では、ここからは、「そもそも『キャンサーロスト』とは何なのか」ということについて、少しお話ししましょう。

キャンサーロストとは、一般社団法人がんチャレンジャーが作った造語で、「がん罹患によって失ったものや、がん罹患によって生まれた挫折」のことを指します。

「がんによって得られたもの」を「キャンサーギフト」と呼ぶことはご存知かもしれません。その反対の意味と捉えていただければ分かりやすいでしょうか。

わざわざ造語を作るまでもなく、がん罹患には、喪失が付き物だと思われるかもしれませんが、私たちがん罹患経験者の多くは、それらを簡単に受け入れられているわけではありません。

ただでさえ、健康が失われた上に、さらに人生のライフイベントや夢や目標なども失うのです。

私の知人の中でも、がん罹患によって出産の夢を絶たれた方や、仕事を奪われた方念願だったマイホームを直前で断念せざるを得なかった方など、キャンサーロストに直面してきた方が多数いらっしゃいます。

若年性がん罹患世代(AYA世代)であれば、まだキャンサーロストとは言いきれないかもしれないものの、恋愛、進学、結婚、就職などで、大きなハンデを負うことも多分に想像されます。

ちなみに、一般社団法人がんチャレンジャーでまとめた「『キャンサーロスト』に関するアンケート」(実施:2022年4月13日~5月15日実施/取得方法:webによるアンケート/回答者:507名)結果によると、79.1%の方が、「がん罹患によって、あなたにはこれまでにキャンサーロストといえるような喪失体験がありましたか?」という質問に対して「あった」と答えていることからも、多くのがん罹患経験者にとって「キャンサーロスト」は切っても切れないものであることがうかがい知れます。

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なお、これら自分にとってかけがえのないものを失うことを、心理学用語では「対象喪失」とも言われ、次のように解説されています。

「愛情や依存対象の喪失(肉親との死別や離別、失恋、子離れ、ペットの死等)、慣れ親しんだ環境の喪失(引っ越し、転校、卒業、転勤等)、身体の一部の喪失(手術や事故等)、目標や自己イメージ、所有物の喪失など、あらゆる事柄が含まれる。【以下、略】 (田中信市 東京国際大学教授 / 2007年)」
【出典:「知恵蔵」( (株)朝日新聞出版刊)】

そして、単純比較はできないものの、病気によってこうした対象を失ってしまった場合、立ち直ったり、受け入れたりすることが、健常時以上に困難になると経験上、感じます。

なぜそうなるのかについては、また別の章に譲りますが、簡単に言うと、がん罹患などの大病は、ある一つの機会を奪うだけでなく、その他の可能性をも同時に奪ってしまうことがあるからです。

一つの喪失にとどまらず、波及的に複数の喪失をともなうこともある物質的または心理社会的な喪失は、「副次的な喪失」とよばれるそうですが、私の場合で言えば、職場での管理職昇進の望みがほぼ絶たれてしまっただけでなく、転職の可能性も激減してしまいました。よほど人が持っていないスキルやキャリアがあれば話は変わってくるでしょうが、わざわざ体にリスクのある人材を欲しがる企業は決して多くはないでしょう。

要するに、キャンサーロストを乗り越えようにも、別のステップに進みづらくなってしまうのです。昔、まだ若かった頃、好意を寄せていた女性に振られてしまった私に、先輩がこう助言してくれました。「失恋を忘れるには、次の相手を探すのが一番だよ」と。しかし、キャンサーロストの場合は、次の相手(ステップ)を探すことそのものが容易ではなくなり、結果として、なかなか一歩前に踏み出せなくなるのです。

こうした現状を、できるだけリアルに世の中にも伝えるべく、あえて「キャンサーロスト」という造語を用いて、コンテンツを作ってみようと思ったわけです。

(続く)