上場準備に入ると、それまで攻撃的に経営してきた起業家も徐々に保守的になっていきます。それもそのはず、主幹事証券会社や監査法人など上場支援のプロから、失敗したら上場できなくなるので、上場後までは新しいことをするのを控えるよう指導されるからです。まず上場という大目的から見ると、それは常識的な判断の一つとも言えます。

 しかし、単に上場するだけでなく、上場後も大きく飛躍したいのであれば、どんどん新しいことに挑戦すべきです。更に言うと、現状維持という守りの体制に入った企業は、ある期間将来の布石を打たないわけですから、例え上場できたとしても、その反動で衰退する因を作ったことになります。株式市場においては「進まざるは後退」です。

私が見てきた会社で上場後も急成長してきたところは、例外なく上場準備期間でも次々に新しいことを手がけていました。アマゾン・ドット・コム、アップルコンピュータ、インテル、ウォールマート、グーグル、ソフトバンク、デルコンピュータ、ヒューレット・パッカード、マイクロソフト、ライブドア、楽天等々。いずれも上場前を含め、その時々に新しいことに挑戦し続け、マスコミを賑わせてきたベンチャー企業ばかりです。

 新しいことに挑戦するということは、古いことや将来に繋がらないことを捨てることでもあります。例え過去主要事業であったとしても、先細りや利益を生まなくなるものは、勇気を出してバッサリ切り捨てなけばなりません。その勇断ができるのはトップだけです。

 また、よくあるのが、上場を目指し始めると、ついて行けない創業メンバーが反対し社内的に揉めることです。起業家は辛い創業期をいっしょに頑張った戦友を失うべきか、それとも上場を諦めるべきか悩みます。一人でも社員を雇った時点で会社は「社会の公器」であり、その日から会社のため、社会のためになることを選ぶのがトップの仕事なのです。

ですから、例え長年の戦友でも、情に負けず、本来社長としての勇断をすべきなのです。誰が邪魔をし、反対しようと。上場を目指すということは、その邪魔をするもの、不合理なものを捨てる勇気を持つことでもあります。