JRTハナのあらえっさ日記

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ジャックラッセルテリア愛犬ハナの成長と日常を綴ります。
2018年2月で4歳になりました!今年3月より、女優犬デビューしていますので、応援宜しくお願いします(^O^)

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こんばんは。

 

「犬のしつけ」

 

この言葉を聞いて、皆様は具体的にどういったイメージをするだろうか?

 

…これ、案外、人によって認識が違うと思うのだ。

 

A:オスワリ!フセ!マテ!オテ!など、色々な芸だろうか?

 

B:服従訓練=オビディエンスだろうか?

 

C:トレーニングだろうか?

 

D:人間社会で共に生きるためにマナー良く過ごす事だろうか?

 

たまにご年配の通りすがりの方などから「しつけが出来ているねぇ」と声を掛けられるのだが、犬を飼っていない方の「しつけ」と、巷の犬飼いの「しつけ」…同じ言葉ですが内容はかなり違うと私は思えている。

 

この年配の方の「しつけ」というのは、人間社会的/客観的目線でみた行儀の良さ…すなわちDに近い様に思う。そもそもその方は私達のA~Cを見ていないので、それらを含められるハズもない。

 

一方で犬飼いの方の場合、DにA~Cのいくつかを付随させて捉えている事が多いと見ている。

 

同じ人間の発する同じ言葉でも、示している内容が違うというのが難しいトコロだと思いました。

 

キミは介助犬ではないので

入ってはいけませんパー

 

私は

 

Cは後で補足説明しますが、C・Dは必須と思います。

 

しかし

 

一般的な家庭犬として、A・Bは必ずしも必要ではないと思います。

 

読者の皆様でAとBをやられた方で、それを喜んで続けたいというのは…思うに少数ではないか?

 

自分の気持ちに素直になった方がイイこともある。

 

・・・・・・・・・・・

 

A~Dまで、自己流で取り組んでみたんだけれど期待した結果に遠く及ばないとしたら、それはほとんどが伝えているつもりだけれど愛犬には伝わっていないか、愛犬から見て飼い主の態度の内容が良くないか…他にも色々あると思うのだけれど、多くはそうした理由が多い。

 

A・Bを犬をコントロールする手段として強く認識していて、そこに苦手意識を持っている方は、今回の記事の内容にピッタリだと思う。

 

ご自分がやりたくない事、求めていない事、犬が楽しそうでないと内心で沸々と湧いてきたら…

 

きっとそれは正しい

 

心の中で、無意識に拒否している事もあると思うのです…「これは違うんじゃないか?」「これって意味があるのかな?」「これって自分がやりたい事かな?」という疑問。

 

ならば「私はA・B的なしつけは嫌です!」と堂々と挙手して良い。

 

”しつけ”というのがA・Bを表しているのなら、私は挙手します。

 

 

別にマテっ!と厳格なコマンドは要らない。

「そこでちょっと待ってて~」で済む話なのだ。

 

 

2018年スポーツの世界の問題がワイドショーで多く取り上げられましたが、言葉・暴力・権力(立場)を行使して意図的/無意識に相手を追い込む…パワハラですが、私達人間社会には根深く入り込んでいる。

 

親子関係でもそれが随所に見られ、公園で野球やサッカーをしている親子の雰囲気は端から見ても楽しさというか、前向きなモノではない。やっている親が高圧的でどこか偉そうに見えてならないのだ。

 

そもそも親自身が楽しそうに見えない。

 

だから勇気づける様な言葉をかけられず、口を開けばダメ出しばかり。

 

 

一般の家庭犬の飼い主で、”しつけ”が嫌い/やりたくないという方の中で

 

まるで前時代的な軍隊の様な雰囲気で…

 

明らかに先程のパワハラ丸出しで…

 

AないしBに取り組んでいる様子

 

といったものに嫌悪感を感じているとしたら、私はそれは健全な感覚ではないかと思う。

 

 

試しに、機会があればそうやって臨んでいる人の表情を見て欲しい。

 

真顔

怖い顔

強張った顔

 

怒号の様な声

張りつめた声

連呼

 

加えて、終始、犬が慎重な顔つきだったとしたら…?

 

もしA・Bが必須としたら、特にそうした事をせずに犬と上手に付き合えている飼い主はどうなる?

 

A・Bの方法がやけに表立って巷に広がってしまっているのが現状ではないだろうか?

 

よって

 

A・Bを表面的に学んだだけの飼い主は、いざ!コントロールする必要が生じた時にA・Bの手段でしか愛犬に伝えられる引き出しがないからそれに頼り続けて、結果として空回りし続けてしまう。

 

誤解の無いよう…

 

A・Bは不要という事では無く、必須ではないという事です。

 

 

 

Bにだけ触れますが、それを高い水準で習慣にする必要性は普段の愛犬との生活の中で、果たしてどれだけ存在するだろうか?

 

必要な時に簡単な指示を理解して実行する関係性さえ持てれば、それを毎日毎日制約的ルールにする必要性は本来はないと思う。

 

どうしてもそのルールや正確性を守らせる事にだけ意識が集まると、真顔・怖い顔・強張った顔になる。

 

聡明な犬は「何で毎回これをやるのか?」とか「ハァ~またこれか、やれやれ」と内心思っていてそれに従っていても不思議ではありません。

 

こうした関係性の中では、飼い主は愛犬にとって強い好因子にはなかなかなれないだろう。

 

 

後編では、C・Dについて考えてみます。

 

 

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