったのかを知ることはもうできない。
生きてる人間だって、誰かのことを100%理解なんてできてない。何十年もの時間をかけてゆっくり理解していくものなんだ。
私の知っている父は、25年で私が見てきたことで推測した姿だ。
父の携帯にはなぜか自撮り写真がたくさん残っていた。
それをみながらもっと写真とってあげればよかったなんて思ってると、一番新しい写真の日付が、父が死んだ日になっていることに気づいた。
スマホの中の時間はずれることがあるけど、父が死んだときの服で最後に行ったとされているファミレスでとられたもので、それがその日の写真であることは間違いなかった。
なんでそんな顔してるんだって怒鳴り散らしたくなる顔だった。
なんとも穏やかで寂しそうで、でもなんだかスッキリした顔。
最後にこんな顔をした父は、どんな人間だったんだろう。なんでこんな顔をする父の隣に、私達は寄り添えなかったんだろう。
答えはいつになったら出るのだろうか。