いい世の中にしよう。

自分にとって、ではなく、
みんなにとって良い世界にしていこう。


それを目指す。ただそれだけなのさ。

もう一度、原点を見つめ直して。
ビジネスは稼がなければならない。
ただしそこには、常に道徳心を持つこと。

なせならば、信用が必須だから。

私益だけを追及するのが立ちゆかなるのはそのため。



信頼できるパートナーとビジネスをするという幸せ。

大事な人と一緒に仕事ができるという幸せ、



そのことだけを誇りに。

ちっぽけな誇りを心に携え、今日もまた仕事をする。


仕事とブログテーマには一切関係ないけれど、

今更ながらハマっている曲。

http://youtu.be/Mi9uNu35Gmk



世界の終わり、なはずなのに、

「僕らはまた出かけよう 愛しいこの地球(せかい)を」

と叫んでしまうところがイイかな。



周囲の状況を見る限り、世の中難しいことだらけだけれど、

自分が前に進めていない理由を、周囲に求めていたのも結果的には事実。

理由を求めるのではなく、解決するためにどれだけもがいてきたのか、

その蓄積だけが、これからの前に進む推進力になっていくはずだから。




そろそろ海を目指して歩きはじめようと思っている。

「みんなの願いは同時には叶わない。」


歌の歌詞にもあるこのフレーズ。

いつのころかこれを理解できるようになれたころから、


腹の底から笑ったり、純粋に喜んだりすることを

やめてしまったような気がしている。




人はみな自分が「正しい」と思うことをする。

最初から間違いを起こそうなんて面倒くさいことは、基本的にはしないはずという仮説。



みんなの「正しい」が集まった時、

それぞれの「正しい」は同時には同居はできない。



「正しい」を変化させるのか。誰かの「正しい」にぶら下がるのか。

それとも貫き通すための居場所を探すのか。



そういうことをしながら僕たちは生きていく。僕らは1人では生きていけないから。



仕事の上で、相手側にこちらの考え方や意見を理解してもらうための

説明をしたり、諭したりするということはよくある話し。


いかに(こちらが考える)「正しい」ことをうまく伝え、きちんと理解してもらうか、

ということでなく、



相手の「正しい」を理解し、想いを感じ、それに向き合い、その上で、

お互いが「正しい」と思える、あるべき姿を探し、構築していく。

そういうスタイルを意識するようにしている。

お互いがHappyになれるように。



僕らプランナーの仕事の根っこは、そういうことなんじゃないかな、と最近思っている。


















色々な人と、眼と眼で通じ合えたらいいな、と思う。


もっと人と分かり逢えたらどんなにいいだろうって思う。




でも、わかりあえないことがわかってしまうこと。


逆にいえば、相手の、どうしても納得できないことが


わかってしまうことであったり、


あえて、距離を作るために、自分の中をわからないようにしたりするとかで、


逆に、わからないほうがいいっていうこともあるかもしれない。




だからどんな人にだって「間」が生じる。


人間だもの。




どんなに信頼していても、わかりあえる仲間であっても、


わかりあえるのは、お互いに相手の実態とイメージが合致してるとき。


そこから何かが崩れてしまえば、あっという間に相手に対して疑念が生まれ、


信頼を失い、相手のことがわからなくなっていく。




崩れる原因。崩さざるを得ないその人が抱えているものや環境の変化であったり。



本来はそういうと根っこのところを分かち合え、共有し、お互いに理解しあう。


そういうことができ、眼と眼で通じ合えたならどんなにいいだろう。




でも、そういうのは全体から見ればまれであり、


それができないから人はあらゆる方法でコミュニケーションをとる。



心を通じ会わせるために気持ちを補間するのだ。





人と人との問題の多くは、結果としてコミュニケーションが足りないとき。


状況がお互いわかった上で発生する問題よりもそっちのほうがはるかに多いんだろうと思う。



厄介なのはそのお互いのコミュニケーションが足りない理由が複雑に絡み合うことで、


結果として、意図しない情報や心が相手に伝わってしまうこと。



こうして不幸がやってくる。





自分は、少しでもこういった不幸がなくなるように、


そして、自分が好きな人も嫌いな人?もどっちでもない人も


みんなに素敵な毎日が訪れればそれでいい、と思う。



本当は、困っている人がいれば力になってあげたい。




しかし、自分はどうやら人の心を察することが苦手のようだ。




自分が何か力になってあげたいと思った行動や言葉が、


それは土足で人の家に上がり込むのと同じことなのかもしれない。


単なる自己満足に過ぎないのかもしれない。



そういうもどかしさと不安と怖さを抱えている。


本当に自分のやってることが相手のためになっているのか。




自分が必要とされる存在でありますよう。



もどかしさと割り切りの間で今日も一人放浪している。




自分の周囲の人たちが1人でも多く、真の笑顔であふれるように。