おふくろと過ごした最後の夜①(第14話) | for Dear Mother

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今だから話せるロックギタリスト・ハマハチと今は亡き母親との270日 癌闘病物語

病室を移動したその日はさすがに弟もずっと付き添ってくれた。

弟にも家庭があり、まだ生まれたばかりの子供もいたので今までも、俺の様には

さすがに付き添えなかった。

そういえば、しばらく前に弟が子供を連れて面会に来た時があった。

俺にとっては初の甥っ子でとにかく可愛かった。

しかし、おふくろは体調も優れない為か、いうほど、孫を抱っこしたりしてはいなかった。

弟が子供を連れて帰ると、おふくろは決まって俺にこう言っていた。

「あんたも早く結婚して孫の顔を見せに来なよ」

すると俺も決まってこう言っていた。

「いいじゃねぇか。あいつがちゃんと孫を連れて来てるんだから。俺はギタリストだから

まだまだ結婚する気はないよ(笑)」

おふくろは弟の子供にあまり自分の孫としての実感が湧いていないようだった。

とにかく俺の子供が見たいと言っていたのを覚えている。


おふくろと俺と弟、この3人が時間も気にせず同じ部屋に居る事は、俺にとってとても新鮮だった。

本当は病院の個室ではなく普通に外で会いたかった。

親父はというと・・・まだ俺も弟も子供だった時に家族を裏切り好き勝手やっていて、

今はどこで何をしているかも、わからない。

俺も弟も親父には愛情も何もなく、むしろ憎しみしか残っていない。

おふくろがこうなったのも全て親父のせいだと思っている。

なので親父のことはあえて触れる事がない。


個室に移ったその日のおふくろは完全に食事どころではなくなっていた。

意識は、薄っすらあるものの酸素吸入器を付けモルヒネでぐったりさせられている。

そんな感じだった。

夕方、少し、おふくろの病状が落ち着いているように見えたので弟に看病を頼み、主治医に

現状の話を聞きに行った。

「今は正直おふくろにどんな症状が現われていて、どんな状態なんですか?」

「今は呼吸困難が酷く、普通なら苦しくて仕方がない状態です。しかし、モルヒネの量を

増やしてありますので、実際には苦しくてもお母さん本人に、その自覚はないはずです」

「えっ?どういう事ですか?

ようは、今おふくろはモルヒネによって完全にラリっている。

ラリっているから痛みや苦しみは感じていない。そういうことですか?」

「わかりやすく言えばそう言う事です。モルヒネで呼吸困難の苦しみを麻痺させて少しでも

苦しまないようにしています」


おふくろが可哀そうだ!あまりにも可哀そ過ぎる!

殆ど息が出来ない状態で苦しんでいるのに、モルヒネなんていうもので、勝手に意識を

飛ばされている。

しかし、先生はその場での最善の処置を行ってくれている事も確かだ。

何とかなんないのかよ!?

俺は今までに経験した事のない怒りとジレンマに頭がおかしくなりかけた。

しかし今、俺がおかしくなっている場合ではない。

すぐにおふくろの元へ戻って、少しでも力になってあげなければ・・・。

俺は急ぎ足で病室へ戻った。

病室に戻ると俺はすぐにおふくろの手を握った。

「苦しいんだよな?代わってあげられないかな?頑張れる?

あっ。そうだ。ゆっくりとでいいから深呼吸してみよっか?俺のマネしてみてよ!」
そう言うと俺はおふくろの目を見ながらゆっくりと吸ってみせた。

それを見て一生懸命おふくろも息を吸い込もうと頑張った。

しかし、おふくろは息を吸う事が全く出来なくなっていた。

「違うよ、こうだよ」

また俺がやってみせた。

何度やってもおふくろはには出来なかった。


これが呼吸困難というやつなんだ。

吸いたくても吸えない。

吸おうと頑張ってもやはり吸えない。

おふくろの想像を絶するであろう苦しさに俺はどうする事も出来ないまま、

その場で涙を流してしまった。


悔しい。辛い。許せない。

この世の全てのネガティヴな感情で俺の頭の中が一杯になってしまった。

しばらくすると、今の今までベッドに横たわってぐったりしていたおふくろがムクっと起き出した。

俺と弟は驚きながらも

「どうした?」

と聞くとおふくろは

「トイレに行きたい」

と言った。

その時ちょうど看護婦さんが1人居て

「簡易トイレをすぐに持って来ますね」

と言い、それを取りに行ってくれた。

看護婦さんが戻るとおふくろは、

「トイレをするからみんな出て行って」

と言い出した。

看護婦さんは

「私がやりますから大丈夫ですよ」

と言ってくれたのに、おふくろは俺の目を見て

「あんたがやって」

と俺だけを残して、看護婦さんと弟を病室から追いやった。

「嫌だろうけど、あんたがやらなければダメなんだよ」

おふくろはそう言った。

きっとその時、おふくろは俺に何かを伝えていたんだろうと後から思った。

「全然嫌なんかじゃないから大丈夫だって。俺に任せろって!」

そう言うと俺は、おふくろの下の世話をした。

全てが終わり、また弟と看護婦さんを呼び戻した。

看護婦さんは俺に礼を言うとおしぼりを2本、おふくろと俺に持って来てくれた。

おふくろがそのおしぼりで手を拭き終えて俺がそれを受け取り、看護婦さんに返そうとした

その時だった。


つづく・・・