本気で怒りをぶつける相手は

家族だけかもしれません。

もしくは自分にとって

関係性があまりない人でしょうか。


寒い中でも、お散歩行きます。




友人や知人には「本気」の怒りを

見せる事はありません。



「本気の怒り」をぶつけても、

許しあう事が出来るのは家族だけだと

思っているからです。



土曜日は、
大好きなゆずぽんが公園に来るもんね。




心から深く大きく、揺るぐ事なく

信頼する相手でなければ

「マジモードな怒り」の感情は

とても見せられないものです。

それ程の心を許せる最小単位は

家族だけだと神楽は思っています。





だから、その感情を家族以外に見せる時。

それは、「縁」を断ち切る覚悟と

その覚悟が出来てしまう程の

「出来事」があるのだと考えます。


「大人としての振る舞い」が

出来ないくらいの怒りと言っても

いいでしょうか。



愛理にくっ付こうとしてたゆず君。
少し寒かったかな。





逆に言えば、

もし、本気の怒りをぶつけて、

もしくはぶつけられて尚、

克服して、それでもまだ、

深い友情で結ばれている人が居るとしたら。

極めて稀な事であり、

その友情は本物で堅く揺るぎないものかと。

そんな事を考えます。

撮影者@ゆずパパさん。
もしも。ゆんたんが健在で居たら。。。
こんな風に愛理とゆず君みたいに並んで歩いたかな。


家族に(特に被害者やっちゃん)

怒り以外も含めて、

素直に思いっきり自分のその時の感情を

ぶつけてしまう事が多々あります。


撮影者@ゆずパパさん
可愛いじーちゃんチワワと美魔女ばーちゃんチワワ。



時に、これを言ったら

相手が悲しむだろうと分かっていながら

敢えて口にすることさえある確信犯です。


よく考えると。

神楽は自分が不安定な時に、

家族の愛情を確かめようとか

どこまで自分を受け止めて、

もしくは受け入れてくれるのかとか

しょうもない事を

(でも、その時の神楽にはとても重要な事)

思っているのかもしれません。



撮影者@ゆずパパさん
愛桜ちゃん、おちっこ終了後は、
神楽の懐in@可愛いバージョン。


そして下↓は、ブチャイクバージョン。
神楽的にはどっちも可愛いです。

撮影者@ゆずパパさん






家族よ、すまぬ。

でも、心から

深く大きく高く揺るぎなく信頼故。。。

なのです。