7年前に絶縁された母と今ではここまで仲良しに | 利用者さんも介護職員も、いつも笑顔で健康に生活できるキラキラ介護塾設立に向けて

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介護の仕事は素晴らしい!利用者さんの自分らしい生活をサポートするために必要なのは、まずは自分が自分として目的を持って生きること!

セルフケアを教える介護講師

花野ほほ美ですもぐもぐ

 

→私はこういう者です。

 

 

 

image

実家のワンコニコ自称シベリアンチワワ

 

 

 

21歳で家出した私ニコ

 

 

 

27歳で一度家に帰って

連絡は取れるようになったけど、

 

 

私も母も若かったので

結構早い段階で喧嘩。

 

 

「私たちのことは忘れて下さい。」

 

 

というメールを母から貰って

しばらく立ち直れなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は私なりに

家出してから頑張ってきたのに、

 

 

その頑張りを認めてもらえない気がして

悲しくなってしまったんですね。

 

 

 

ショボーンショボーンショボーンショボーンショボーン

 

 

 

21歳から6年間、

私はよその家に居候していました。

 

 

受験ノイローゼで引きこもりになって

自室のクローゼットの中で

携帯電話のチャットにハマっていた私。

 

 

チャットで知り合った男性が、

 

 

「自分の母親は

家出少女を保護する活動をしている。」

 

 

と話していたので、

私も行っても大丈夫かと聞いたら、

大丈夫との答を頂いたので、

 

 

その次の日の早朝に

新幹線に乗って

愛知県から神奈川県に行きました。

 

 

 

その時、

 

かすかな記憶によると、

 

母と妹が犬の散歩をしていて、

 

 

「ちょっと行って来るね」

 

 

と言って私は家を出たんですよね。

 

 

 

もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ

 

 

 

自分のことで精一杯で

家のことや家族のことを考える余裕は

当時の私には全くなかった。

 

 

 

母の会社が倒産して、

母は体調不良で働けなくて、

 

 

家のローンが払えなくて

仕事の車まで売ってしまった。

 

 

 

本当だったら、

長女の私が母を支えて

家を一緒に守っていくところだった。

 

 

 

だけど、

 

 

私は重度の躁鬱病で、

 

 

人とコミュニケーションを

取ることが出来なくて、

 

 

チャットの中の人だったら

同じ痛みが分かる人で普通に話せたから

 

 

その人のいる場所に行けば

私も大丈夫になれると思ったんですね。

 

 

 

もちろん、

医学部受験の夢は諦めてなくて、

 

 

一時的に家出して保護して貰って

アルバイトをしてお金を貯めたら

 

 

自分のアパートを借りて

そこで働きながら

勉強をするつもりでいました。

 

 

 

ニコニコニコニコニコ

 

 

 

そこの家は商売をしていて、

男性のお母さんは社長。

 

 

そのお母さんについて

会社経営や商売の勉強をすることで、

 

 

自分も起業して

たくさんお金を稼いで

母に仕送りが出来ると思っていました。

 

 

それで、

朝から晩まで休むことなく、

 

 

アルバイトと

社長の会社の手伝いをしました。

 

 

 

(アルバイトはすぐに辞めましたニコ

 

 

 

本をポケットに入れて持ち歩き、

隙間時間は受験勉強の続きをしました。

 

 

躁鬱病で、

一時期は習ったことを

全く思い出せなくなっていたけど、

 

 

体を動かして嫌でも人と喋ることで

病気は少しずつ良くなっていき、

 

 

勉強も捗るようになりました。

 

 

 

照れ照れ照れ照れ照れ

 

 

 

当時、

 

 

私は居候の身分だったので

給料は出ませんでした。

 

 

 

衣食住が確保されているだけで

ありがたい環境でした。

 

 

 

そこの社長の家を出た後、

母と再会をした時、

 

 

最初は

 

 

「無事でよかった。」

 

 

と喜んでくれましたが、

私は結局

 

 

「稼げないまま」

 

「大学に行っていないまま」

 

「資格を取っていないまま」

 

 

だったので、

 

私は非常に母に対して

負い目を感じていました。

 

 

 

ショボーンショボーンショボーンショボーンショボーン

 

 

 

ある日、

母とメールをしていた時、

 

 

ちょっとした母の言動が気に障って

 

 

 

「私は6年間、

 

 

自分の将来のため

仕事も勉強も頑張ってきた。

 

 

そのことを認めて欲しい。

 

 

お母さんは、

 

社長のことを悪くいうけど、

そこで暮らさせて貰えてただけで

ありがたいのだから、

 

 

感謝するところなのではないの?」

 

 

 

と、

母に言ったのですね。

 

 

 

母はその時、

自分の娘を軟禁して

家の仕事を手伝わせていたくらいに

社長のことを考えていたので

 

 

 

私の発言に激怒。

 

 

 

「自分の親が大変な時に

人の親を大切にしていたなんて、

 

空いた口が塞がらない。

 

もう私たちのことを忘れて下さい。」

 

 

 

と、

メールを送ってきて

それから音信不通になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はお母さんのために

 

 

自分の病気を治して

稼げるようになろうとして

 

 

商売の勉強をして資格の勉強も

休むことなく毎日毎日して来たのに

 

 

その頑張りを認めてもらえないことが

めちゃめちゃ悲しかったのですショボーン

 

 

 

キョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロ

 

 

 

それから、

 

 

何かに導かれるように母と再開し、

和解したのが32歳の時。

 

 

 

母に絶縁されていた5年の間

 

 

私は他の用事で愛知県に行くたびに

お土産を家の前に置いて行きましたし、

 

 

 

母の日や誕生日には

 

 

宅配便でお花やプレゼントを

送っていましたおねがいおねがいおねがい

 

 

 

 

母から連絡はなかったけど、

妹から

 

 

 

「可愛いお花届いた~

 

いい匂い~

 

ありがとう~」

 

 

 

と連絡が来ていたので

 

 

一応実家との繋がりは

保てていたというところです。

 

 

 

私が34歳で結婚してから

急速に母との距離が近くなって行きました。

 

 

 

自分が自己所有のマンションを買ったことで

母の気持ちが理解できたというところと、

 

 

 

介護の仕事を正社員で何年も続けながら

大学の単位取得を確実にこなしていたことを

認められたというところですね照れ

 

 

 

横浜にマンション買ったくせに

母のところに帰りたくて仕方なかった私は、

 

 

横浜の病院での仕事を辞めることを決意。

 

 

 

 

ありがとう〜ラブラブ

 

 

 

 

現在は、

 

横浜と愛知県の

行ったり来たりをしているのですが・・・

 

 

 

何しろ、

 

今まで母に甘えられなかった分の

反動が出ているんです。

 

 

加えて、

 

 

 

私は人の家のお母さんと

6年も一緒に暮らして来たのです。

 

 

 

彼氏とか旦那の親ってわけでも

ないのですよ。

 

 

 

本当に赤の他人びっくり

 

 

 

赤の他人の親と仲良くするために

私が行って来た努力は

 

 

並大抵のものではありません。

 

 

 

「気が利く子」

 

 

 

と思われるように。

 

 

 

「いい子」

 

「使える子」

 

 

 

と思われるように。

 

 

 

 

毎日必死で生きて来たのですもぐもぐ

 

 

 

 

だって、

他に行き場所がないんだもん。

 

 

 

父のところにも行けないし

母のところには行けない。

 

 

 

保証人もいなかったし

正社員というわけでもなかったから

 

 

アパートも借りられない照れ

 

 

 

 

私はその社長の家で

生きていくしかなかったから、

 

 

社長(当時56歳の女性)とうまくやるために

何だってして来たのですよラブラブ

 

 

 

ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ

 

 

 

重い荷物を持っていたら

さっと持ちに行くお願い

 

 

社長の話は何だって傾聴するお願い

 

 

社長の好みをアセスメントして

誕生日にサプライズをするお願い

 

 

社長の好きな

テレビ番組を付けて一緒に見るお願い

 

 

社長の言うことは何でもやる!!!

 

 

 

庭の草木刈り込み

お客様へのお茶出し

休みの日でも仕事の整理

家中の掃除と洗濯!

 

 

犬のトリミングの手伝い!

ゴミ屋敷の片付け!

大型家具の運搬!

トラックの助手席ナビゲーター!

 

 

 

もう、

何でもやりましたとも。

 

 

ちなみに、

何の社長さんだったかって言うと

 

 

 

便利屋さんの

社長さんだったのです照れ

 

 

 

リサイクルショップと便利屋と

不動産とペットのブリーダーなどなど。

 

 

 

販売も雑用も何でもやりました照れ

 

 

 

 

そのうち、

 

 

 

「社長の右腕」

 

 

 

と言われるようになり、

もともとチャットで知り合った

社長の息子とは犬猿の仲にびっくり

 

 

 

社長の隣のポジションを

取ってしまいましたからね。

 

 

「恩を仇で返しやがってプンプン

 

 

と、

殴る蹴る刺すの暴力を受けました照れ

 

 

 

ニヤリニヤリニヤリニヤリニヤリ

 

 

 

私、

 

頑張るんですけど、

 

社長以外の人の気持ちを

考えルことが出来なくて・・・

 

 

 

 

社長とうまくやっていく努力は

決して打算からではありませんでした。

 

 

 

私の母と社長が重なったからですショボーン

 

 

 

自分の自分の母とうまくやれなかった分、

 

 

私は社長の

 

 

母として経営者としての悲しみと重み

 

 

を、

 

癒す存在になりたかったんです。

 

 

よその親だからうまく出来たのかな~

とは思いましたねキョロキョロ

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやって、

よその親と仲良く過ごすうちに。

 

 

それ以降は

介護施設や病院の

 

 

「よその親」

 

 

のケアをするうちに。

 

 

 

嫌でも

 

 

「お母さんとの接し方」

 

 

を身につけることが出来たのです。

 

 

 

それが今ニコニコニコニコニコニコ

 

 

 

全ての

経験が役に立っている実感爆  笑

 

 

 

15年前家にいたときには

自分の母親との接し方が分からなかったのに、

 

 

今では勝手に体が動いて言葉が出る!!!

 

 

 

お母さんが言って欲しそうな言葉。

 

して欲しそうな行動。

 

 

 

手に取るように理解できて

実践できてしまうんですよ・・・

 

 

 

すごくないですか、これ・・・

 

 

 

一緒に買い物に行くときは

お母さんが好きそうな曲をi phoneで流す。

 

 

 

「うわぁ、懐かしいなぁ。」

 

 

 

と喜ぶ母おねがい

 

 

 

母が仕事から帰って来たら

すかさず玄関に迎えに行ってカバンを持つ私もぐもぐ

 

 

「そこまでせんでいい、寝てなさいよ。」

 

 

と苦笑いしながらも、

 

 

「カバン重いから助かるよ。」

 

 

と言ってくれる母おねがい

 

 

 

 

母の起きる時間に合わせて

母が大変なところの家事をお手伝い。

 

 

「それ、うちとやり方違うよ。」

 

 

と言われても全く気にもならない。

 

 

よその家のお母さんのところで

めちゃめちゃ精神鍛錬してるから。

 

 

 

「お母さんのやり方教えて~」

 

 

って、素直に聞ける。

 

 

 

今の、

 

この母と過ごす瞬間のために、

 

今までの

 

 

「喧嘩」「家出」「居候」

 

 

という経験があったのですだなぁと・・・

 

 

 

しみじみしみじみ思う私なのです。

 

 

 

これから色々大変なこともあると思うけど、

母と2人乗り越えていけると思っています!

 

 

 

母が元気な時に

親孝行出来て良かったなと

思っているのでしたおねがい

 

 

 

今自分の親とうまく行っていなくても

 

親のことを好きで居続ける限り

 

うまく行く瞬間があるというお話でしたウインク

 

 

 

 

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Hohomi Hanano



花野ほほ美 36歳

 

\ 対人援助職のための /

心と体のセルフケアアドバイザー

 

 
 

対人援助をするのであれば  宝石赤

宝石赤 まずは自分を知ること満たすこと

 

 

介護福祉士

 

介護講師

 

メンタルセラピスト

 

ウォーキング

インストラクター

 

 

宝石赤 profile 宝石赤

 

 

 

介護講師&セルフケア・メンタルコーチとしてお仕事

 

 

食・メンタル・運動のセルフケアについて細々と更新中