どうも、はむばねです。
ここ最近、急速に研究室で体調不良者が増えているようです。
もう半分くらいの人が風邪かインフルに感染しているのではなかろうか。
そんなこと言われると、ただの寝不足だと思っている今の私の状態もなんかヤバいんじゃねーかという気がしてくるじゃねーですか。
まぁでも私は、意外と丈夫な体っぽいのでまぁあんまり心配はしてませんけど。

それはそうと。
1週間前くらいから書こう書こうと思っていたのですが、なかなか興が乗らず後回しにしていた話題について。
ガンガンONLINE読んでたらテンションが一定値に達したので今日こそ書きます。

きっかけは、こちらのエントリ (の、バクマンの項目)。
まぁ要約すると、『(理論上)究極的には同人作品は商業作品よりもクオリティが勝るはず』といったところでしょうか。
理由は、『自由度の差』。
『間に人の手と規制とスポンサーの事情が入れば入るほど個人の才能は潰されていく』からなんですね。
>理念的に言えば商業作品が同人作品に勝てるはずがありません。「無尽蔵の資金と傑出した才能の持ち主が、売れることを一切考えずに全力を出し切った同人作品」が、おそらく「全世界の人間の0.0000...1%くらいにとって」最高の作品になると思います。
とのこと。

まぁ納得できる話ではありますよね。
商業作品はどうしても売れる必要がありますので、『一人に100点をつけられる(が、他の人からは0点をつけられる)作品』よりも『百人に80点をつけられる作品』になるのは当たり前の話。
そして今度は読者の立場に立った時、自分の好きな作品でも「これを面白いと思う人はあんまりいねーんだろうなー」と思うのも得てしてある話。
実際、私が最も好きな作品といえば(散々既出ですが)『泣くようぐいす』『それは舞い散る桜のように』『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』などが挙げられますが、私は決してこれらの作品を人に勧めようとは思いませんからね。

で、そういうことを考えていて思ったのですが……
あ、ちなみにここから先の話にこれまでの流れはあんまり関係ありません。
あくまで上記の話はきっかけに過ぎませんので。
世の中の(ジェネラルな)同人・商業の話ではなく、ここからははむばねさんのハイパー自己語りタイムだよー\(^o^)/



そんなわけで。
一般的な話としては上記の論はそれなりに納得できるものではあるのですが、少なくとも私個人に限っていえばそんなことは全くねーなー、と思ったりしたわけですね。
断言してもいい、私が今同人作品を好きに書いたとて商業で出している以上のものは決して生まれない。
もちろんこれは、『ある特定の一人に対してさえ』という意味でね。
まぁもしかすると同程度のクオリティのものなら生まれるかもしれませんが、以上はない。
その理由も割と明白で、概ね2つの理由に収束すると思います。


まず一点目。
小説に限らず何かを創作する人は、『アーティストタイプ』と『エンターテイナータイプ』に分かれると思うのですよ。
前者は、『創り出すこと』そのものを目的としている人。
自分の中にあるものを表現することが至上目標であり、究極的には山奥で誰にも見られなくとも自分の作品を完成さえできれば構わないという人。
後者は、自分の創ったものを『見てもらうこと』が目的である人。
ある種創作はそのための手段でしかなく、究極的にはそこに一切自分の中身が反映されておらずとも多くの人に作品を見てもらえれば満足という人。

もちろん私はそんな両極端のどちらでもないですが、どちらかといえばエンターテイナータイプに分類されると思います。
たぶん作品を読んでいただいてもわかると思いますが、私には大した主義や主張があるわけでもなく、「俺はこれが書きたいんだ!」というよりも「こんなん書いたら面白い(読んで面白いと思ってもらえる)かなー」という感じで書いてるわけですね。
「そんなもん売れるわけねーから書くな」と言われたところで、「あ、そすか。じゃあ別の考えます」と(その瞬間はヘコむでしょうが)次に行けると思うのです。
なんで、たとえ同人で書いたとしても「うおぉぉぉぉぉ! 普段圧迫されている自分の中身があふれ出す! 好きに書いてやるぜぇぇぇぇぇぇぇ!」なんて状態にはならないわけですね。


そして二点目。
どちらかといえばこちらがメインか。
一点目とも多少重複しますが……というかそもそも、私普段から別に圧迫されてるわけじゃないんですよね。
確かに「これが書きたいんだ!」という抑えきれぬ情熱を持って書いてるわけでもないですが、「こういうのなら売れるだろう(売るために、不本意だがここを改変しよう)」とか思って書いてるわけでもないですし。
そもそも上記の論は、元サイトさんの言葉をそのまま引用すれば

>「MAX100点を作ろうとする作家」と、「MAX点を下げてでも多くの人に受けようとするビジネスマン(出版で言えば担当編集)」が互いの立場でケンカして、そんでお互いの妥協点で生まれるものが商業作品だと思ってます。

という前提の上に成り立っています。
しかし私には、その手の経験が希薄なのですね。
他所でもよくネタマジ問わず「編集は敵」という表現を見かけますが、少なくとも私に関してはあんまりそういう意識はないです。
うん、いやまぁ例えば就活中に「(今日届いた)原稿今日までにチェックして出してください」とか言われた時は敵性と判断しかけましたがw
今日から東京だよ! みたいなことが何度かありましたね。
新幹線の中で原稿チェックして、向こうのコンビニで出したりとか。
おかげで現在我が家には、各地で買った封筒とガムテープが溢れております。

閑話休題。
まぁそれは私の個人的事情ですので、作品創りに限って言えば対立とかケンカって空気はないですね。
修正はままあれど、大抵の場合(原稿を送るメールで)「こことここがイマイチだと思いますけど、どうですかねー?」と私が書いたのに対して「そうですねー、そこはこんな感じで修正したらどうですかねー」みたいな流れが多いですし。
ボツもほとんどセルフボツ。
数章まとめて完全に書き直して返したら「こんなに変更するとは思ってませんでした(苦笑)」なんてことも。
もちろん向こうから修正指示が来ることもありますが、『MAX点を下げてでも多くの人に受け』るような指示と感じたことはありませんねー。

とはいえ、これはもちろん私の作風によるところは大きいでしょう。
基本的に尖ったところがないので、そもそもそんな指示の意味自体がないのかもしれません。
なので、同じ担当さんでも違う作家さんにはもっと違う指示が出ているのかもしれません(というか出ているのでしょう)。
あと、プロになってから新しく(編集さんと)立ち上げた作品が(実質)1作だけというのもありますかね。
うん、そう考えると私はこの話題を語るには明らかに経験不足かもしれない。


そんなわけで、私の場合普段から別に間の人間に自分を潰されているわけではないので(そもそも潰すほどのものがないのかもしれない)同人でやった場合編集さんのサポートがなくなる分丸々クオリティが下がる可能性が非常に高いわけですね。
もしかすると自分一人で編集さんの分までの能力を発揮できれば商業の時と同程度の作品にはなるかもしれませんが、プラスαがつくことはないでしょう(普段からマイナスがあるわけじゃないから)。

うん、まぁだから何なんだって話なんですけどね。
別に今後、同人で活動する予定があるわけでもないですし。
というかその予定があるんなら、最初から「私は同人でやったらもっと凄いんだぜ!」という風に展開するわ。