うさひつじは、ここ最近、いろんな教会をさまよい、自分にあった教会をさがしたのだが、やはり見つからなかった。同じ聖書を教科書として、イエス様を教師として同じ神様を拝んでいるのに、同じプロテスタントなのになんでこんなに信仰の考え方がいろいろあるんだろう…ついていけない…。


ちなみにうさひつじは主の復活は、御言葉のまんま本当だったと信じている。聖霊様がうさひつじにそれが本当に本当なのだと教えてくださったのだ。その時は、聖霊様に満たされとても幸せだった。その後、悪霊が大勢で蚤のようにとびかかりうさひつじの頭をおさえこみ始めて、この事を無かったことにしようと攻撃を始めた。だから、主の復活は、そのまんま文字通りに本当のことなのだ。主が復活された事は悪霊たちにとって、無かった事にしたいらしい。


主は死んだのだけど、人々の心に生きている…的な復活についての考えは、悪霊からきた教えだとうさひつじは教えられた。にしても…教会に疲れた。


そんな時、アーミッシュの人たちがどういう礼拝の仕方をしているのかを知った。彼らは、それぞれの家で主を拝み生活しているので、教会を持たないそうなのだ。教会をつくると教会に権威が生まれて間違った信仰の方向に行くからなのだそうだ。どこまでも謙虚なアーミッシュの人たち。よく考えてみると、すごく奢り高ぶって生活していたかも…と反省のうさひつじ。でも、このアーミッシュの人たちの礼拝の仕方は教会に疲れていたうさひつじには信仰について考えさせられたのでした。


調べてみると、無教会主義というものがあるということを知った。アメリカとか地方に暮らしていて、その地方に教会が無い場合、同じ信仰を持った人たちが個人で集まって、個人の家や又はアパートの一室で聖書の勉強会をしたり、日曜日に礼拝をしたりするらしい。


うさひつじもそうすることにした。うさひつじの場合は、一人で家で礼拝する事にした。初期キリスト教徒たちは主に言われた通りに、日曜日に集まり、パンを分け合う集まりをしていたのだがそれが教会という形になったらしい。


お年寄りや病気で、家から出られなくて教会に参加できない人たちもいる。うさひつじは教会に通っている時に、そういう話をよく耳にした。教会に行きたくても行けない人たちのために、ネット礼拝はどうだろう?などと考えていたけれど、そういう場合も、家で神様を礼拝するという形は良いのではないかと思った。